第24話 動き出した歯車

 ダンジョンに入る前に、スキル本を回収する階層についての、役割分担を行った。より効率よく、出現したスキル本を取りこぼさないようにするためだ。


 機動力に難があるバリーと戦闘力が劣るズリーは、1~3階を担当。機動力と、スキル本集めの経験が豊富な俺は1~3階の補佐と、4~7階を担当。フロア面積が広い8~9階は、ゼファーとレバルドに任せた。


 俺は一人で1~9階を駆けずり回っていたから、1~3階の補佐をしつつ、4~7階のスキル本集めはそんなに苦ではない。むしろ余裕。


 ただ、他の冒険者もいる以上、宝箱の横取りと思われないように注意をする必要があるのだが...。そこはマゼールが上手く、ルートやタイミングを調整してくれる様だ。


 マゼール様様だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 3時間ほどが経過したぐらいだろう。一度お昼休憩を取ることにした。もちろん休憩場所はズリーのスキル、【1K】内でとる。せっかく素敵なスキルがあるのに、使わない手は無い。


 ズリーとバリーを迎えに行くと、「旦那様!」と笑顔でズリーが駆け寄って来た。


「旦那様!スキルが大量です!旦那様がおっしゃったように、あの独特なチャーハンを食べたバリーから、レアなスキル本が大量に出現しております!」と、嬉しそうな表情をして俺に伝えてきた。


 フロア2階で話していると、バリーとスーちゃんコンビもやって来た。バリーの襟首からスーちゃんが、「ミャ~」と俺たちに挨拶をして来た。


 俺とバリーの襟口内側付近に、ズリーがスーちゃんとピーちゃんが入れるポケットを、手際よく作ってくれた。


 すげえな【生活支援士】。家事動作全般が出来るようだ。今のスキル名は【1K】だけどもな。


 スーちゃんの声に反応して、俺の胸元内のポケットで、すやすやと寝ていたピーちゃんも動き出した。あんなに走り回ったのによく寝ていられるもんだ。


 別々の親元を選んでもそこは姉妹。姉妹かどうかはよく分からないが...。仲良く地面で遊んでいる。仲がいい。


「バリー、大活躍だったようだな!」と俺が笑顔で声をかけると、「そ、そんな、ことねえだ。でも、はらへっただ!」


 そう元気な返事が返って来た。


 沢山食べればいい。黒パンも、白パンも沢山ある。よかったらチャーハンも食べてね。


 さあ、レバルドたちも迎えに行こう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなデニット一行がスキル本集めに励んでいる頃、遠く離れた魔族領では、待ちに待った瞬間が訪れようとしていた。


 ビリーバリー国から海を挟んだ大陸には、魔族たちが住むジャデスト地方がある。そのジャデスト地方内の魔王の住む都市ラクレンから、数千キロ離れた場所にあるバルドーロ村。


 バルドーロ村近郊にある、ダンジョン上層を一人で潜っているアイルが、まさか数時間後に運命的な瞬間をもたらすことなど、デニットやマゼール、ましてやアイル本人ですら知らなかった。


 そんなお話...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あたしは、魔族の中でも人族に近い外見をもつデーモン族のアイル。性別は女性。50~60cmほどの尻尾を持ち、人族より肌が黒い。人族との違いはそれぐらい。


 年は142歳。まあ人族でいう27,28歳位か。今がピチピチの食べ頃...。


 ちょっと過ぎて来たかも...。


 人族やエルフ達との違いといえば、見た目と、基本的な身体能力と寿命、それと自分より強い者には基本、従順な性格と向上心も人間より高い所ぐらいかな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あたしたち魔族が住むジャデスト地方にも、当然だが都市もあれば村もある。そしてもちろんダンジョンも。


 そして、スキル本もランクと言う概念も。所持できるスキル数も他の種族と同様、3つまで。


 ただ、ランクアップの方法を人族は知らないようだが、まあ知ったところで人間らは叶えられない。だから無闇に詮索をしないのだろう。ランクアップの方法は...ある。


 ただし、条件が無茶苦茶厳しい。


 スキルのランクを上げたいのなら、その3つのスキル枠の一つだけに、150年間入れ続けることで、DランクからCランクに上げることが可能だ。


 要するに、3枠のうち2枠は何も入れてはいけない。とても厳しい。150年間という長きにわたり、ハンデが強いられる。


 さらにもう1つ条件があって、そのスキルに関連する自主訓練を、1日の内に3時間行わないといけない。


 誰がやるのよっていうレベル。また変なことを考えたモノもいるもんよ...と呆れてしまう。


 ちなみに、ランクCからBにあげるには、500年もかかるらしい。もちろん自主訓練も一日に10時間必要らしい。バカじゃないの?


 魔族の中でも500年以上生きながらえるモノと言えば、ダークハイエルフかハイデーモンぐらいかしら。


 まあ、3枠あるうちの1枠しか使わない変わりモノは少ない。それに自主訓練を1日の内に3時間は辛い。1ヶ月ぐらいなら何とか出来るが、150年...不可能に近い。大半の者が夢半ばであきらめていく。


 大見栄を切って一緒にやり始めたサリバルは、1日で辞めてしまった。いくらなんでも短すぎるだろう...。


 あたしは130年間、1つの枠だけに【リカバー】をずーと入れ続けた。残りの2枠は、空いたままだ。


 独りぼっちだった私を育ててくれた、道具屋のドレン婆さんの足の怪我を治してあげたい。


 人族との戦争で両親を失った私を引き取ってくれたドレン婆さん。私を引き取ってからは、いいことなんて無かっただろう...。彼氏も知らない子供を引き取ってきてしまって、怒って出て行ってしまったし、脚も大けがを負ってしまった。


