第38話 再会

「おい大丈夫か?」


「チャーム、しっかりしなさい!あなた、弟を救うために頑張ってきたんでしょう!」


 カリカもチャームに声をかけた。


 チャームから聞きたいことは沢山ある。しかし、まずは動けないチャームと、「窓の外の明かり」のメンバーであるライリーとホルマンを、4階と5階の間の階段エリアに避難させることにした。


 ここなら魔物は入れない。ただ、フロア内が魔物で満ち溢れてしまったら、それは別の話だ。魔物の活動をこのまま放置すれば、フロア内は確実に魔物で溢れ、階段エリアまで侵入してくるだろう。


 その前に「従属封じの杖」を作成し、タイタンを苦しめている「従属の魔核」を破壊する。


 その後、7階にある祠に「従属封じの杖」を安置しないと。そうしないと、スタンビートを引き起こすことになるだろう。


 チャームはオークからの集中攻撃を受け、意識がもうろうとしているようだ。身体だけではなく、思考も定まっていない。


 表情は空虚だ。しかし、チャームはまだ戦意や弟を探し出すという希望は失っていなさそうだ。何とか俺やカリカの呼びかけに反応し、状況を理解し始めた様だ。そしてチャームは淡々と答え始めた。


「あたいは...ダメみたいだよ。腕もちぎれかけているし内臓もボロボロだよ。ポーション(効果小)を何本飲んでも、腕や内臓に後遺症は...残るさ。それに、弟を探す旅の移動で、ポーションを複数本買うだけのお金なんて...もう残っていないよ」


 チャームは自虐的な笑みを浮かべた。そして話し終わった後、階段に血液の混じった唾を吐き捨てた。


 投げやりな態度を見せるチャームに向かって、カリカは「チャーム!弟を救うんでしょう?諦めちゃダメだよ!」と奮起を促す。


 もし、このまま何もせずにチャームとこの場で別れたら、すぐにに旅立ってしまうだろう。


 ジャッカルやレバーに、会わすわけにはいかない。せっかく弟をその2人から救い出したんだ。チャームには、ぜひバリーと再会を果たしてもらいたい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺はもう一度チャームに、「チャーム、あんたはまだ死んではダメだ」と声をかけた。


 すると、チャームはやっと俺の存在に気が付いたかのように、けだるそうに俺の方に視線を向けた。


 そんなチャームの目の前に、ポーション(小)をそっと置いた。


「これは俺のおごりだ。お前に聞きたいことがある。遠慮せずに飲んでくれ。これを飲めば、今の状態よりも少しは楽に話せるだろう。飲まなければ、あと数時間、いや数分でお別れかもな。でも、俺はお前の期待に答えられるかもしれない...ぞ」


「期待に応えられるって...。弟の居場所を...知っているのかい?」


 さっきまでは絶望に染まっていたチャームの目が、少し力を帯びて俺の表情をはっきりと捉えた。


「ああ、そうだ」と俺はチャームの目を真っ直ぐに見つめて即答した。


 俺の言葉を聞いた後、チャームは黙ってポーション(小)の入った小瓶のコルクを外し、震える手で何とか飲み干した。


 チャームがポーション(小)を飲み干すと同時に、「弟の名前は、バリーであっているか?」と俺は尋ねた。まあ、マゼールの【詮索】で、知ってはいるのだが...。


 チャームを見つめながら静かに告げると、チャームはあまり驚きで飲み干したばかりのポーションの入っていた瓶を手元から落としてしまった。


 カラン、カランカラン、カラン...。 


 そのまま小瓶は、階段下まで転がり落ちて行った...。


 そりゃそうだよな。弟の名前を俺に教えていないのに、俺が言い当てたら驚くよな。


 実際、「な、何であたいの弟の名前を知っているんだい!あ、あんた何者なんだよ!」と、床から立ち上がる勢いで俺に尋ねてきた。


 尋ねられた言葉を無視して俺は...。


「弟は今、俺の仲間としてこのダンジョンのもう少し上層にいて、俺を追いかけてきている。俺は一足先に領主を助けに行った仲間の元に向かっている。バリーももうすぐ、ここに来ると思うぞ。ただ...」


