第36話 スキル本とルビーとサファイア

 ダージリン村の近くにあるダンジョンは、馬車での進入が出来ない様だ。門番であるウィリーは、安全に馬車を預けられる場所を俺たちに教えてくれた。


 一方、ランドとメリーは、この長旅の疲れを癒すために休息を与えた。彼らは紹介された厩舎で、美味しい干し草を食べて我々の帰りを待ってもらうことにした。


 ランドとメリーに向かって「お前たち、よく頑張った。ゆっくり休んでくれ」と声をかけた。その言葉が彼らに届いたかのように、彼らは「ヒヒィンンンン!」という声で応えてくれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さあ、俺たちも急ごう!」


 ズリーにバリー、レバルド、そしてマゼールに声をかけた。それぞれが「行きましょうぞ!」や「はい!」それに「わかったんだな!」と気合のこもった大きな声で返事をした。


 さらに、「皆さん、私が見守っています。安心して進んで下さい!」と、俺たちの絶対的な守り神が安心感を与えてくれる。


 マゼールの声を聞き、俺たちは祝福を得たような気分になり、快調な足取りでダンジョンに向かって行く。


 レバルドは大股で、しっかりとした歩調で俺について来る。その隣で、ズリーは少し小走りで、そしてバリーはドタドタとせわしなく追いかけて来た。さあダンジョンも見えてきたぞ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 


 ダンジョンへの道中、マゼールに「従属封じの杖」に必要なスキルについて、「このダンジョンで集まるものなのか?」と尋ねてみた。


『「従属封じの杖」の作成には、精神を統制する四つのスキル本が必要です。それらはランクDの【冷静】、【安定】、【意思】、そしてランクCの【邪気払い】です。これらのスキルは、持ち主の精神面を強化し、内なる平和を保つ力を与えます。これらのスキル本がそれぞれ、5冊必要です』


 ズリーはマゼールの言葉に耳を傾け、心に響くものを感じたようだ。


「なるほど、これらのスキルはすべて、心の奥深くに作用する力を持っていそうですね。まるで、洗脳された心を解き放ち、自由な意志を取り戻す鍵のようです」と彼女は静かに付け加えた。


 未知のスキル本の存在に、不安が心をよぎる。だが、マゼールは冷静さを保ちながら話を続けた。


『【邪気払い】のスキル本ランクCです。それは、11階以降の深層、奥深くに存在します。強力な魔物が闊歩し、危険が常に身近に迫っています。それゆえに、このスキル本を手に入れることは、極めて厳しい試みとなります』


 先程より声のトーンを落とし、スキル本を集める難しさを強調してきた。そして、マゼールは緊張感を一層高め、事態がより危険になることを示唆した。


『今回の挑戦で最も困難なのは、核となる宝石を手に入れて、それを杖に装備することです。10階の中ボス、ビッグオークを倒すとサファイアの塊が、そして15階のキングオークを倒すとルビーの塊が出現します。これら2つは絶対に手に入れる必要があります!』


 おいおい、マジかよ..。


 中ボスと戦うぐらいなら、サファイアもルビーも欲しくねえな...。


 俺がマゼールに質問をしようとした時、ズリーが先に「なぜサファイアとルビーが必要なのですか?スキル本をだけを集めればいいのではないのでは?」と首を傾けながら、マゼールに疑問を投げかけた。


「そうですじゃ、マゼール様。スキル本を混ぜて杖に付与するといわれていたはずですじゃ!」と、レバルドも続いた。


 俺も、同じことを考えていたが、2人先を越されてしまった。


『その二つの宝石、サファイアとルビーは、見た目の美しさ以上のモノです。力を蓄える容器の役割を果たしています。おそらく、『従属封じの杖』は数年ごとに神に捧げられ、力が補充されていたのでしょう。ダランバーグ大聖堂には交換用の杖があるはずです』


 なるほど...能力の補充か。確かに、スキルの力は俺たち人間という器を通じて発動されている。その力の源が、サファイアとルビーという訳か。


『今回の試練は主に3つ。まず、スキル本を集めることです。次に、サファイアとルビーを手に入れること。そして最後に、領主を救出することです』


 中ボス戦が2回ってキツイな。消耗戦になるかもしれないな。しかも、相手はオークの上位種じゃねぇか。また、とんでもない敵が相手だな。


「効率よく進めるために、私がサポートします。時間がありません!まずは6階層にいるゼファーの元へ向かいましょう!』 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あの...」とズリーが心配そうにマゼールに尋ねた。「ゼファー姐さんは無事でしょうか?」


『大丈夫ですよ、ズリーさん。ゼファーさんなら6階に無事に到着して、バズボンドさんと合流できました。直接話してみて下さい。ただし、手短にお願いしますね』


 ズリーは「でも、緊迫している状況なら、邪魔したら申し訳ないです...」と言いながら、心配そうに俺に視線を向けた。


 そんな中、「ズリー、聞こえる?ねえズリー、聞こえたら返事して!」と、ゼファーの方から声をかけてきた。


「ありがとう、ズリー!私は大丈夫よ!マゼール様の誘導のおかげで、バラボンド様たちのいる本体に合流出来たわ。バズボンド様も、一命は取り留めているわ。ただ...」


 ゼファーの声が突然途切れ、代わりに激しい戦闘の声が聞こえる。「ギャガワアアア!」という叫び声や、「魔物をこれ以上通すな!」、「援軍の女性が来た!耐えろ、皆んな!バズボンド様をお守りするんだ!」という声が響いている。


