第28話 魔物狩りの前に
俺たちはセカンドブリッジから川沿いを下った。川辺で呆然と対岸を見つめている商人らしき者たちは、チラチラと俺たちの動向に視線を配り、何やら話し合っている。
行動を起こさなきゃ何も変わらない。それは俺が20年ほど味わってきた。お前たちはどうするんだ?
そう俺は心の中で、ただ漫然と壊れた橋を見つめている者たちに投げかけた。
俺たちが動き出して、後をつけて来ようとする輩たちもいたが、1台の馬車ということを確認すると、途中でまた引き返して行った。利用価値がないと踏んだようだ。
失礼な話だ。
まあ、彼らも生活がかかっているからな。でも、他人ごとながら...どうするつもりなんだろうな?馬車の中には、ダージリン村で売るために持って来た商品が沢山詰まっているだろう。
もう少し待って、ちょうどいいカモが来なければ、周辺の村々に売りにでも回るだろう。売れなかったり、魔物に食われちまうよりは、その方が多少でも採算が取れるからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なあ、マゼール。その川沿いのダンジョンとやらはどの辺にあるんだ?マゼールはそこに入って来たんだよな?そこって危険な場所なのか?」
これから向かうダンジョンの状況を把握しておかないとな。もし川沿いのダンジョンが危険なら、ズリーとバリー、ピーちゃんとスーちゃん、それに馬2頭を安全な【1K】内に避難させるつもりだ。
幌馬車は開いた酒樽を潰して、【異世界車庫】に突っ込めばいいだろう。
バリーや俺に懐いているいる2匹の猫や馬に変わりはいない。
だからマゼールの話を聞いてから皆なで行くか、それとも馬車番としてバリーとズリーを残していくなど、対策を練らねばな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『今から皆なさんに向かって頂く川沿いのダンジョンは、入り口は馬車一台が入れるぐらいの大きさですが、そこから先は非常に幅が広く、馬車でも往来が可能です。さらに、階層ごとの移動は階段ではなくスロープが設置されているため、そのまま馬車で進むことが出来ます』
馬車が入れるダンジョンか...。皆なが一緒に移動出来るな。
それならば全員で行動を共にするという選択肢もありだな。いや、俺とズリーの機動力を活かして、2人で深層のスキル本を収集する役割を担うか。
その間レバルドが2人を守りつつ、ゆっくりと上層のスキル本を集める...か。
色々な戦略が立てられるな。
更にマゼールは、『まだダンジョン内に、人が入った形跡はありません。このため、貴重なスキル本や武器、それに貴金属などが取りたい放題です。ただし...』と、マゼールは言ってから少し間を置いた。
すげえな...新装開店状態って訳か。これはもう行くっきゃないな。でも...マゼールのただし...の後が気になるな。
「まだ人が訪れていないダンジョンという事は、それはつまり...大量に敵もいるという事でしょうか、マゼール様?」と表情を曇らながら、自身の考えを俺たちに伝えた。
なるほどな。宝も沢山用意されているが、敵さんも沢山いるという訳か。宝だけどうぞ取って下さいという訳じゃないよな。
『ゼファーさんの言う通りです。貴重なスキル本が沢山ある代わりに、敵も沢山います。今まで人が訪れていないのですから...。定期的に出現する魔物で、スタンピード一歩手前の状態にまで溢れ返っています』
おいおい。橋が渡れないどころの騒ぎじゃないぞ。大量の魔物が溢れ出したら近隣の村々まで被害が及ぶ。
今から向かう川沿いのダンジョンは、思っているよりも危険な状態にあるようだな。スキル本の収集よりも、魔物の討伐作業が先かもしれないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『川沿いダンジョンの浅層は
さすがは川沿いのダンジョンだけあるな。川辺を好む魔物がうようよしているみたいだな。
そうとなれば余計、ズリーとバリーをどうするかだな。ズリーとバリーはどうしたいか聞いてみるか。
戦闘経験が少ない彼らに無理はさせたくない。今のところ彼らは、戦闘以外で十分活躍をしている。1階で馬車番を務めるのが最善の選択かもしれない。
「ズリーとバリーどうしたい?無理に戦闘に参加する必要はない。1階で待機していても、いや1階で馬車番していた方がいいと思うぞ」
