第27話 川沿いのダンジョン

「もう行くのかい?もう一日位ゆっくりしていったらどうなんだい?」


 そう、柄にもなく俺に優しい言葉をかけてくるハバッカ婆さん。ありがたいが、早くマゼールの身体を、そしてレバルドの腕を治してやりたいしな。


「いや、もう行く。あまりゆっくりしていると、根っこが生えてしまうからな」と、ハバッカ婆さんの美しい瞳を見つめながら答えた。


「あんた...本当に何も言わずに出て行くのかい?」


 そう、少し困ったような表情で、ハバッカ婆さんが俺に聞いてきた。


「もう帰ってこないと言っている訳じゃない。半年か、いや、せいぜい1年で、戻ってくるつもりだ。カノットを仲間に向かい入れたいしな。それに...俺の大切な故郷だ。墓参りもしないとな」


 必ず戻って来るさ。たまには顔を出さないと、アイツに恨まれちまうからな...。


「まあ、先を急ぐあんた達を止める権利はないが、あの子は本気だよ。枠を空けて置いてやっておくれよ。あの子はあんたに怪我をさせちまったことよりも、あんたの人柄に惹かれているんだよ。分かってやっておくれよ」


 ガタッ


 そう...婆さんが言うと、奥の物置の方で物音がした。


 本当にこの婆さんは...。困っている者を放っておけないな。分かっている。分かっているさ。俺もそこまで鈍感じゃねえよ。


「ははっ、その時までアイツが俺を待っていてくれたらな」


 そう言った後、俺は物置をちらっと見た。そして...。


「婆さん行ってくるよ。そうそう、恥ずかしがり屋のエレンに伝えてくれ。俺が戻って来る時までにこの町を綺麗にして、「氷の翼」の新たなリーダーを育てたなら、俺と一緒に旅をしねえかとな」と、婆さんに伝えた。


「あんた...そうかい。伝えておくよ。喜ぶだろうに」


 婆さんは目を細め、本当に嬉しそうな顔をした。


「じゃあな婆さん。1年以内には戻ってくるから、死ぬんじゃねえぞ!あばよ!」といい、仲間たちが待っているいる馬車に乗り込んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「エレン、ちゃんと聞いたかい?これでよかったんだね...。声をかければよかったじゃないか?デニットもあんたを認めてくれたんだからさ」


 物置の扉を開けると同時に、エレンに声をかけた。


「いいの。私がデニットに何か言ったら、また出発が遅れちゃうし。それに、私もデニット同じで時間が無いの。さあ、ハバッカ婆ちゃん!まずはギルドから、お掃除、お掃除!」


「そうだね。ジャッカルの陰で甘い汁を吸っていた連中には、お灸をすえてまわらないとね」と、愛用の仕込み杖で床を叩いて、その足でドアに向かった。


「ちょっと、ギルドまでお灸をすえに行って来るよ」と、門番のゼットンに声をかけた後、2人は楽しそうにギルドに向かった。


 後に、ベリーベリーの村の治安と財政を、半年足らずで立て直したこの2人は、名君として村の歴史に名を残すことになる。でも...それは別のお話。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふぁー。のどかだな。馬車の旅ってやつも、なかなかいいもんだな」


 俺の斜め向かいで、愛用のスキットルでウィスキーをがぶ飲みしいるレバルドに話かけた。


「確かにいいもんですじゃ.こんなに好きなお酒を好きなだけ飲みながら馬車で移動ができる日が来るなんて...つい最近までは想像も出来なかったのですじゃ」と、レバルドは言いながら、またウィスキーを喉に流し込んだ。


 しかし...またバカでかいスキットルだな。レバルドが馬車の旅で暇を持て余さないようにと、特注で頼んだお酒入れ。武器屋のベンスの紹介で、銅職人に作ってもらったモノだ。


 普通のスキットルは200mℓぐらいだが、レバルド用は超特大で、10ℓは入るバケモノを用意してもらった。リジェネレーション・シールドが無くなっちまったら、これが次の武器になるかもな...。


 レバルドに渡したら、「主様の愛が感じれるのじゃ!一生ついて行きますぞ!」と男泣きをされた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな旅も、ベリーベリー村から馬車でもう9日目となる。ひたすら東にあるダージリン村に向かって、馬車は進めている。


 ドーン!バシーン‼


 ベリーベリー村からダランバーグ大聖堂まで、乗合馬車を利用すると約25~30日かかる。まあ約1ヶ月の旅。その間のダージリン村までは馬車で10日ほど。


 ダージリン村からは、北東に向かう感じで馬車を進めていくと、やっとこ今回の目的に到着できる。長がいな...。


 本来なら、ぎゅうぎゅう詰めの乗合馬車で、お尻を痛めながらの長旅と覚悟を決めていたのだが...。


 ドゴーン!ズドーン!


