第20話 ハバッカ婆さんとズリーの回復

 ベリーベリー村のメイン通りを北に向かって進んでいる。お目当ての奴隷商会に行くためだ。ちなみにベリーベリー村には奴隷商会が3店舗ある。このようにダンジョンが近隣にある場所には、奴隷商会が1店舗とは限らない。


 需要があり、また危険を伴うダンジョンは供給もある。怪我をしてその治療費が払えなくなり、新たな奴隷が生まれる。奴隷を買って冒険をしていた者が、明日は奴隷になる危険性を秘めている。せちがらい場所。それがダンジョンである。


 今向かっているのは、なぜだか昔から付き合いのある奴隷商会。その商会の3代目でもある婆さんに気に入られており、よく夕飯にも呼ばれている顔馴染みの店だ。奴隷商会と仲がいいとは、あまり縁起がよろしく無いのだが...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな、お目当ての奴隷商会に向かって歩いている俺たちに「おい、ちょっと待てや!」と、血に染まった前掛けを身に付けた、大柄な男に肩を掴まれた。


 何だなんだ⁉まだ「黒龍」の残党でもいるのか?面倒くせえなあ...。そう思いながら後ろを振り返ると、巨大な肉の塊を抱えた肉屋のケントが立っていた。


「歩くのが速えよ!ったく、ほらよ」そう言って巨大なオーク肉の塊を、俺に投げつけた。


「おわっ!おも!」


 もらった肉をキャッチしてよろけてしまった。こんな20㌔はありそうな肉の塊を軽々と放るなんて...。一緒に冒険をしていた頃と変わらねえパワーだな...ケント。


「何だよこれ、いいんか貰っちまって?目を輝かせて肉を見つめている者がいるから、返せねえぞ」


 そう言ってケントとバリーの両方に視線を向ける。バリーこらこら、よだれ、よだれ。


「フン、あげたもんを返せなんて言わねえよ。それよりも、ありがとよ。村の連中全員がお前に感謝している。お前が「黒龍」をやっつけてくれたって街中の噂だ。最初は信じられなかったが、さっきのマーズとの一戦を見て確信した。お前がジャッカルを倒してくれたんだと」


 すると、後ろからも「待っておくれよーデニット!速いんだよ!速い男は嫌われるよ!」と、ドロエ婆さんが大きな魚を抱えて走って来た。


 おいおい、慌てて走ると骨を折るぞ...。


「聞いたよ、あんたがジャッカル達をやっつけてくれたんだって!すごい男だよ!酒飲みで娼館通いのダメダメ男だと思っていたけど、こんなにいい男だったとはね!」


 褒めているようで、完全にディスっている。絶対にそうだよな。絶対に...。マゼールは俺の過去を知っているからいいが、ゼファーやズリーの前で言いやがって、恥ずかしい...。


「はぁー。何だよ婆さん。ディスりに来たのかよ。そんな大きな魚で俺を殴りつけんなよ?」


 ため息交じりでドロエ婆さんに尋ねると、「村の英雄様にそんな事、するわけないだろ!ほら持っていっておくれよ!今日揚がった中で、一番いい魚だよ!」と言って、大きな魚を俺に渡して来た。