ズリーとバリーに聞いてみた。すると二人は、ピタリと動きを止めて
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ズリーは全身を震わせて俯いている。やはり怖いのか。早めに【1K】に、避難させた方がいいかもしれないな。
そんなふうに俺が思案していると、ズリーが俺に向かって顔をあげた。
「デニット様、私は旦那様の奴隷です!主人を守り、役立つことが奴隷の役割。しかし旦那様は出会った時から私を気遣い、治療までほどごじで、くだざいまじだ...」
ズリーの綺麗な瞳から、大量の涙が溢れ出している。バリーも泣いている。
「わだじはまだ、旦那ざまに何も返せておりまぜん!今できる精いっぱいのことをしたいです!今後の旅のことをかんがえ、少しでもせんどう経験をつませてください!このままじゃ、このままじゃ!いつまでたっても足手まといのままです!」
「おらも、だずけでもらっだ!うまのかかり、もらった。うれしい。やぐにだてだ。はじめでこんな、じょうとうな、ふくかっでもらった!はらいっぱいぐえだ。ざいごうにじあわぜだ~!」と、わんわん泣いている。
「わだじたちは、たとえ今は戦力にならなぐても旦那様たちといっじょに戦い、すごじでも成長じだい。あなたさまのおやぐにだじだいのでず!」
そう言って、俺の胸にしがみ付いて泣いてしまった。「ズリー。ごめんな。配慮が足りなくて...」と、ズリーの頭をなでながら謝ると、「旦那様は、また私に謝って!」と、ズリーに叱られてしまった。
重たい雰囲気が流れる。う~ん...どうしたらいいモノなのか...。オジサン仲間のレバルドを見るが、難しい顔をされてしまった。俺と同じく案が無いようだ...。
そんな重たい空気を一掃するかの様にマゼールの声が脳内に響いた。
『ズリーさん、バリーさん、それに皆さん!心配無用です!この川沿いダンジョンは、レベルアップにも体力と戦闘力の向上にも最適な場所ですよ!』
凄くマゼールの声が明るい。どう言う事なんだ?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『このダンジョン全体が魔物たちで溢れ返っています。ですが上層階に生息する魔物たちは、比較的動きの遅い魔物達ばかりです。バリーさんの怪力を活かし、ウォー・ハンマーを振り回して下さい!』
なるほどな。周囲に魔物が集まっているんだ、振り回すだけで敵が勝手にくたばってくれるな。という事はズリーも...。
『そしてズリーさん!風きりのナイフを全力で振り回して下さい!このダンジョンで得られる【ナイフ】と【ハンマー】のスキル本を沢山集めれば、私が混ぜ混ぜして新しいスキル本を作っちゃいますよ!』
マゼールの言葉を聞いた2人は、すごく嬉しそうな表情に変わった。自分達も役に立てるかもしれないと顔に書いてある。
ありがたい話だけど、今でも十分すぎる働きをしている2人なんだけどなあ...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おらたちも、ただがえるんだな!」
「レベルもランクもアップできるのですね!皆さんのお役に立てるのですね」
凄くにこにこと笑う、ズリーとバリー。
そんな2人に対して...。
ゼファーは2人に向かって、「安心してね2人とも!あなた達に近づいて来る敵は、私が全部やっつけてあげるから武器を思いっきり振り回すがいいわ!」と、胸を張って言った。
こういう時のゼファー姐さんは、本当に頼りになる。
レバルドも、「孫の様な2人には、傷1つおわせないのじゃ!安心して戦い、そして強くなるのじゃ!」と、力強く2人に向かって言い放った後、スキットルに入っていた残りのウィスキーを、一気に飲み干した。
おいおい...。水のように飲むなよ...。
「ちょっとレバルド様!どれだけ飲むのですか!」とゼファーに怒られて、しゅんとするレバルド。
「また...レバルドさんが、ゼファーさんに叱られています」とズリーが笑うと、俺もバリーも、そしてマゼールも笑った。
その情景は見飽きたが、今の俺たちの気合の入り過ぎた空気を冷やすには、十分な効果をもたらしたようであった。
さあ、狩りの時間だ!皆なでレベルアップに酔いしれるぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます