第39話 再会 2

 ゼファーがピンチだと知って、俺はいてもたってもいられなくなった。


 5階の扉に向かって階段を駆けおりようとした時、「ちょ、ちょっと待ってくれよ、旦那!」と、俺を後から呼び止める声が聞こえた。


「旦那、まっておくれよ!あたいはこう見えても流れの斥候さ。それも他の斥候の奴らと違って、パワーや体力だって剣士や盾士に負けやしないよ!いつもならこんな階層で膝をつくことも無い!もう...へまはしないから、急ぎなら斥候のあたいも連れて行っておくれよ!」


 そう言いながら、チャームは俺が走り出そうとした腕を力強く握りしめた。


 斥候か...そう言われれば、服装も動きやすさを重視している。パンツとチェニック、それにジャーキンのベスト。さらに、様々な工具やダンジョン攻略に必要な道具袋を腰に装備している。


 オークと人間のハーフだから、てっきり斧使いや剣士などの前衛だと思っていた。


 そんな俺に対して、チャームは「急いでいるなら、あたいも連れて行っておくれよ!敵を蹴散らすのに、あたいは必ず役に立つはずさ!弟とは違って、あたいの持ち味は、俊敏な動きだよ!」と言ってきた。


「本当に急いでいるから、途中でやられちまっても本当に置いて行くぞ」と、少しすごんだ態度をチャームに見せると、「あたいが邪魔になったら、遠慮なく捨てて行っておくれよ、旦那!」と、俺の瞳をしっかりと見つめて言ってきた。


 連れて行こう。


 覚悟を持ってついてきてくれるなら、戦力になるだろう。


「分かった。一緒に頼む!すぐに出発だ!バリー達も急いでくれ!マゼールの指示を頼りに、急いで俺たちの後を追ってきてくれ!」


 そうバリーたちに指示を出すと、「旦那様!お気をつけて下さい!私たちもすぐに向かいます!」と、ズリーが緊張感のこもった表情で俺に伝えてきた。


 相変わらず美しいが、その表情は戦う者のだ。もう1年もすれば、ズリーは気高い姫騎士に成長するだろう。


 そう心の中でズリーの成長を確信しながら、俺は隣にいるチャームに「じゃあ行くぞ、チャーム!」と声をかけた。


「あいよ、旦那!後ろはまかしておくれよ!あたいがフォローするからさ!」


 そう言った後、俺から1歩下がり、俺の背中を守る様にチャームは縦走してついてきた。2人で行動を共にする時、後方を担当する者の方が負担は大きい。


 周囲への危険認知と先を読む力に相当な自信と実戦経験があるとみていいだろう。


「背中は任せたぞ、チャーム!」そう俺が伝えると、チャームは少し頬を赤らめて、「任せなよ、旦那!」と言ってきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ギギギギギギ~


 重いフロアの扉を開ける。どんなに慎重に扉を開けても音が鳴りやがる。フロアにいる魔物たちに、敵の侵入を知らせるためにわざと鳴らしているとしか思えない。


 5階層の扉を開けて見渡すと、さっそくオークが数匹近づいて来る。視界に捉えるだけで、3匹はいる。そして、オークたちは俺ら2人を睨みつけ、さらには「グビャァァァ!!」と威嚇してきた。


