第37話 チャームと弟

 それにしても、本当に敵の数が多い。


 そしてなぜだか、このダンジョン、奥に進むほどオークがやたらめったら出現する。


 最初の階層では色々な魔物が見られたけど、2階、3階と進むにつれて、視界に入るのはオークの群ればかり。その多様性と数の多さには、ベテランの域に入った俺でも驚かされる。


 何か意味があるのか、それともただ単にオークが多いだけなのか?そんな疑問を抱えつつ、マゼールに先のルートを尋ねる。


『このまま南へ進み、突き当たりまで向行って下さい。十字路を左に!その先には、6体以上のオークが待ち構えています。デニットさんがおっしゃる通り、このダンジョンにはオークが非常に多いです。いや、多すぎます!』


 そうか、やはりオークが多いか...。何か大きな意味があるのかもしれないが、今はそれを考える暇はない。先を急がなければ。


『これだけ沢山のオークがいる以上、真っ向勝負は避けましょう』と、マゼールは提案してきた。


 オークは動きこそは鈍いものの、やたらと防御力と攻撃力、そして体力は他の魔物と比べて圧倒的に高い。


 オークの大群に囲まれると、相手をする度に疲労が蓄積する。疲れがたまれば自然と動きも鈍くなり、ミスも出やすくなる。逃げるが勝ちだ。


 オークの攻撃は破壊力が半端ない。当たれば致命傷になりかねない。ただし、攻撃が当たればの話だ。俺は真っ向勝負のタイプではない。むしろ、トリッキーな動きや立ち回りを得意としている。


 奴らの攻撃は一撃一撃が重く、致命的なダメージを与えやすいが、その分、大振りで単純なため、避けやすい。


 さらに、俺にはマゼールという頼りになるナビ役までいる。オークの攻撃が当たるわけがない。


 ダガーオークの攻撃を左右に避けつつ、時折、股の間をすり抜ければ、簡単に前に進める。


 今は奴らを倒す時ではない。ゼファーやバズボンドたちを助けるために、速やかに前進することが俺の役目だ。


『次は6時の方向です、デニットさん!その後、9時の方向にステップを踏み、12時の方向へダッシュで駆け抜けて下さい!そして突き当りの角を右に曲がれば、5階層への扉が見えるはずです!』


「了解だ、マゼール!この調子で頼んだぞ!」と俺は返事をする。


 その角を右に曲がれば5階層への扉が見えるはず!ゼファーたちが待っている場所までは、あと少しだな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 5階層への扉が見える、4階層のエントランスの様な広い空間に到着すると、一組の冒険者グループとオークたちとの間で壮絶な戦いが繰り広げられている。


 一人の男性が3体のオークと戦っている。だが、押され気味だ。体力を奪われ、動きが鈍くなっている。オークたちは勝利を確信し、ニヤニヤと笑っている。


 仲間らしき者たちは3人。1人は片膝をつき、肩で息をしている。残り2人は壁にもたれ、戦況を見守っている。目は開いているが、視線は定まっていない。戦っている男以外は、戦うのは困難なようだ。


 孤軍奮闘する男性は、「クソッタレどもめ!」と叫び、コピシュを力まかせに降り下ろす。


 しかし、疲労からか、彼の動きは精細さを失っていた。彼自身もそのことを理解しているようで、自分のふがいなさにイライラしている様だ。


 仲間の為にも負けるわけにはいかないという、気力だけで戦っているように見えた。 


 早く通り過ぎて、下のフロアに向かいたいのはやまやまだが、俺が何も介入をしないで通り過ぎれば、このパーティーは全滅するだろう。


 一応、戦っている男の視界にあえて割り込み、自分に親指を向けてというアピールをした。


 みすみす殺されると分かっていて助けないのは、寝覚めが悪い。


 俺と視線が交差した瞬間、俺に援護を期待する眼差しを向けてきた。そりゃそうだな。どう見ても勝ち目の無い戦い方をしている。仲間も倒れているし...。


 相手が望まない時に手を差し伸べると、後で「勝手に助けた」とほざくあほ共が現れる。さらに悪質な者たちは、「お前らのせいで怪我をした」という、とんだ言いがかりをつける場合すらある。


 助けるかどうかは、相手の意志を確認することが必須となる。


 すると、俺と眼があった男は、「頼む。助けてくれ!1人じゃやべぇ状況なんだ。礼ならきちんとする!これは前金だ!」と、銭袋ごと俺に投げつけてきた。


 金が欲しいわけでも無いが、相手はきちんと誠意を示した。救おう。


「わかった!援護する!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「マゼール。オーク3体をやっつける。また、ナビを頼む!」


『了解です。12時の方向に向かって走って下さい!そしてまず3時の方向にいるサーベルオークに【雷炎氷刃ライエンヒョウジン士】のスキルを使い、雷をダガーにまとわせて下さい!そのモノの動きを封じ込めましょう!』


 マゼールの指示に従い、雷を纏ったダガーでサーベルオークを斬りつける。


 グギャァァァァァァァァァァ!!!


 エンチャントされた雷がサーベルオークの全身を貫き、意識を失わせたようだ。


『その調子です!次は、9時の方向のハンマーオークの脇腹にも、雷を纏ったダガーで攻撃を加えちゃって下さい!』


 グギャァァァァァァァァァァ!!!


 ハンマーオークを攻撃しつつ、正面から来るバトルアクスオークの攻撃を紙一重で避けた。


 すると、バトルアクスオークは勢い余って地面に斧を叩きつけた。


 ドグォォォォォォン!!