 戦闘が激しく進行している。その緊張感は、遠く離れたここまで鮮明に伝えてくる。


「魔物の数は多く、怪我をしたバズボンド様を守りながらの脱出は非常に困難です。さらに、バズボンド様を含め自力で動けない者が多数存在します!」


 おそらく、征矢を放ちながら俺たちに話しかけているのだろう。ヒュン!ヒュン!という音がしきりに聞こえてくる。


「領主以外にも、多くの者が傷を負っているようだな」と、俺はより詳しい状況を把握しようとした。


「はい。全部で14,5人おり、そのうちの6、7名は動けない、危険な状態です!バズボンド様は「自分だけ逃げることはできん。何とか皆んなで乗り切るのだ!」と奮起を促しています」


「私の到着により、周囲の決意も固まったようです。弓矢が尽きる前に、援軍を送っていただければ幸いです。さもなければ...」


 ゼファ―は言葉を詰まらせ、何かを言いかけたが、言葉を濁した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「俺が駆けつけて、バズボンドとその部下たちの怪我を治せば良いのだな」と、俺はゼファーに伝えた。ゼファーは遠慮している。その歯切れの悪い言動は遠慮と気遣いで満ちていた。


「本来ならば、神父様が直接こちらにお越しいただくのが最善の策でしょう。しかし、その場合、神父様の特殊な能力が広く知られる危険性が高まります。そのことを考慮すると...」


「ゼファーが言葉を続けようとした瞬間、背後から魔物の叫び声やバズボンドの部下たちが魔物と戦う武器の衝突音や叫び声が生々しく聞こえてきた。


 そんな状況下でも、ゼファーは俺に気を使ってくれていた。ゼファーのその姿勢に、俺は感謝の念を抱き、「分かった。すぐに向かう!待っていろ!」と心から思った言葉を彼女に伝えた。


「し、神父様。それでは神父様の能力がバレてしまいますが...」と、ゼファーはなおも俺の身を案じてくれた。しかし、俺は決意した。


「部下を庇う領主を放っておけない。ゼファー、すぐに向かう!それまでバズボンドを頼んだぞ...」と頼んだ。


 その瞬間、全てが静まり返った。それまでのざわめきや緊張感が一掃され、ダンジョン内は静寂に包まれた。そして...。


「お、お任せ下さい!神父様に救って頂いたこの命、尽きるまで、ここにいる者たちを必死に守りぬきます!」と、ゼファーは熱い口調で返してきた。その声には、彼女の強い決意と誓いが込められていた。


 だがその瞬間!


「ギャゴガガガガアアアア!」


「グォォォォォォォォォォ!!」


「くそ、また出てきやがったな!!」


「うわー!またリバーオークの群れが攻め込んできたぞ!阻止するんだ!」


「神父様!お待ちしております!一旦通信を切らさせて頂きます!そして...お待ち申しております!」


 通信が途切れた。俺は一瞬、その場に立ち尽くした。しかし、ぼやぼやとしている暇はない。俺たちはすぐに奥に向かって進み始めた。一刻も早く、ゼファー達のいる階に向かわなければならないから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「魔物の数は尋常じゃないな。ゼファーで言った通りだ。次から次に魔物が襲いかかって来やがる」


 3階層まで駆け抜けて来た俺たちは、敵の波にうんざりしながら俺はマゼールにぼやいた。


 するとまた右手から、ハンマーを力任せに叩きつけてくる、ハンマーオークが現れた。


 だが、落ち着いてハンマーをかわし、その隙に背中から、奴の心臓を一刺しにしてやった。


 ズブブゥゥゥゥ...!


「グギャァァァァァァァァァ!!」


 俺がとどめをさしたハンマーオークの絶叫がダンジョンに響きわたる。その音に反応して、さらに魔物の群れが近づいてくる...。悪循環だな。


 分厚い広背筋を貫く。その感触は、一撃で相手を殺せると確信できる、満足のいくモノだった。


 しかし、その感触を味わっているひまなど与えてくれない。戦場は、常に次の一手を考える場所だ。


「これで...まだ3階か?」と、俺はつぶやいた。普段の倍、いやそれ以上疲れている気がする。それはこのダンジョンの魔物が、ベリーベリー村や川沿いのダンジョンの魔物よりもはるかに強力だからだ。


「馬鹿正直に相手をしていたら、日が暮れてしまう。早く行かないとゼファーたちがタイムリミットになっちまう」俺は何気にそう呟いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おっしゃる通りです。旦那様、先へ進んで下さい」と、俺の横でレイピアで敵を切りつけるズリーが言った。


 彼女の声は、俺を真っ直ぐに見つめるその瞳と同じくらい、確固としていた。


「私たちも後から、追いかけます。ただ旦那様、お一人で向かわれた方が姐さんたちのところに早く向かえると思います!」と、ズリーは言った。


「そうですじゃぁ!そのほうがいいと思いますのじゃ!主様ひとりなら、かわしながら、素早く行けますのじゃ!奴のところに、早く向かって欲しいのじゃ!」


「主人、おら、主人のように速くない。だから、先に行って欲しいんだな!」


「お前たち...」


 皆んなを見つめながら黙って頷く。わかった。わかったよ。先に行って、ゼファーと合流させてもらう。


「マゼール、指示を出してくれるか?最速でゼファー達の元に辿り着けるルートを案内してくれ。頼めるか?」俺はいつものようにマゼールにお願いをした。


 マゼールは「余裕ですよ、デニットさん!私はなんといってもエクストラスキルですからね。10人でも20人でもそれぞれに指示を出せますよ。えっへんです!」と自信満々に言ってのけた。


 もしマゼールの実体が見えるのなら、両腕を腰に置き、可愛い顔をどや顔にしているのだろう。早く見てみたいものだ。だが、今は...。


「よし。頼んだぜ、相棒。さあ、ゼファー待っていろよ。すぐに行くからな!」


 飛び出して来たキラーオークをバリーに任せ、俺は6階層に向けて走り出した。

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