第二章 ダランバーグ大聖堂に向かって

第19話 「黒龍」消滅 (ちょっとざまぁ回)

 ダンジョンから外に出た。ゼファーが「う~ん」と両手を上にあげ、身体を伸ばしている。気持ち分かるわ〜。


 やっぱりダンジョンの中と外とでは、空気や雰囲気が全然違う。


 ダンジョンから出ると、ホッとするものだ。


 そして、ダンジョン前大通り付近に立ち並ぶ出店からの肉汁の焦げる匂いや、活気のある客引きの声、冒険者が楽しむタバコの匂いなど、日常の生活が感じられる。


「バリー、ダメだったら!」とズリーが叫ぶ。しかし、そんなズリーの必死な声も、バリーは出店から漂ってくる誘惑的な匂いに負けてしまう。


 バリーはその匂いに引き寄せられ、ふらふらと出店に向かって行く。ズリーは必死にバリーの外套をつかんで引き止めようとするが、バリーの力には敵わないようだ...。


 ほらほらバリー、もう少しの辛抱だ。バリーの胃袋は底なしの様だな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それにしても、いつも以上にダンジョン周辺が賑やかな様だな。冒険者以外の者たちまでダンジョンの入り口付近に集まっている様だ。


 魚屋のドロエ婆さんや、肉屋のケントまでいるじゃないか。何かあったのか?


 ダンジョン内でマゼールが、何だか外が騒がしいですよと言っていたが、これのことだな。


 まあ、俺たちには関係の無いことだ。さっさと奴隷商会に行こう。


 皆の首につけられている、鉄の重そうな首輪を見ているだけで切なくなる。


 特注のレザータイプの首輪に代えてあげたいしな。


 ただ...皆を奴隷商会へ誘おうと考えていた矢先に、知っている顔から呼び止められた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「デニット!無事だったの。よかった!」と、キャラットが人込みをかき分けて、俺に飛びついてきた。


「うわっと、キャラット...か、な、何でキャラットがここにいるんだ?お店はどうしたんだ?」と、驚きのあまり言葉が飛び出してしまった。


 突然現れたキャラットは、無自覚で俺に胸を押し付けて来た。


 脳内では「誰ですか、あの女性は?」に続いて...「あの女一人、随分と熱くなっていますね。【無限流氷地】で、身体の芯から冷やしてあげようかしら?」や『許可します』などのワードが乱れ飛ぶ。


 やめなはれ...。


「どうもこうもないわよ!街中は大混乱よ!ダンジョン内で「はぐれ」が出たらしいし、ダラーク公爵一行がギルドに預けた「命の玉」が、全部黒に変わったらしいのよ。それに、「黒龍」の居残りメンバーも、ものすごい形相でダンジョンに駆け付けて来たのよ!」


 キャラットが俺に向かって一気に喋り、ダンジョン内の状況を教えてくれた。キャラットの必死な表情から、事態の深刻さが伝わってきた。


 まあ、全部知っているけど...。


 全員の「命の玉」が真っ黒か...。そうだよな。皆、逝っちまったしな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「命の玉」、その正式な名称は「生命宝珠」。まあ、皆「命の玉」と呼んでいる。


「命の玉」は、自分の生命の状態を表わすモノで、殆どの冒険者はギルドや家族に預けて、ダンジョンに入る。


「命の玉」全体が緑色なら安全な状態。黄色なら軽い怪我を負いながらも、自力で移動可能。橙色は骨折や切創や咬傷コウショウ、そして熱傷などにより重度な損傷を受けてはいるが、意識も保たれ何とか自力での移動が可能な状態を示す。


 赤色は重篤な状態で、すぐに治療が必要な状態。最後の黒は...その生命の終了を表わしている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ダラーク公爵一行は全員ギルドに「命の玉」を預けてダンジョンに潜ったんだな。そりゃ約20個の玉がいきなり真っ黒になったら、大慌てになるだろうな。それも公爵管轄の者たちだ。ギルドは公爵への連絡や対応に大慌てだろうな。


 黒龍たちも「命の玉」を自分たちのクラウンに置いてダンジョンに来たのだろう。「命の玉」が緑から黄色、橙、赤、そして黒に変化して、慌てて飛んできたのだろう。


 ちなみに奴隷に、「命の玉」を使う事はまず無い。悲しい話、動けなくなったらダンジョンに放置されるだけの存在だからな...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな喧騒としたダンジョン入り口付近から、一刻も早く離れたい俺らは、キャラットに急いで治療院に行きたいからと、その場を離れようとした。


 叩けば埃が出る身。怪しさ満点の集団だもんな。いつもはソロの俺が、4人の奴隷を引き連れている。怪しい...。


 レバルドはダラーク公爵一行とダンジョンに潜っていたし、ジャッカル率いるチーム「黒龍」と一緒にいたはずのズリーとバリーが、俺と行動を共にしている。更に謎の美人エルフ。