 そう言った後、チャームの顔をみつめて、一呼吸置いた。チャームも次の言葉を待っている。表情に「ただ、何なんだい⁉」と問いかけている。


「ただ...一応、身分は俺の奴隷だ。すまない。だが、大切な仲間として扱っているつもりだ」と、チャームに告げた。


 そして、チャームを見つめ、俺はある交渉に踏み切ることにした。


「チャーム。今の状態では、お前は満足に歩くこともおぼつかないと思う。チャームの状態を治すには、ポーションなら効果(中)を飲まないと治らないだろう。だが...俺ならスキルで治すことが出来る」と、チャームに告げた。


 そうだ。レバルドやズリーを治した【高度先端医療】でだ。


 すると、間髪を入れずにチャームは「あ、あんたのスキルでかい?」と、半信半疑の表情を見せてきた。


 無理もないと思う。ポーション(中)に匹敵するスキルなど、大司祭レベルの偉業だ。冒険者を営んでおり、さらに大司祭レベルの回復スキルを持っているなら、もっと名が売れていてもおかしく無いからだ。


 いきなり知らないオッサンが、「俺、強力な回復スキルが使えるぜ!」と言ったら、怪しすぎるからな。


 しかし、俺の話を信じるべきか現実を見るか...。でも、現実をみれば死ぬか、よくて後遺症が残り、冒険者稼業を引退するかしか道は残っていないのだが...。


 一度は弟を探し出すという希望を失ったが、弟のバリーがすぐ近くにいると分かった以上、傷を癒し、一緒に行動を共にしたいと考えるのが普通ではないか?


 しかし、その対価は現在の自分ではとても払える代物ではないとも分かってもいる。どうしたらいいのか分からないのだろう。


 時間に余裕は無いが、少しだけ時間がかかるかと思ったが、チャームの決断は、俺が考えている以上に早かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「デニット、いや、デニットの旦那!あ、あたいを治しておくれよ!あたいもあんたの奴隷身分に落ちてもいいから治してくれ!絶対に戦力になるから!せっかくあと少しで弟に会えるかもしれないのに死にたく無い!それに、弱っている姿など、弟に見せられないよ!」


 チャームは俺の前で痛む体に鞭を打って、深々と土下座をして頼み込んできた。おいおい、まだポーション(小)しか飲んでいないんだ。無理をすると傷口が開いてしまうぞ...。


 奴隷落ちも覚悟しているチャームに向かって俺は、「チャームを奴隷にするつもりはない。それに...今回の仕事が終われば、バリーを奴隷身分から解放してもいいと思っている。それぐらい...やばい仕事だ。チャームも手伝ってくれないか?」と彼女に尋ねた。


 俺の話を聞いて目玉を大きく見開いたチャームを、再度みつめた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 これから行うべき内容を、かいつまんで説明をした。


 すると、チャームは直ぐにその条件を飲むと言い出した。


「あ、あたいはその条件を飲むよ。で、でも、本当にいいのかい?バリーは借金奴隷だよ?借金がいくら残っているか知らないが、奴隷期間を延ばそうと思えば、あと2,3年は旦那の元で働かないと割に合わないんじゃないかい?」


 そう、逆にチャームは俺のことを心配してきた。


 そんなチャームに対して、俺は苦笑いをしながら「バリーは元々、ジャッカルという奴の奴隷だった。それにまあ、俺は金には困っていない。だから気にすることはないさ」と告げた。


 更に俺は話を続けた...。


「それに、バリーはよく食うからな。手元に残しておくと借金が増える一方さ。チャームのところに返した方が、貯金が出来るかもな」と、笑いながら伝えた。


 まあ、本当によく食べるからな。成長期かな?バリーは?


