第25話 アイルとコワ

「ねえ、まず落ち着こうよ。あたしもショックで取り乱しちゃったけど...。貴方はなんていうお名前なの?それに何で宝箱の中から出てきたの?」


 あたしの頭の中で、盛大に泣いているナダめた。


『す、すみません。私って、いつも考えずに行動してお姉ちゃんに叱られて....お姉ちゃーん!エ―ン!」


 だ、だめだ、この娘。話にならないかも。でも、このぐらいハチャメチャな娘の方が、ショックに陥っている心が紛れるかな...。


 今思おうと、この娘をないがしろにしたらお婆さんに叱られると思う。自分の為じゃないくあたしの他人のために生きてくれた人だから...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あたしが落ち着くと、頭の中にいる娘も泣き止んだ。ふふっ。なんか不思議な気分だわ。繋がっているみたい。でもあたしの頭の中にいるんだもの。繋がっていて当然なのかな?


 そんな風に、あたしも少しリラックスをすると、頭の中の娘が『あ、あのう...本当にごめんなさい。わ、私...自分の名前を思い出せないのです。変ですよね。お姉ちゃんの名前や外見、それにお姉ちゃんの能力は何故だか知っているのに。元人族で綺麗で...』


 人族...。全身の筋肉が少し強張った。


 人族という言葉を聞いて、身体が勝手に反応してしまった。あたしの両親を殺した人族が憎い。気持ちでは分かっている。それが戦争だし、人族の中にもいいモノもいるってことぐらい。でも...。そう簡単に割り切れるモノではない...。


 でも、今話ているこの娘はスキル本である、おそらく元人族と思われるこの娘と仲良くできれば、少しは人族に対して...違った感情が芽生えるかもしれない。そうだわ。そう考えることにしよう。


『あ、あのう...アイルさん...よろしいでしょうか...?』


「ご、ごめんね。何だった?」


 この娘の名前が分からないから話しづらい。後でこの娘の仮の名前を、相談して決めないとね。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『何でそのー【リカバー】一枠だけなのですか?もしかしたら【リカバー】のランクアップがしたいのですか?理由を教えて下されば、手伝うことが出来ると思いますが...」と、脳内の娘があたしに話しかけて来た。


 ど、どういう事なの?そういえばこの娘、金ピカのスキル本だった。もしかしたら凄いスキル本なのかしら?でも...話している感じじゃ、そんな風にはちーとも思えないけど...。


『ア、アイルさん!今、失礼なこと思っていませんか?ダメスキルとか!泣き虫とか、見かけ倒しとか、肝心な時に使えないとか!』


 凄く疑心暗鬼になっている。性格的に問題がある娘なのかもしれないわ。気を付けないと。まあ...悪い娘じゃなさそうだけど。シスコンで面倒くさそうなタイプかしら...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『わ、私、す、すごい能力があるんですよ!私、こう見えても、EXスキルなんですから!』


 EXスキル!って何?始めて聞いた。何、そのスキル⁉回復系のスキルじゃなかったら、あまり興味がないんだけど。


 あたしが興味無さそうな素振りをしていると、また脳内で、大きな声で話しかけてきた。凄くグイグイ来るなーこの娘。今までよっぽど寂しかったのかなぁ⁉


〚Exスキルとは、ランクAの上の、更に上のスキルのことですよ!凄いんですから!』


 悪いけど、そんなに凄そうに見えない。そもそもあなたのことを、あたしは見えていないし。


『私は現在、【危険!】というEXスキルです。ランクを上げたいスキル本を、私が指定する冊数分、集めて下さい!そのスキル本のランクを壊しちゃいます。壊したスキル本を1つにまとめて、次のランクに変えることが出来るんですよ~!凄いでしょ~!』


 自信ありげな声色で、あたしに語りかけてくる。


 確かに凄い。じゃああたしが追い求めていた、【リカバー】のランクも上げることが可能なの?それならすごく優秀な娘じゃない?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ねえ...もしかして【壊すな危険!】の対象に、【リカバー】も当てはまるの?」と、あたしは恐る恐る自分の脳内に語りかけてみた。


 なんだか不思議な気分だが...。


『もちろんです!スキル本を決められた冊数分、集めて来て頂ければ問題無いですよ。特に【リカバー】でしたら宝箱から出やすいですし、ランクCにするのなら、20日もかからないと思いますよ?』


「20日ですって!」


 つい叫んでしまった...。そんな、20日でランクアップが出来ちゃうの?今までの130年間は何なのよ...。嬉しいやらムカつくやら。でも...嬉しいかな...。これでお婆さんの脚の怪我も治すことが出来る...のかな?