 う~ん、怪しさ100点満点!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「何よデニット!何でいつもはソロのあなたが、奴隷を連れて歩いているのよ!それに外套で隠しているけど、何よその奴隷、エルフでしょ!異次元クラスの美人じゃ、モゴモゴモゴ...」


 大きな声を出すなっ!と小声で言い、キャラットの口を塞いだ。


 しかしよりによって...「初めまして。神父様の奴隷、ゼファーと申します」と、ゼファーがキャラットに挨拶をした。それもなぜか勝ち誇ったように...。


 勝ち誇る奴隷って...。


 それでも脳内では「ナイスです!ゼファ―さん!」や、『素晴らしい状況判断ですよ。ゼファーさん』など、飛び交っている。


 素晴らしい状況判断なわけないだろう...。


「キッー、何よ!あの奴隷!私を見下しているような目をしているわ!何なのよデニット!」


 怒り狂い、さらに大きな声を上げ始めるキャラット...。もう収拾がつかない。


「悪い、治療院に行くから...」と、そそくさとその場を離れようとした瞬間、「おい、ちょっと待てや!」と、レザーアーマーに身を包んだ大柄な男に、肩を掴まれた。


「黒龍」No.3のマーズだ。


 また、面倒くさい奴に呼び止められちまった...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「黒龍」のNo.1は勿論ジャッカルだったが、あとのNo.2,3は実力でその地位にいるのではない。


 No.2のは、ただジャッカルの無二の親友、そしてNo.3のマーズは、上手くジャッカルとに取り入っているだけ。つまり、この「黒龍」はジャッカルのお気に入りの、村のゴミ虫どもが集まっているだけのチームであった。


 だからマーズは焦っている。これが「命の玉」が示すように、本当にジャッカルが死んでいるのなら、自分のベリーベリー村内での地位と存在が、非常に怪しくなるからだ。


 マーズ達がこの町で威張っていられるのは、ジャッカルという後ろ盾が存在するおかげ。つまりジャッカルがいなくなれば、マーズいや、「黒龍」そのものの存続が危うい。


 マーズは誰の目から見ても様子がおかしい。口調や態度はいつもと同様粗暴だが、どこか周囲に対して怯えている感が否めない。


 俺が「なんだ⁉忙しいからあとにしろ」というと、必要以上に大きな声で、「て、てめ!「黒龍」NO3のマーズ様に向かって何だその態度は!この場でてめえの脳天をかち割ってやろうか!」と叫んできた。


 無視してこの場から立ち去ろうとしても、やたらと話かけて来る。しょうがねえなぁ、相手をしてやるか...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「うるせえな。何の用だ?」と、そっけなく返事をしてやった。


「何の用だじゃねえ!何でてめえと一緒に、うちの奴隷のバリーとズリーがいるんだ!ダンジョンで何かあったのか説明しやがれ!」


 バリーとズリーは体を震わせている。2人とも相当ひどい目にあわされたんだろう。可哀そうに。ただ今は「黒龍」の奴隷ではない。俺の奴隷だ。仮契約だがな。


「バリーとズリーなら、たまたまフロアで苦しそうにしていたから、助けただけだ。ジャッカルが奴隷契約を解除したんじゃないのか?」


 そう、とぼけてみせた。


 しかも、わざと挑発するように鼻くそをほじくりながら...。


 最近、右側の鼻道が詰まるのよ。なぜか知らんが。


「嘘つくな!奴隷2人は自分の足で歩いているじゃねえか!こんなに状態がいいのに、ジャッカル様が奴隷を解放するはずがねえ!それにジャッカル様の「命の玉」がだ!本来なら奴隷を盾にして、自分は逃げのびるお方だ。何で奴隷が生き延びているんだ?説明しやがれ!」


 俺の胸ぐらをつかんで、大声で喚き散らした。自分のチームのトップをディスっているのに、本人は全く気が付いた様子はない。おめでたい奴だ。


 それに汚ねえ唾をびちゃびちゃと俺に浴びせやがって。しょうがねえなぁ。現実を分からしてやるか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おいおい、難癖か。知らねえもんは知らねえよ。それよりもお前、自分でジャッカルの「命の玉」は、だって言ったよな?」


「な、何だてめえ、だからなんだ!」


 マーズはまだ、自分の失言に気が付いていない様だ。周りの群衆がざわついている事にも...。


「おいおい、自分の立場が分かっていないようだな。周りを見てみろよ。俺の相手をしている暇はねえみたいだぞ?」


 ほじっていた鼻くそを、マーズのこれから起きるであろう悲劇の選別として、足元にくれてやった。


 すると...いつの間にか俺たちの周りには、剣や鍬を持った村人たちがとり囲んでいた。それもすごく殺気立っている。


「な、何だてめえら、やっちまうぞ!俺たち「黒龍」に逆らうつもりか?」


 あーやかましい。弱い犬程よく吠えるというが...マーズの声がデカいデカい。でも、村人の誰一人も、その声に怯えていない。本当に怯えるべき対象が、マーズ自身が死んだと言っちまったんだから。