 全く、やる気満々じゃねえか。


 ふ~、やれやれと思いながら、チャームに【収納】からポーションを取り出し、「やばいと思ったら遠慮なく飲め」と言って3本渡した。それ以上は邪魔になると思ったからだ。


「何から何まで至れり尽くせりなこと」と言って微笑んだ。


 笑顔のチャームに対して、「バカ正直に戦っていたら体力が持たない。可能な限りかわして、6階層の扉まで突っ込むぞ!」と言って、直線の廊下を奥に向かって走り出した。


「あいよ、旦那!でも6階層の階段がどこにあるか知らないよ!二手に分かれるかい?」と、バトルアクスオークの攻撃を巧みに避けながら俺に尋ねてきた。


 チャームの動きはしなやかで無駄がなく、力任せに振り下ろされるオークの攻撃を、紙一重で避けて俺に聞いてきた。


 これはすごいな。俺は感心しながら「俺には6階層への階段の場所がわかる!俺についてこい!」と返した。


「スキルか何かかい⁉」と、驚いた表情で聞いてくるチャームに俺は、「まあ、そんなもんだ。落ち着いたら」と答えた。


「あ、ああ」と、理解できないチャームであったが、追求している暇など与えてくれるような場所じゃない。


 チャームはあいまいな返答をした後、その他のオーク達を仕留めにかかった。


 その時、『デニットさん!しゃがむ!』と、マゼールの鋭い指示が飛んできた。


「うぉ!」


 マゼールの声に即座に反応し、頭上を通り過ぎる錆びついた矢を目にした。高速で飛ぶ矢は、対面の壁にぶち当たった。


 おいおい、アーチェリーオークまでいるのかよ...。種類が豊富すぎるだろうよ...。


「旦那、大丈夫かい?それにしても旦那、よくあんな死角からの攻撃を...。すごいじゃないか!」と、チャームはアーチェリーオークの喉元にダガーを突きつけ、力強く手前に引きながら俺に言った。


「さあ、どんどん進むぞ!あの十字路は...右だ!行くぞ、チャーム!」


「ああ、旦那を信じるよ!」


『デニットさん、良いペースです!十字路を右に曲がったら、約10m、真直ぐに進んで下さい!次の丁字路を左に曲がった先には3匹のオークが潜んでいます。右からハンマーオーク、サーベルオーク、そしてダガーオークが隠れています。注意して下さい。狙いは...』


 俺はマゼールに対し、「狙いは一番大振りをするハンマーオークだろう?」と走りながら尋ねると、『そうです!さすがデニットさんです!』とマゼールは嬉しそうに答えた。


 マゼールからの指示を受け、3匹の存在をチャームに伝えると、ハンマーオークを狙うことに同意した。さすが斥候だけはある。


「了解だよ、旦那!」とチャームは言い、落ちている石を拾った。それをポケットに突っ込み、また俺の後を追ってきた。


 俺たちは、丁字路の直前でスピードを落とし3匹のオークに対して気配を消して近づいた。足音を殺し、息を潜め、曲がり角の影からそっと覗き込むと、視線の先にはマゼールの言っていた通り3匹のオークが潜んでいた。


 チャームは、先ほど拾った石をハンマーオークに向けて、こちらに注意を向けさせる程度の力で投げつけた。


 その石がゆるい放物線を描きながら、ハンマーオークの頭にこつんと当たった。「グワ?」という声をあげた後、ハンマーオークはこちらの側に単独で向かってきた。


「なるほどな...」


「任せたよ、旦那!仕留めたら一気に突破するよ!」と、小声でチャームが俺に伝えてきた。


 射程距離に入ったハンマーオークの喉元をダガーで突き刺し、そのまま外側に流した。喉から血がゴボゴボと噴き出し、うまく声が出せない様だ。その隙に、俺たちは2頭のオークの脇をすり抜けた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふ~、上手くいったな。瞬時に3匹のオークからすり抜ける方法が思いつくとは...チャーム、なかなかやるな」と、素直にチャームの柔軟な対応を褒めた。


 俺の反応にチャームは、「旦那がそれを理解してくれたからだよ」と、少し照れくさそうに頭をかきながら答えてきた。


「だ、旦那!私たち、いいコンビになるかもしれないね...。こ、この件が終わっても、バリーと一緒に、旦那の所でお世話になろうかな...」と、俺に伺うように伝えてきた。


「本格的な斥候役がいなかったから助かるな。後、バリーがチームに残ってくれるのも嬉しい。バリーがいなくなると、ズリーも悲しむしな。それに、まだバリーの【魔物使い】としての能力を、引き出してやれていないからな」


 現状のチーム状況を踏まえて、チャームたち兄弟を歓迎する意向を示した。


「ま、魔物使いの能力?何だいそれは?そ、それよりも、このままチームにいてもいいのかい?本当だね、聞いちまったからね!」と、チャームは満面の笑顔で俺の両手を握った。


 すると...。


『デニットさん。オークがうようよいるダンジョンで何をしているのですか?自分の命を捨てたいのですか?』と、マゼールは機械音一歩手前の極寒の声で、俺に語りかけてきた。


「ヒィ~!さ、さあ、行くぞ!チャーム!その話は後だ!さあ行くぞ!」


 チャームの握りしめている手をほどきながら、慌てて伝えた。


 するとチャームも、「そ、そうだね。ごめんよ、あたい嬉しくて。あ、それと、前方の風の流れが違う感じがするよ!もうすぐ6階層に続く扉が、あるはずだよ!」と 元気よく俺に教えてきた。


 凄いな。確かにマゼール曰く、もう6階層の扉手前だ。斥候を本職で行っている者には、にわかの斥候はかなわないな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 6階への扉を開け、階段エリアで一息ついた。「さあ、次の扉を開けると仲間が待っているエリアだ。頼むぞ!」とチャームに声をかけた。