 いや、ケントやドロエ婆さんだけではない。惣菜屋や果物屋、それに串焼き屋のコロンダも、大量の串焼きを持って来てくれた。


「おいおい?いいのかよ。こんなに貰っちまって⁉」


 俺たちの目の前に、山の様な食材が積まれていく。


 また、洋服屋のロラッタさんは「なに言ってんだい英雄様が!後でうちの店にもおいでよ。タダ同然で洋服を作ってあげるよ!」と言ってくれた。


 同じことを靴屋のヒースや、防具屋のマックスも言ってきた。


 皆な、何だか申し訳ないな。でも皆なからの気持ちだし、ありがたく貰っておくことにした。


「皆な、ありがとう...。ありがたく仲間と食べるよ。後でラロッタさんやヒースたちの所にもお邪魔するよ。その時は頼んだぜ。じゃあ有難くもらうよ。【異世界車庫】!」


「うお、あんなにあった食いモノが、消えた!」


「すげえ!」


「おいおい、すげえな!ジャッカルが見せつけていた【収納】以上に、モノが入ったじゃないか?流石は英雄様だ!」


 そう周りから拍手と喝采を浴びた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな賑わい真っ只中に、道具屋の娘であるリッカちゃんが袋を持って俺のところにやって来た。「はい、英雄さん!パパから英雄さんにって!」そう言って、紙袋を俺に渡して来た。


 なんだバンズの奴?すぐそこにいるのに、娘に袋を持たして⁉パンズの顔を見ると、ニヤニヤと笑いながら俺の方を見て、「あ・け・ろ。た・の・し・め」そう言っている。


 何だあいつ?そう思って袋の中を見ると「毎日ビンビン物語」が大量に詰め込まれていた。


 あのヤロー...。ニヤニヤ笑ってやがる。


 ...。有難うございます。


 ウキウキしながら、紙袋の中身を夢中で確認した。


 すると、『そのモノをどうするおつもりですか、デニットさん?』と、マゼールが脳内で俺だけに語りかけてきた。


 ギクッ!「ど、どういたしましょう?マゼールさ、さん。も、もちろん、返します...」と蚊の鳴くような、声でマゼールに返事をした。


 くそー。袋の奥には伝説の、「吉田松〇物語」まで入っていたのに!


『まって下さい!か、返せとは言っていません。そ、そのす、すぐにつ、使わないようにと言いたかっただけです...』


 マ、マゼール。可愛いな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 話を戻すと、奴隷商会にも個性があり、ベリーベリー村の東には良質な奴隷を扱う高級チェーン店「バルーサ奴隷商会」が、西には大量仕入れと業界最多の店舗数を誇り、安さを売りにする「 ホラズ奴隷商会」がある。両方とも綺麗な建物だ。外見はな...。


 そして、昔からベリーベリー村の北に位置する老舗の奴隷商会がある。現在は、3代目ハバッカが切り盛り中の「マルタイ奴隷商会」の合わせて、3店舗がベリーベリー村には存在する。


 まあ、行くところは決まっている。ハバッカ婆さんのところだ。よく生きているよな、あの婆さん、80は超えてないか?


 俺の顔を見ると「身売りならウチでするんだよ!エレンとキャラットの2人を呼んで競売をするから」と、会うたびに言う。しかも真顔で。


 腹が立つけど、いやに現実味があった。


 まあでも...根はやさしい。奴隷をモノとして扱わない。気に入らない客には絶対に売らない。そして...従業員は全員奴隷。


 しかも不慮の事故で欠損したり、ズリーの様に大やけどなどをして、見た目で売り残っちまった者などを、従業員として雇い、きちんと給料も支払う。この奴隷商会からまた、身分が村人に戻った者も数多く存在する。


 口は悪いが、優しい婆さんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「じゃまするよ、婆さん。生きてるかい?」と言いながら、店のドアを開けた。


 なぜだか馬が合い、ちょくちょく遊びに来る。だからここの受付嬢で左側に麻痺の残るマリスや、皮膚が焼きただれた用心棒のゼットン、いわれなき罪で、右手をハンマーで殴られ細かい作業が出来ない、元名シェフのカノットとも仲がいい。


 全員、この村の貴族や役人、そしてジャッカル達に当たり前の意見を言って、後遺症が残るほどの傷を負った者たちだ...。本当にアイツらときたら...酷いことをしやがる。