「村の連中は、お前なんか怖くねえよ。ジャッカルの「命の玉」が真っ黒。つまりもう、大将はこの世にはいねえ。今までのうっ憤を晴らす時なんだよ...」


 低く重い声で、マーズに突き付けてやった。


 やっと周りの異変に気が付いたマーズが、でかい図体を左右に動かし、周囲を見回した。


 そんなマーズに対して村人たちは、それぞれの思いを胸に一歩また一歩と距離を詰めていく...。 


 そして...「ジャ、ジャッカル様の「命の玉」は黒くねえ、俺の見間違いだ!黒っぽく見えただけだ!俺に逆らう奴は、ジャッカル様が帰ってきたら、全員皆殺しにするぞ!」とマーズは、村中に響くような大声で叫んだ。


 その大きな声を聞けば聞くほど、マーズが焦った態度をとればとるほど、村人は確信する。もうジャッカルは死んだんだって。じわじわとマーズや「黒龍」の残党たちに詰め寄っていく。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「もう...ジャッカルは死んだんだろ?ジャッカルがいないんだろ?それならてめえなんざわけねえ...」


「今まで散々やってくれたな...」


 静かに殺気を込めた声を発しながら、じりじりと詰め寄っていく村人たち...。


「な、何だてめえら。調子に乗ってんじゃんええぞ!」


 デカい身体が震えている。声も裏返っている。状況がやっとこ理解できたようだ。


「こいつらのせいでうちの孫娘は…」


「うちの息子も散々ゆすられて...」


「お前らなんかまだいい方だ。俺の妻は...」


 そう言いながら村人は、にじり寄って行く。こうなると、マーズに残された道は...限られてくる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「調子に乗るんじゃねえ。てめえのせいだ!余計なことを村人に吹き込みやがって!」


 やっぱりな。俺を痛めつけて、自分の強さを誇示しようとする。本当にバカの考えそうな行動だ。


 バトルアクスを振り上げ俺に向かって来るマーズ前に、レバルドが立ちはだかろうとしたが、それを制した。俺が迎え撃つ。こいつにも散々難癖をつけられた。刃物を振りかざして来るんだ。それだけの責任は取ってもらうぜ...。


 相手の斧を俺の愛用のダガーでいなし、そのままマーズの右手を切り落とした。


「ギャァ~!!痛えよ、痛えよ!俺の腕が!!俺の腕が~!」


 左手で右腕を抑えながら、辺りをゴロゴロと転がりまわっている。


「早く止血をしろよ、死んじまうぞ?死んだら村人が困るだろう?今までの借りを返す対象が一人減ってしまうからな...」


 ただ、マーズはまだ転がりまわっている。このまま死にたいのか、痛みを必死に耐えているのか?どちらでもいいが...。

 

 転がり回っているマーズの右腕を強引につかみ、右腕の切断面にポーション(小)をぶっかけた。


 お前は簡単には死ねねえよ。一生村人に懺悔をし続けるんだな...。奴隷という身分でな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ごめんねデニット、私も「黒龍」のアジトに行って、散々で食べられた料金の回収に行かないと!あ、あとデニットありがとうね。その、マーズをやっつけてくれて。デニット、いつからそんなに強く...。いいえ、何でもない。ありがとう。じゃあまたあとでね!」


 慌ただしい奴だ。


「主様!すごかったですぞ。あのダガー さばき。さすが我々の主様じゃ。我が主人として誇りに思いますぞ!」


 そう言った後レバルドは、俺の前で片膝をついて頭を下げている。大げさだな。


 そしてズリーも、「だ、旦那様、そ、その恰好よかったです」わ、私も旦那様みたいな素敵なお方に拾ってもらえて、光栄に思います!」そう目を輝かせて言ってきた。


「わ、わたしもです!ズ、ズリー!こういう時は素早いのね。神父様!恰好良かったです!」


「おらも、よかったと思うだ。どでも速かっただ!!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ほらほら、皆さん落ち着いて下さい。もうお昼の3時を過ぎましたよ。ホテルで美味しいご飯を用意してもらうにも、時間がかかるのですよ」


 マゼールが母親のように少しせかすような、でも優しさのこもった声で、俺たちに話しかけてきた。


「それと...デニットさん。ご苦労様でした。素敵でしたよ」そう、多分俺だけに伝えてきた。


ありがとうよマゼール。


 さあ、本当に急がないとな。ズリーの傷も治してあげないとな。さあ、まずは奴隷商会に行こう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなウキウキの俺たちの横では、村人たちが数人の「黒龍」の残党たちを囲んでいた。


「お前たちのせいで、うちの娘は!」


「そうだよ、心の底から償ってもらうよ!!」


「ゆるしてくれ~!!」


「もう殴らないでくれ~!!」


「殺しなさんなよ。長く苦しめるのならな...」そう俺は、誰に向けるわけでも無く呟いた。


 聞き覚えのあるような、無いような悲鳴を背に、俺たちはダンジョン前の大通りから商会に向かって歩き出した。

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