「あんたのせいじゃないよ。あんな男と一緒になっていたら身の破滅だったよ。あんたが来てくれたおかげで、あいつの本性が分かってよかったよ」と、優しく頭をなでてくれる。


 そんな優しいお婆さんの脚をあたしは絶対に治してあげたい。あと20年だ。絶対にあきらめない...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 戦闘はからっきし。戦闘スキルはないが、小金を稼ぐために、ダンジョンに潜っている。


「ふ~、今日はいい感じだわ。お婆さんも喜ぶよ」


 小金を稼ぐために、今日もダンジョンの上層階に来ている。


 今日、あたしが見つけた【ナイフ】、【リカバー】、そして【闇】のランクDの3つのスキル本は、ダンジョンの上層部にある宝箱から、頻繁に見つかる物だ。


 だから、はっきり言って高値で売れるもんではない。安いが5冊売れば、美味しいご飯のおかずがたんまりと買える。自然と笑顔になってしまう。今日は上々だ。


 そんな上々な時は、何をやってもついている。あたしにも、やっとこ運が向いてきたみたいだ。何と...隠し扉を見つけてしまった。


 もう、目をつぶってでも歩き回れる2階フロアの通路で、偶然に外れたボタンを拾おうと屈んだ時に、たまたま触ったところに隠しボタンがあった様だ。


 周りを見渡すと、あたし以外の冒険者はいない。その隠し扉の内部は、通常の通路の半分以下の狭さで、大人2人が並んだらやっと通れるほどだ。こんな場所で魔物に出くわしたら、自由に剣が振れない。


 ダンジョン特有のぼんやりとした明かりの灯る通路を、慎重に周囲の状況に目を配りながら進んだ。


 直線的な道を進んで行くと、部屋の真ん中にぽつんと置かれている、神々しく光る宝箱を見つけた。その神々しい宝箱の周囲には、敵やトラップなどの気配がない?


 まるであたしに見つけて欲しがっているようだ。どういうことなの?


 罠などないと思うが...でもこんなに神々しい宝箱がぽつんと置いてあるなんて...怪しすぎると思いながら、近づいてみた。


 一攫千金のチャンスよ。


 欲を言えば、ランクA~Cの【リカバー】のスキル本が欲しい。それか人国でもよく発見されるという、回復系のスキル本でもいい。とにかく、おばあさんの脚の怪我を治してくれるスキル本が欲しい!


 お願い!


 悪魔様、魔王様、閻魔様!!


 さあオープンよ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 宝箱を開けると、そこには一冊のスキル本が入っていた。


 すごい、黄金に輝いている!やった当たった!これでお婆さんの傷が治るかも!いいえ治るわ!う~ん最高の気分よ!


 さあ何かな?スキル本のタイトルは?【リカバー】ランクS?いやいや【体術】ランクSかな?期待しか沸いてこない。あたしは期待に胸を膨らませて、宝箱からスキル本を取り出した!


 もしも、回復以外でも高額なスキル本が手に入れば、それを元手にお婆さんの脚の怪我を治してもらえるだろう。私はお婆さんの脚の怪我さえ治してもらえればそれでいい。


 そんなことを考えながら、キラキラ輝くスキル本の表表紙オモテビョウシを確認しようとした瞬間、勝手にページが開き、その内容があたしの頭の中に入って来た。


 え、っちょ、ちょっと待って!まだタイトルも確認していないし。私は【リカバー】のランクを上げていたのに...。勝手に頭の中に入ってこないで...。


 私の抵抗空しく、黄金に輝くスキル本の内容が勝手に頭の中に入って来た。な、何なのよ、内容も分からないし、私はおばあさんの脚を治すために【リカバー】のスキル本、1枠しか入れられないのよ!


 もがいても無駄だった。内容を私の頭の中に入れ終わったスキル本は、さらさらと塵のように細かくなり、消えてしまった。


 130年間がパーになってしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あ、あまりの出来事に悔しくて涙が出てきた。


 後、20年でお婆さんの傷が治るかもしれなかったのに...。


 そう思ったら、余計涙があふれてきた止まらない...。


 一人呆然と泣いていると、脳内で「ご、ご、ごめんなさい。本当に知らなかったんです!寂しかったんです!」という女性の声が聞こえた。


 な、何なの?余りのショックで頭が壊れてしまったのかしら?


『そ、そんな事情があったなんて。私知らなくて。私寂しくて寂しくて、生贄になってから、ずーとずーと一人でいたから。お姉ちゃんとも「天国で会おうね」って約束したのに...お姉ちゃーん!ど、どこにいるの?私の記憶が戻ってからでも、もう500年は経ったよ。ずーと一人で。うわーん!』


 脳内で、知らない女の子の声が聞こえると思ったら、私より盛大に泣き始めた...。


 ちょ、ちょっとあたしより泣かないでよ!何だか調子が狂うじゃない!何なの。頭の中で話しかけて来るし。


 実体も無いし...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ちょっと、ご、ごめんね。もう怒らないから。怒っているけど怒らないわ」


『や、やっぱり怒っている!うわ~ん!』


 そりゃあ、怒るに決まっているでしょう!


「もういいわ。泣いていても、お化けでも泣かしたら可哀そうだし...。ごめんね。何だか大変そうね。500年とか、生贄とか...」


『ぐすっ。あ、ありがとうございます。「でも天国で会おう」と言って生贄になったはずなのに、魔族領にいるし、宝箱の中に閉じ込められるし。リーナお姉ちゃん!どこにいるの!』


 リ、リーナお姉ちゃんですって!


 だ、誰なの、その人は...?

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