「何だい?ついに決心ついたかい⁉エレンに嫁ぐ覚悟が出来たのかい?」


 グイっと俺に顔を近づけてきた。期待してやがる。そんなことをしにわざわざ来ねえよ。


「違う、違う。今日はここに連れてきた者たちと、正式な奴隷契約を結ぼうと思ってな」と言いながら、目の前のソファーに座った。


 ただ、俺の後ろでは全員が立っている。そうか、こういう場合、奴隷は皆な立って待っているんだったな。


「婆さん、皆なも座らせていいか?」と聞くと「当たり前だよ。せっかく人数分入れた紅茶が冷めてしまうだろう?それにお菓子もあるよ。皆なでおあがり」と、婆さんはぶっきらぼうながら、優しい言葉をくれた。


 ただ...お菓子何て俺だけで来た時でも、くれたことなどなかった。珍しいな。


 甘い菓子何て、超高級品だ。レバルドですら、少し驚いた表情を見せた。


 俺がお菓子をつまんで眺めていると、婆さんが「どっこいせ」と言いながら、真向かいのソファーに座った。


 お菓子に目を奪われている女性陣とバリー。俺は1つお菓子を食べた後、俺の分の残りをバリーにあげた。


「いいだが、いいのか、主人!」とバリーは、凄く必死に聞いて来る。


「他の者達も婆さんの好意だ。頂こう。でも珍しいな。飯は散々奢ってもらったが、お菓子何て...どういう風の吹き回しなんだ⁉」


 そんな俺の表情が婆さんに伝わったのか、「そのお菓子はお礼だよ。ジャッカル達「黒龍」には手を焼いていたからね。あまりにギルドが動かないもんだから、戦力を集めて壊滅しちまおうと、エレンと極秘で動いていたんだよ」と、衝撃的なことをさらりと言ってきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おいおい婆さん...。無茶しすぎだぜ」


 俺は頂いたお茶をもうひと口飲んだ後、婆さんを見つめた。婆さんの目は笑っていない。どうやら本気だったようだ。


「それをまさか、あんたがやってくれるとはね...」と、しみじみと俺の顔を眺めて言ってきた。


 婆さん...。この婆さんの手の者は多方面に及ぶ。色んな所に手の者がいる。そしてその者たちは、婆さんの為なら命を惜しまない。なんせ婆さんに死ぬ寸前のところを拾われた者たちだからな。


 きっと俺たちの情報も、その者たちから入って来たのだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「そこにいるのは、レバルドだろ?私も競売で争ったんだよ。最後の最後で公爵家がズルをして私が負けたんだ。あのオークション業者を今度ぶっ潰すよ。まあ、そんなことは関係ないね」


 何気に恐ろしさことを言う。まあこれも本気だろうな。よっぽど腹が立ったのだろう。オークション業者が公爵家の言いなりとなり、不正を働くなんてざらだからな。


 だが、今回は怒らしちゃいけない人物を怒らしちまったようだがな...。


「それにしてもあんた、またすごい奴隷を手に入れたね。多分そっちはレバルドの右腕の...まあいいか、そんなことはどうでもいいね。2人とも瀕死の重傷だったらしいが...あんたもすごい力を手に入れたもんだよ」


 そう俺をまじまじと見た。しわくちゃだらけだが...美しい瞳をもっている。


 は美しい。まあ、よく婆さんにかける言葉だが。


 しかし、すげえ情報網だな。


 レバルドとゼファーの傷を治したこともバレているし、はぐれを倒したことも...知っているだろう。


 ただそれ以上は言ってこない。まあ情報を得て、それをネタに強請ユスってくることはしないから、放っておこう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 コポコポコポ...。


 空になったカップに、給仕係のモッカがお茶を注いでくれた。モッカも奴隷で左手を失っている。


 モッカにお礼を言った後、「婆さんそれでな...」と、俺は本来の要件を、婆さんに頼もうとした。菓子を食いに来たわけじゃないからな。4人と正式な奴隷契約を交わさないとな。