「クワー!!ゴケ―!!」


「グォーガァー!!」


 バチーン!!バラバラ!


 何なんだ?また聞こえたぞ?さっきよりもさらに大きな音が辺りにこだましている。案外...近いな。でかいモンスター同士がぶつかりあっているのか?それも、複数の種類の魔物がいるようだな...。厄介なことにならなければいいのだが...。


 数日前までの、のどかな状況は何処へやらだ...。


『デニットさん!私の感知できる範囲内では、多くの魔物同士がぶつかり合っています!どうも状況がおかしいです!気を付けて下さい!』と、鋭い声でマゼールが俺たちに注意を促した。


 他のメンバー達もマゼールの声が聞こえた様で、「分かりました」や「心得ておりますのじゃ」などの返事が飛び交う。


 どこでやっているかは知らねえが、せっかく村人たちから貰った馬車には危害を加えてないでくれよ。村人たちからの好意だ。できるだけ大切に使いたいからな...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺たちは出発前に、どでかい幌馬車と馬2頭を貰っちまった。


 夜逃げ同然に村を出て行った貴族が使っていた高級馬車。乗り合い馬車とは違い、座席部分が対面式で、1席に3人はゆったりと座れる仕様。


 レバルドとバリーが並んでも、何とか座れるのだからかなり広い。そして2人が座っても座席が壊れないから、かなり丈夫。座席の後ろには荷物置き場もあり、【異世界車庫】の半分の量の荷物が入りそうだ。


 村人が逃げた貴族の倉庫で、この幌馬車を見つけて、俺たちに譲ってくれた。さらに馬車屋の親父が手直しを入れてくれ、貴族の紋章も外し、座席のクッションやサスペンションの性能も高めてくれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 バガーン、バラバラバラ、ズゴゴゴゴ!!


「グギャーゴ―!!ギャーシャー!!」


 やべえな、かなり近いぞ。ランドとメリーが怯えている、急に動きを止めた。パニックにならないといいのだが。


「だいじょぶだべ!ランド、メリー!おらがついてるだ!」


 御者は交代制だが、バリーが率先して行ってくれる。2頭の馬たちもバリーの言う事を一番良く聞く。さすがランクCの【魔物の顔見知り】だけある。


 バリーは2頭の名前を、ランドとメリーと名付けた。ちなみにランドが雄でメリーが雌だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺たちの周りに魔物の気配がプンプンする中、地図を広げたズリーが「もうすぐダージリン村につながる、セカンドブリッジが見えるはずですよ!」と、元気よく俺たちに伝えてきた。


 橋の距離は50mほど。対岸に渡ったら少しは落ち着いてくれればいいのだが...。


 セカンドブリッジを渡って北東に1日ほど馬車で進むと、ダージリン村が見えてくるというのだが...。


 20分ほど馬車を走らせていると、川岸に数台の馬車が立ち往生をしているのが目に飛び込んできた。


「何があったんだ?」と、俺が隣のズリーに呟くと、「見てきます!」と、ズリーは馬車から飛び出して行った。


 さっきから戦い合っている魔物が影響しているとしか考えられない。最悪な事態でないといいのだが...。そんなことを考えながら、俺もウィスキーを喉に流し込むと、慌てた表情をしたズリーが戻って来た。


「た、大変です、旦那様!セカンドブリッジが魔物に壊されてしまったようで、対岸に行けなくなってしまったようです!」と、息を切らせて報告してきた。


 どうやら...最悪な事態になっちまった様だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 参ったな。ここにいる者達はどうするんだろうな?回り道でも、アテがあるんだろうか?