 それに、憧れの武器スキルも装備できるじゃない!


 あたしが喜んでいるのを察したのだろう、更に【壊すな危険!】が、あたしに喋りかけて来た。


『私の力はそれ以外にもあるんですよ!私を所得してくれたおかげで、持てるスキルの数が何と、私以外に20個も可能ですよ!それに、ダンジョン内の宝箱に何が入っているか分かりますから、欲しいスキル本がある位置まで導いて差し上げますよ!ただ...』


【壊すな危険!】というスキルの娘は、嬉しそうに言ってきた。と思ったら、最期は少し落ち込んだ声色に変わった。


 何なの?忙しい娘ね。今度は何なの?いいこと尽くめじゃない!落ち込む必要なんてないのに?


『お姉ちゃんの方が凄いのです...。お姉ちゃんは【混ぜるな危険!】というスキルに変わりました。所持可能スキル数は私の方が多いのですが、お姉ちゃんはスキル同士を混ぜ合わせることが出来ます。私はDランクのスキル本を短時間でSにまで持って行くことしかできないのです...』


 あたしの脳内で、寂しそうに語りかけてきた。


 いやいや、十分だろう。お姉ちゃんは確かに凄いが、この娘はDランクのスキル一種類を、沢山集めれば集めた分だけ、ランクを上げることが出来ちゃうってことでしょ?ランクDのスキル本なら集めやすいし。すごく有り難いわ。


「ちょっと「壊すな危険!」さん、そんなに落ち込まないでよ...。貴方だって十分凄いじゃない!私はあなたの能力で十分満足よ!じゃあ【リカバー】のスキル本を沢山集めれば、お婆さんの脚を治せるCランク、いや確実に治せるBランクにもアップが可能ってことなのね!」


 私が嬉しそうな声で脳内の「壊すな危険!」に語りかけると、『わ、私の能力でいいのですか?お姉ちゃんじゃなくて...。そ、そうです!【リカバー】のスキル本を、一緒に沢山集めれば、ランクBなんてあっという間ですよ!』と、元気よくあたしに伝えてきた。


 よ~し、頑張るわ!それに【ソード】や【ムチ】スキルも集めてみようかしら?


 やだ、すごい子じゃない!「壊すな危険!」ちゃん!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 でも...なんだか呼びづらいわね。壊すな危険...こわすなきけん...。こわ、コワ。


「そう、あなたはよ!あなたさえ良ければ、本当の名前を思い出すまで、「コワ」と呼ばせてくれない?」


『わ、私の名前ですか...!コワ!素敵です!嬉しいです!うえ~ん。やっとこ、私も一人きりじゃなくなりました!嬉しいです~!』


 脳内で、いつまでも大泣きするコワをなだめながらも、【リカバー】と、前々から興味を抱いていた、もう一つのスキル本を集めたいと思うアイルであった。


「さあ、コワ!元気を出して、さっそくスキルを集めるわよ。私は【ムチ】を武器として扱いたかったのよ!【ムチ】と【リカバー】スキルの場所を、優先的に教えて!」と、コワに告げた。


『わ、分かりました、アイルさん!その、よろしくお願いします。では早速、ダンジョン2階の右側の宝箱に、【ムチ】スキルが現れましたよ!』


「了解よ!」


 さあ、新たな冒険の始まりよ!お婆さん、待っててね。すぐにコワとスキルをランクアップさせて、治してあげるからね!


 そう心の中で力強く誓う...アイルであった。

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