「分かっているよ。正式な奴隷契約と、あんたのことだ。首輪も変えてやるんだろう?サービスだよ。そこの皆な、好きなレザータイプの首輪を選び。マリス、案内しておあげ」


 そう、ハバッカ婆さんは受付嬢のマリスに声をかけた。


「かしこまりました。ハバッカ様。皆様どうぞこちらへ。レザータイプの首輪があるコーナーへ、ご案内いたします」


 そう言って、レバルトやバリー達に声をかけた。


「オイオイ...そんなことは期待していないぞ。きちんと払うさ」


 婆さんに慌てて伝えた。菓子まで貰って、更に首輪までなんて...流石に気が引ける。


「いいんだよ。本当にもっと桁違いのお金を用意していたんだ。「黒龍」をやっつけようと。革の首輪何て、端金さ」


 でも...


『受け取っておいたらどうですか。それよりもこのお婆さんは、デニットさんに頼みたいことがある様ですよ。でもあなたのことを思って頼み切れない、そんな感じです。聞いてあげて下さい。それなりの信頼関係と覚悟が必要ですがね』

 

 何だ婆さん、俺に頼みたい事があるのか...。先もどうせ長くないんだ。俺に遠慮なんてしなくていいのに...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「婆さん。俺に頼みたい事でもあるんじゃないのか?どうせ老い先長くないんだ、遠慮することはねえよ」


 そう、いつものように悪態をつきながら、婆さんに聞いてみた。


「あんた...相変わらずだね。ふ―。まあ、そう悪態ついてくれた方が、頼みたいことを話しやすいけどね...」


 そう言った後、改めて俺の方を向きなおした。


「この奴隷商会は、正直言って私の道楽でもあるんだよ。他では行き場のない奴隷等を引き取って仕事を与えたりしてね、また村に返す。そんなことを余生の生きがいにしているんだよ。だけど...」


 なるほどな。周りを見れば杖をついて、足を引きずっている者、包帯を顔に巻いている者など、様々だな。その者たちは重度の後遺症が残ったり、体の一部の機能や、その部位自体を失っていたりと様々だ。


「私が放った者の情報では、レバルドは大やけどを負って、命も終わりかけの状態だったと聞いたよ。それがいつの間にか回復し、はぐれやジャッカルをあんたと一緒に倒しちまったと聞いたよ。それも最後の一撃は、あなたが仕留めたって言うじゃないかい」


 そう言って俺の目を見た後、紅茶を一口飲んだ。本題を語る前の、心の準備をするかのように...。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「うちの奴隷商会には、傷を負った者たちが沢山いる。もう治る見込みのない傷や後遺症を抱えた者たちが...。だけど、可能なら元の様に生き生きと働かしてやりたいんだよ。私の様な先が短い年寄じゃない。まだこれからの子達にね...。出来る事なら...治してやってくれないかい?」


「婆さん...」


 俺の手をしわしわの手で握って頼み込んできた。手が温かい...。ここが奴隷商会だということを忘れさせちまう温かな手だ...。そして相変わらず綺麗な瞳だな。あと50年ほど前に出会いたかったな。


 でも...何歳になってもお人好しな人間は好きだ。いいさ。任せな。手助けしてやるさ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「婆さん、俺が得た力は何個かあるが、確かにレバルドは俺が治した。その力を貸してやるよ。ここの善良な奴隷を、全員治してやるさ!」


「デ、デニットあんた、それじゃ!」


 婆さんが、さらに距離を詰め寄ってくる。しわしわな表情の中の綺麗な瞳が、一段と大きく見えた。すごく驚いた表情をしている。


 悪いが無意識に、身体を後ろに引いちまった。


「いいさ、治してやるよ。ただ、まずは俺の身内からだ。真っ先に治してやりたい者がいるからな」


 そう、ズリーだ。悪いがここにいる者達はズリーの後だ。まずはズリーから治す。これは決定事項だ。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ズリー。すまないがこっちに来てくれないか。ごめんな、首輪を選んでいる時に。あとでゆっくりと選ぶがいい。その方が姿、より自分に似合う首輪が見つかるはずだぞ」