 すると、チャームは「もうちょっとだけ待ってくれよ、旦那!あと1分だけ!」と言い、慌てて干し肉と黒パン、それに水を口に放り込んでいく。すごい咀嚼力と食欲だな。


 チャームに尋ねると、恥ずかしそうに「凄く腹が減るんだ」と言った。だから、こまめに間食を取る様にしていると伝えてきた。


 本当にすごい勢いで、沢山あった干し肉や黒パンが無くなっていく。


 あれほど膨らんでいた腰袋の1つが、ぺったんこになってしまった。


 さすが...兄弟だな。変に納得してしまった。


 食料と水分補給を素早く済ませたチャームは、両手を天井に向けて「う~ん!」と背伸びをした後、「待たせたね、旦那。さあ、さっさと終わらせよう!」と言ってきた。


 ああ、そうだな。俺たちはまだまだやらなきゃいけないことが山のようにあるからな、立ち止まる暇などない。


 さあ、行こう。ゼファ―の元へ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 6階の扉を開けた。


 5階の扉を開けた時と違い、扉の前に魔物はいなかった。その代わり、割りと近い場所で武器がぶつかり合う音や、魔物や人の叫び声と怒号が聞こえる!


 ゼファ―は近い!


 激しくぶつかりあっているだろう場所にめがけて、目の前の十字路を右に曲がろうとした瞬間、『止まって!デニットさん!』と、マゼールの鋭い声が脳内に響き渡った。


「うお!」


 無理矢理出かかった右脚を止めた為、左に身体がそれ、左側に倒れそうになった。


『デニットさん、注意をして下さい!前方にトラップがあります!焦る気持ちも分かりますが、地面をよく見て下さい!』とマゼールが俺に警告を発した。


「旦那どうしたんだい⁉」と、俺が脚を無理に踏みとどめたことを不思議に思ったチャームが、慌てて俺の元へ近づいてきた。


「こ、これは...」


 床を見つめたチャームの表情が、薄暗いダンジョン内でもはっきりと青ざめているのが分かった。


「だ、旦那、これは踏むと作動する落とし穴だよ!本職の私でも見落としかねないほど精巧な造りなモノを、よく気が付いたね」と、信じられないという表情でチャームは俺を見つめた。


 その後、チャームはわざと罠の部分の床を踏むと、落とし穴がその姿を現した。


「うっ!」


 落とし穴の中には、様々な種類のオークが串刺された状態で大量に詰まっていた。魔物や人間の遺体は時間が経つとダンジョンに吸収されるはずだが、まだ吸収できていない様だ。


 いれぐいだな... 。


 まあ、一歩間違えれば、俺たちもダンジョンに吸収されるのを、ただひたすら待っていたかもしれないがな。


「まだ、紹介できていない仲間が一人いる。ゼファーや領主を助けたら、紹介するさ。今回の罠が見破れたのもその仲間のおかげだからな」と、やんわりとマゼールを紹介しておいた。


 ただ...、マゼールが俺の脳内にいると言っても、すぐには理解できないかもしれないし、今はゼファーと領主たちの救出が優先だ。


 チャームも何か聞きたそうだが、あえて先を急ごう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺たちは落とし穴に別れを告げ、すぐにゼファ―たちの捜索を開始した。いや、もう間近かだろう。マゼールのナビが無くても、近づいていることがわかる。


 焦る気持ちを押し殺し、必要以上に向かって来るオークを避け、ぶつかり合っている音がする場所に駆け急いだ。


 その時、20mほど先の方から「神父様!こちらです!神父様!」と、何度も神父様と呼ぶ声が聞こえた。ゼファ―だ!何とか間に合った。


 間近に俺がいることをマゼールが伝えたのだろう。必死に自分の居場所を伝えるゼファーの声が聞こえる。


「すまなかった、ゼファー!もう大丈夫だ。待たせたな」と、俺もあらん限りの大声で返事をした。


 領主を守るために戦った者たちがダンジョンの壁にもたれている。呻き声や悶え声、魔物の死体など、辺りは地獄絵図と化している。


 そんな中で、一人の女性が右脚を引きずりながら俺に向かって飛び込んできた。


「神父様!役割を果たしました!お待ち申しておりました!絶対に来て...くれると、おもっでいまじだ」と、頬に一筋の涙を流しながら俺に伝えてきた。


 全身傷だらけの彼女を、しっかりと受け止め「ご苦労だった...」と、言葉短く労をねぎらった...。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る