 それを聞いたチャームは「あっははははは!そいつは傑作だ。本当によく食べる子だからね。それにしてもバリーは、いい旦那様に巡り会えたようだ!あたいを治しておくれよ!弟共々、旦那の力になるからさ!」と、まっすぐに俺の瞳をみつめて訴えてきた。


 それなら、もう遠慮することはないな。チャームにも協力をお願しよう。ただ、あまり公にしたくないから、ポーション(中)を飲んで回復したことにしてもらおう。


 まあでも、6階層に言ったら領主様たちに【高度先端医療】をかけるつもりだから、あまり意味がないのかもしれないが,,,。


 こっそりとチャームにかけた【高度先端医療】は、しっかりと効果を発揮して、チャームの身体から傷がウソのように消えた。


「す、すごいよ、旦那!あんなにぼろぼろだったあたいの身体が、一瞬でもとの状態に戻っちまったよ!」と言って、笑顔で俺に伝えてきた。そんな笑顔のチャームの後ろから、4階層の扉が開く音が聞こえた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「もうバリーったら!こっそりと黒パンを口に入れる暇があるなら、旦那様とゼファー姐さんが待っているのですから、もっと急いで下さい!」


「そうだぞ、バリー!隠れて食っている暇があるのなら、行かないとな。がはははははは!」


「レバルドさんもお酒を飲みすぎです!本当にもう!そのスキットルの中身、殆ど入って無いじゃないですか?明らかに飲みすぎです!」


「大丈夫じゃ!主様に会えば【収納】からお酒を出してくれるはずじゃ!その為にも急がないとな!がはははははは!」


「そういう問題じゃなくてですね!」


 ダンジョンには似つかわしくない、賑やかな集団が 階段フロアにやって来た...。


 そんな賑やかな集団の中に、チャームのお目当ての弟がいたのを言うまでも無かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「バリー!バリーだろ!や、やっぱりバリー!探したんだよ!」そう言って、チャームはバリーの元に駆け寄り、そのままバリーに抱きついた。


 バリーはきょとんとした顔で、何が何だか分からないという表情を、俺とチャームに見せた。


「ねえちゃんじゃないが!でも、何でここにいるんだ?それに主人?なにやってんだ?おそくねえか?」と、俺の顔を見るなり大きな声で言ってきた。


 苦笑いで、「まあな」と返事をした。今は俺よりも姉ちゃんと話してやれよという目でバリーに合図を目で送ったが、分かっていない様だ。まあ、バリーらしいが...。


あと、スーちゃんとピーちゃんは、袖口からひょっこりと顔を出し合い、「にゃ~ん♡」と再会を喜び合っていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あんたの後を追って...。ずっと探したんだよ、バカ!」そう言ってバリーのお腹を軽く小突いた。


「そうだっただか...。おら、おかねをかりて、どれいになっちまって、ねえちゃんに、しんぱいかけてまった。ごめんなんだな...」


「それで、それで...」とボロボロと大きな涙を流しながら大声で泣きだしてしまった。


「バリーダメだって。いくら階段フロアでも、大声を出しちゃだめだって教えただろう?」


 チャームはそう言いながら、バリーの口に大きな黒パンを放り込んだ。


 すると嘘のように、バリーは泣き止んだ。さすがお姉ちゃん、バリーの扱いを分かっている。


 さて、バリーの姉ちゃんも救えたし、結果的には良かったのかな?そう思っていると、マゼールが慌てた声で俺に話しかけてきた。


『デニットさん!急いで下さい!ゼファーさんの征矢が、100本を切ります!デニットさん!ハリーアップですよ!』と言ってきた。


 やばい!こっちの人助けをしていたら、ゼファーたちがピンチになってしまった。


「すぐに行くからな!待っていてくれよ、ゼファー!」と、俺は心の中で叫んだ。そして...。


 バリー達に向かって、「先に行く!」と告げ、その言葉を残して、俺は5階に続く階段を急いで駆け下りた。


 薄暗い足元に注意を払いながら、でも、できるだけ速く、俺はゼファーたちの元へと向かって駆け出した。

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