 マリスに連れられて奴隷の首輪が沢山並んだ棚の前で、ゼファーと楽しそうにレザータイプの首輪を選ぶズリーを呼んだ。


 俺から突然投げらかけられた言葉に、ピクっと体全体で反応し、俺の方に体を恐る恐る振り向けてきた。


「ぞ、ぞれっで、わだじのよ゙うじをな゙おじて...」


 俺を見て、非常に期待と不安が見事に織り交じった表情をしている...。


「そうだ。奴隷契約の後にと思っていたが、先にズリーの怪我を治す。それからゆっくりと首輪を選んでくれ」


 神妙な表情で、俺の元に近づいて来るズリーに、ゼファーが「大丈夫だよ。私も神父様に魔法をかけてもらったけど、本当に暖かく優しい光に包まれるの。痛くないから。いってらっしゃい!」と優しく声をかけた。


 何だが姉妹の様だ...。微笑ましい。


 そんなゼファ―に励まされたズリーは、意を決した表情をして、俺の目の前で床に両膝をついて、俺に対して祈るような態度を見せた。目は真剣に俺を見つめている。


 頼むからやめてくれ。と言いたいところだが、信仰なんて自由だ。好きなポーズで俺のランクCスキル【高度先端医療】を受けるがいい...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「俺のスキル、【高度先端医療】頼んだぞ!ズリーの全身の傷を癒すんだ!」


 俺の呼びかけに答えるように、ズリーの全身が銀色に輝いた。そして銀色の光に包まれたズリーの身体は、数十秒間光り輝いた後、霧が晴れるように彼女の身体から離れていった。


 ズリーの姿が鮮明に見えるようになると、誰もが驚愕の表情を浮かべている。いや余りの驚きで、身体の動きだけではなく、思考も停止したかのように皆がズリーを見つめて動かない。


 いや、動けない...。


 ズリーの身体、容貌が見違えちまった。目の前にいるのが同じ人物なのかと、失礼ながら思っちまう。


 驚いたことに抜け落ちていた黒髪も、元に戻っている。


 真珠のように滑らかで白い純白の肌。そして元に戻った黒髪は、風に舞う長い絹糸のように長く滑らかだ。


 そしてその容貌は、ぱっちりとした二重で、若々しく艶を帯びて輝く瞳。小さくもはっきりとした輪郭を備えている鼻。唇は小さく仰月ギョウゲツ型でお月様をひっくり返したような形をしている。


 驚きとあまりの美しき少女の姿に、誰もが時を忘れて見とれてしまった。あんなに痛々しい姿をしていた少女が、まるで王女様のような美しい外見に変わったのだから...。


 皆のズリーを見る視線に本人は勘違いしたのであろう。全身の状態が元に戻ったことを理解してないズリーは、今までの憐みの目で見られたことを思い出したのか、外套のフードで、自分の容貌を慌てて隠そうとした。


 ただ、そんなズリーに対して、バリーが「ズリーきれ゙いだど!」と叫んだ。


 バリーの一声で、皆なの目が覚めた。


「外套で隠す必要なんて、もう無いわよズリー!あなたがこれほどまでに美しかったなんて!神父様を独り占めにしたら絶対ダメだよ!」とゼファーは、ズリーに抱きしめ、涙を流して喜んでいる。


『本当によかったですね。ズリーさん...』


 周りの様子の変化にズリーも違和感を感じ、恐る恐る周りを伺う。


「ど、どう言う事ですか?何があったのです?ゼファーさん?マゼールさん...って、普通に話せる!ま、まさか!」


 周りの自分に向けられる視線や表情、そしてゼファ―やマゼールの態度の変化にも気が付いたのだろう。もしかしたら...本当に自分の身体は!...と。


そして恐る恐る...自身の手や腕に視線を落とした。


「あ~!わ、私の腕が手が、元に戻っている!赤くない!ケロイドが無い!い、痛々じくな゙い...それに、かお゙もざらざらじてな...い゙」


 そう言って膝から床に崩れ落ち、綺麗な顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。でも...ズリーの美しさは変わらなかった。