『今です。バトルアクスオークの首筋に、ダガーを押し込んで下さい!』


 グギャャャャャャャャァァァ!!


 俺がバトルアクスオークの首筋に渾身の一撃を加えると、大きな雄叫びをあげた後、ピクリとも動かなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その一部始終を見ていた俺と同世代の親父は、フーっと一息ついた。


「あんちゃんは強いなぁ!助かったぜ!」


 親父は名をジャルジュと言い、ダージリン村を拠点に活動している「窓の外の明かり」のリーダーだった。


 ジャルジュは俺に右手を差し出し、握手を求めてきた。


「デニットだ。礼には及ばない。しっかりと報酬も受け取ったからな」と言ってその場を去ろうとした。だが、動けない者たちを見捨てて去るわけにはいかない。


 だが、集団には彼らなりの事情がある。助けたつもりが逆恨みされることもある。世知辛い世の中だ。


「ジャルジュ!そのお兄さんにポーションを持っていないか聞いてみて。ライリーやホルマン、そして、チャームを助けないと!」


 俺をお兄さんとは...好感が持てるな...。そんなふざけている場合じゃないか。


「すまねえな。あんちゃん、いやデニット。頼んでばかりですまないが、ポーションを分けてくれねえか?身軽そうだが、あんた位の強さがあれば、【収納】のスキルを持っていてもおかしくない。もし、ポーションを持っていたら、こいつらを助けてやりてぇんだ」


 そう、先ほどとは打って変わってジャルジュは真剣な表情で、倒れている者たちを見つめながら、俺に助けを求めてきた。


「何本必要だ?ポーション効果小ならいくらでもある。原価で売ってやる」と、ジャルジュに伝えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「こいつは...とんだお人よしだな!でも...それで本当にいいのか?ふっかけようと思えば、いくらでもふっかけられるんだぜ?」


 ジャルジュは俺がそんな出来過ぎた話をして、何かを企んでいるのではないかと俺の顔を覗き込んだ。


「安心しろ。何も企んでいない。俺は6階にいる仲間を助けたいだけだ。時間がないから、必要なポーションの本数を教えてくれ。それだけだ」と、余計なことを省いてジャルジュに伝えた。


 ジャルジュは真剣な表情で、「とりあえず、俺とカリカには1本ずつ、他の者には2本ずつポーションを分けてくれれば、それで一命を取り留めるだろう」と答えた。


 それを聞いた俺は、すぐに収納から8本のポーション効果小を取り出し、ジャルジュに渡そうとしたた。しかし、その瞬間!カリカが「まって!」大きな声をあげ、ジャルジュがポーションを受け取るのを阻止した。


 カリカはいったん息を整えて、ジャルジュと俺に続きを話し始めた。


「待って、ジャルジュ!ライリーやホフマンはメンバーだから、彼らにポーションを渡す義務がある!でも、チャームは傭兵よ!彼女の備品管理は自己責任よ!彼女の意思を確認しないとだめ!あと、それに...」


 カリカは苦痛に歪んだ顔で再び口を開き、「オークたちに集中的に攻撃され、全身に深刻な傷を負っていると思う。どれだけポーション(小)を飲んでも、恐らく治ることはないと思うわ...」と言った。


 確かに、彼女の右手と左足に巻かれた布は真っ赤に染まっており、切創の状態も相当悪いだのだろう。さらに、体の至る所で関節が不自然な方向に曲がっている。


 傭兵は、人数合わせ的な存在。グループに所属せずに戦闘に参加し、メンバーよりも高い報酬を受け取る。しかし、その一方で...。


 怪我などに関しては自己責任。治療費を払えなければ、男女問わず奴隷に落ちるのがセオリーだ。


「マゼール、どうするべきだ?俺の【高度先端医療】なら、一発で彼女を治ると思うが...」とマゼールに相談を持ちかけた。


 マゼールは、『カリカの言う事の筋が通っています。チャームにポーションを1本原価で売るかあげて、彼女の意思に任せましょう。個人でポーション(中)を買うとなると借金奴隷に落ちる可能性も視野に入れなければならないと思います』と答えた。


 その後、俺の視線はチャームに移した。彼女の肌は一見若干黒っぽく見えたが、よく見ると深緑色のような色?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「それなら、一旦、ポーション効果小を飲ませてチャームの意思を確認しよう。最悪の場合、俺が【高度先端医療】で治し、個人的に雇えばいいだけのことだ」と、マゼールに脳の中で問いかけた。


 マゼールも『それが最善の策だと思います。私が彼女の情報を【詮索】で探ってみましょう。人間性や行いに問題が無いようならば、助けて、治療費を払えるまで働いてもらうのが最善だと思います』と、俺の提案に好意的に反応した。


 その後、マゼールからの通信は途絶えた。おそらく今、マゼールはチャームの脳内で【詮索】スキルを使用しているのだろう。


 カリカは、ホフマンとライリーにポーションを手渡しながら、重苦しい声で語り始めた。


「チャームは傭兵として戦場に立っていた際、奴隷の身に落とされた弟を探し求めているの。その弟も、彼女と同じく...人間とオークの半魔のようよ」


 驚きと疑念が俺の心を駆け巡る。


「おいおい、まさか...」と俺は呟いた。


『デ、デニットさん!その通りです。チャームは奴隷落ちした弟を探して、ずっと傭兵業を営みながら旅をしているようです。弟の名前は、そうです!バリーです!』


 ダンジョンが再び俺たちの運命に介入しようとしている。いや、もう、それ以外の何物でもないと確信しているデニットだった。

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