「川に沿って馬車で3日ほど下っていくと、ティーブリッジという対岸に行ける橋が別にあるそうです。その橋を渡り、3日ほど川沿いを登れば、セカンドブリッジを渡った場所に戻れるそうです」


 随分と遠回りだな。セカンドブリッジを渡ればダージリン村まで後1日で着くところを、ティーブリッジまで回ってダージリン村に行こうとすると、プラス6日もかかるというわけか。すごい時間のロス...。


 だから先住人たちはセカンドブリッジを作ったんだろうな。


 大変だったと思うけど。


 まあでも...。ダランバーグ大聖堂に行くためには川を渡らなきゃいけないからな。しょうがない、ティーブリッジまで行くか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「しょうがないから、ティーブリッジからダージリン村に行くとする...」と言いかけたところでズリーが、「旦那様、そちらの道にも問題がある様で...」


 そう言った後ズリーはいったん話を切り、表情を曇らせた。


「数年前からこの辺り一帯に、沢山の魔物が現れるようになったようです。原因は不明らしいのです。特にセカンドブリッジとティーブリッジの間の川沿いは、魔物が出現しやすくてとても危険らしいのです」


 やはりな。何も無ければ時間に小忙コゼワしい商人たちが、こんな所で立ち往生をしている訳がないからな。


「ここで足止めをくらっている者たちも、どうしたらいいのか途方に暮れているようで、どこかの貴族の集団が通るのを待ってティーブリッジを渡り、ダージリン村まで向かいたいようで...。私にも「何人できたんだ?」と、しつこく聞いてきました」


 幌馬車内に大量の荷物を積んだ商人らしき男たちが沢山いる。彼らは貴族の集団に混ざりこみ、魔物に襲われた時の被害を最小限に済ませようと考えているようだ。


 しかし、こういう連中は肝心な時は何もせず、我先にと逃げる者たちばかりだ。関わり合わない方がいい。


 ズリーも俺の意図を汲んだようで、「あまり私たちの後に着いて来られても迷惑だと思ったので、「3人で来ました」と告げると、興味を失ったように話を切り上げられました」と、俺に伝えてきた。


 魔物が襲ってきた時に、戦わない奴らと一緒にいても意味がない。何の役にも立たないからな。


「ズリーよくやった。それでいい」


 俺たちはこっそりと川沿いを下ろう。最悪、俺たちだけなら【1K】に避難することもできる。


 ただ...【1K】内に馬が2頭、入るかどうかは分からないがな。


 まあ、とりあえず行ってみるか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「バリー、何かあったら困るから、俺も御者台にお邪魔するぞ」と、2頭の手綱を手際よくさばいているバリーに声をかけた。


「まがぜてくれだな主人!ランド、メリーたのんだんだな!」と、2頭に向かい気合のこもった声をかけると、ランドとメリーも「ヒヒ~ン!!」と返事をした。


『デニットさん!この辺りに魔物が沢山現れる理由が分かりました!この辺りに新しダンジョンが誕生したからです!その影響で、周辺に魔物が惹きつけられてきたのかもしれません』


 新しいダンジョンか...。確かに毎年どこかで発生しているとは聞いたことがあるな。


『でもデニットさん!悪いことばかりじゃないんですよ!新しく人に知られていないダンジョンは、で人間に来て欲しい様です。その為、人を呼び込むために、魅力的なスキル本や武器、防具などのお宝が手に入りやすいのです!』


 様々な意味という言葉が気になるな...。確か探索者がダンジョン内で亡くなると、栄養分としてダンジョンに吸収されるんだったよな...。


『チラッと覗いてきたところ、【征矢召喚】や【薬草学】、更には【鉱物学】も大量にありましたよ!ここのダンジョンに寄らない手は無いですよ。デニットさん!』


 凄く気合が入っている。まあ、俺たちの目的の1つは、貴重なスキルを集める事でもあるからな。 


 マゼールの言うように、このダンジョンに寄らない手は無いな...。よし、寄るとするか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「決まりだな。ではこのダンジョンに立ち寄ってみるか。皆な、少し遠回りになるが、ここによって行こうと思う」と、皆なの顔色を窺いながら今後の予定を伝えた。


 何となく申し訳ない様な気がする。今日あたりはダージリン村の高級ホテルで、疲れを癒す予定でいたのに。


 しかし、急にダンジョンに行くなんて告げられたら、イラっとしているかもしれない。   


 するとゼファーは「いいに決まっているじゃないですか、神父様!私たちは神父様の奴隷ですよ?聞く必要なんてありません!」と言ってきた。  


 更にズリーも「そ、そうですよ。旦那様が進む道が私たちの進む道です!」と、真剣な表情で俺に伝えてくれた。


 ピーちゃんも俺の胸元で目を細め、「ミャ~ン♡」と可愛らしい鳴き声をあげた。


 レバルドやバリーも大きく頷いた。


 皆な...ありがとう。じゃあ行こう。川沿いのダンジョンに!


「よし行くぞ!」


 そう気合を込め、川沿いのダンジョンに向かって馬車を走らせた。

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