「婆さん、鏡を貸してあげてくれないかい?」


 まだ呆然とした表情でズリーを見つめている婆さんに、鏡をお願した。


「そ、そうだね,ご、ごめんよ。気が利かなくて。自分で見てみなよ。本当に美しい姿だよ...良かったねぇ。ズリーちゃん...」


 そう言って手鏡をズリーに渡してくれた。すごく透明度の高いものだ。長年愛用しているモノかもしれないな。惜しげもなく奴隷に貸してくれるなんて、本当にこの婆さんは...。


 受け取ったズリーは、鏡を見つめると「ほ、本当に私の顔が!わだぢのがおが~!」と嬉しさと困惑から、鏡を落としそうになるほど、わなわなと手が震えている。


 そしておもむろに俺の足にしがみ付き「あ゙、あり゙がとゔございま゙す!わ、私のを、身体を゙、髪を、そして声ま゙で!かん゙しゃしま゙す旦那さま...」そう言って俺の前で泣き崩れてしまった。


「ズリーきれい!ズリーきれ゙え」と言って、泣きわめいているバリー。そんなに泣くと腹減るぞ。バリー...。


 レバルドも少し離れた場所で上を向き、男泣きをしている...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「何だ、あれは...神の所業か!大司祭様より凄いぞ!」


 周りもざわついている。


 俺は大司祭じゃねえ。EXスキルと共に冒険をしている男だ。それに、あんなに貴族や金持ちを優遇する、くそ野郎と一緒にしてくれるな。


「さあ順番に治療だ!婆さん!どんだけいるんだ⁉」


 婆さんに聞いてみた。すると現在の1階には、治療を必要とする従業員が約20人程。そして上の階には治療が必要なほど傷ついている者が、25~30名ほどいるらしい。これらは売りものらしい。売り物になればの話だが...。


 この奴隷商会には、売り物としての奴隷が120名ほどいるようだから、結構な割合で傷ついた奴隷を匿ってやっているんだな。


 一階にいる従業員達の傷や怪我を治して回った。まだ2階に、もっと状態の悪い者もいるという。死にかけている者も。


 ただしレバルド同様、現段階で再生まではできないことを伝えた。


 手足を失った者が、がっかりすると思ったが、「ここにいる仲間達や、俺の他の部分の傷を治して下さったんだ。感謝感謝ですよ。それに再生も目処メドが立っているとお聞きしました。待ちますよ、いくらでも」と、モッカが笑顔で答えてくれた。


 期待を裏切らないようにしないとな...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 婆さんは魔力枯渇を起こさない様に、マジックポーションを大量に用意をしてくれた。高価なモノだが、婆さんは惜しみなく出してくれる。


 治療を要した従業員達は、20人と数は多いものの、比較的元気な者たちばかりで、マジックポーションを2本飲むだけで何とかなった。問題は2階だという。もっと魔力の消費が激しくなるだろうと、婆さんが心配そうな表情で俺に伝えてきた。


 ふー、くそまじい。


 心配するな。ここまで来たら全員治してやる。マジックポーションの飲み過ぎで歓迎会の料理が入らないかもしれないがな。まあいい。


 散々...酒を飲みまくった身体だ。一日くらい抜いても、ちょうど身体には優しいだろう。


 さあ、そんなことより、2階にいるという状態の悪い奴隷たちを、チャチャっと治して回るか。


『さあ、皆なを治して歓迎会との同時開催ですね!』と、嬉しそうに俺に伝えて来るマゼール。


だが...ちょっとマゼールのセンスが怪しいと感じるのは俺だけだろうか...。その思いを胸秘め、階段を駆け上って行くデニットであった。

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