第16話 生活支援士と魔物使い

「おい、ズリー、バリー、大丈夫か?」


 2人とも意識がない。息はしている様だ。外套ガイトウの胸郭部分が上下に動いている。だが、もう少し早く助けれれば、もっと苦しまずに救えたのかもしれない...。申し訳ないことをした。


 2人ともフード付きの外套ガイトウで、頭から膝下まで包み込んでいる。


 ズリーとバリーと呼ばれた2人の奴隷は、特徴的だった。ズリーは細く長い。バリーはでかく太い。対照的な2人であった。


 二人を確認しに行ったレバルドが、「主様、こちらに来て頂けますでしょうか」と俺に声をかけてきた。細長いズリーの外套のフード部分をめくると、「う!」と、非常に失礼な話だが、声をあげてしまった。


「すまないなズリー、レバルドこれは...」


「多分、火災か何かに巻き込まれたのでしょう。それか全身に火を放たれたか...ひどい状態であることには、間違いないのですじゃ...」


 身体の曲線と、輪郭と唇、そして目元から、ズリーは女性ということが分かった。このためズリーの対応をレバルドから、ゼファーに代わってもらった。


 他に大きな傷などはないか等、すぐに回復魔法をかけた方が良いかを、ゼファーに確認してもらうことにした。


 ただ2人には悪いが、すぐに回復魔法をかけるのは避けたい。現在は仮奴隷契約中だ。奴隷商会で正式な奴隷契約を結ぶ時に、あまりに現在と異なる姿になると、色々とマークされるだろう。


 特にズリーは注意が必要だろう。


 ゼファー曰く、ズリーは顔だけではなく、頭皮も焼きただれ、また体幹を含めた全身に、ケロイドが確認される状態であると教えてくれた。


「本当に可哀そうに...何か事情があるのでしょう。このような外見となってしまうと、一般の商家などに買われることはありません。ましてや娼館など、とても無理でしょう。そうなると冒険者の荷物運びか、鉱山で働くか...」


 きっとジャッカル達のことだ、安く買いたたいたのだろう。そして、ダンジョンの地下で必要が無くなれば、置き去りにしようと企んでいたに違いない。


「もう一人の方は、どんな状態だ?」


 もう一人の対応をゼファーに変わって見に行った、レバルドに声をかけるた。


 するとレバルドは、「半魔ですじゃ。どうやらオークとの半魔の様ですじゃ」と答えた。


 半魔か...。バリーを覗き込むと、さすがオークとの半魔だけある。オークの特徴を併せ持つ外見をしている。人族よりも骨格ががっしりとして、身長が高い。


 だが、外套の中身は、ズリー同様、バリーもがりがりに痩せていた。2人共、食事をろくに与えてもらえなかったのだろう。


 着ている外套も汚く、身体中が汚れている。食事だけじゃなくて着る物、いや身体を清潔に保つことですら、制限されていたのだろう。可哀そうに...。特にズリーは女性なのに、辛かっただろうに...。


 そしてバリーの方は背中や腹などに、無数の切り傷の痕跡が見られた。体格がいい分、ジャッカル達を守る壁がわりに使われていたのだろう。


 見たところ、ろくな武器や防具を持たせてもらえなかった様だ。無茶をさせる奴らだ。いや...な。


『デニットさん!申し訳ないですが、また2枚、【譲渡】のスキルを使わせて頂きました!』とマゼールが言ってきた。


 いやいやもう、好きに使って下さい。


『2人はもう少しで目覚めると思われます。余談ですがこの二人は...凄い者達ですよ!伸びしろが半端ないですよ!やはりダンジョンが、私たちに引き合わせようとしたのでしょう。あっ、さあ、目覚めるようですよ!』


 マゼールが興奮した声で言ってきた。


 いやいや「伸びしろが」と言われても、何とも言えないな。まずは身綺麗させてあげたいかな。


 そんなことを考えていると、2人はどうやら意識を取り戻したようだ。


「う、うう」


「?」


 2人は辺りを伺うように動き出した。そして自分達を囲んでいる俺たちに気が付いたのだろう。


 少し怯えるような目で俺たちを見てきた。「俺たちは冒険者だ。心配するな。悪いが君達の元ご主人様は遠くに旅立った。君たち2人の主人は一応、仮ではあるが俺となった。悪い様にはしない。安心してくれ」と、2人に伝えた。


「がりげいやくを゙してくだざり、あ゙じがどうございま゙す。よ゙ろじくお゙ねがいじまず」


「よろしく。なんだな」


「こら゙バリー、だめでじょ!だん゙なさま゙にむ゙がって。そんな゙ことばつがいは、だめよ。ずみま゙せん゙。ばりーわわるぎがな゙いな゙です!」


「ひ、ひぃ~!な、殴らないでけろ~!」


 そう、ズリーとバリーは言ってきた。


 ズリーは火傷の後遺症からか?口角が上手く開かないのか、喉がやられているのか分からないが、上手く話せない様だ。それに話すのも辛そうだ。非常に痛々しい。


『ズリー、無理して話す必要はありませんよ。脳内での会話なら話しやすいと思います...』


「頭の中で声がする!え、は、はい。分かりました。ズリーと申します。約2年前のべレンド街の火災に巻き込まれてしまい、その火事で両親は亡くなって...。それからは奴隷として働いています。ご覧の通り、この傷では、買い取って頂けるところもなく...」


 辛いとは思うが、しっかりと自分の内情を話してくれた。


「悪かったな、辛いことを思い出させて...」と俺は、ズリーに向かって脳内で謝った。


「い、いえ...。お、お優しい旦那様なのですね。今までの旦那様たちでは、考えられない、温かいお言葉です。ありがとうございます」


 そう言って表情が和らいだ...様に感じた。それとこのズリー、何となく教養を感じるな。話し方からも、そして所作からも。火災に遭うまでは、それなりに教養を受けてきたのかもしれないな...。


「ズリー、頭、いい。優しい。暴力、おらが受ける。だからズリーいじめないで」


 そう、バリーは少し怯えるような声で、俺たちに言ってきた。


 2m50はあるのではないかと思う。のっそりしているが、目の前に立たれると何も見えない。目が少し垂れさがった愛嬌のある顔をしているが、ズリーもバリーもガリガリで、見ていて痛々しい。


 ジャッカル達は何とも思わなかったのだろうか....見たところまだ幼さが残る顔つきに見えるが...。


「主様はいじめたり、そんなことはしないぞ。もちろんわしらもじゃ。安心するのじゃ!わしらもお前たちと同じ身分。いや、もっと低い身分なのじゃ!戦争奴隷じゃからな!わはっはははは!」


 そう言って脳内で、レバルドのバカでかい声が響く。脳内でも声の強弱が変わるんだな...。


「安心して下さい。神父様は非常にお優しくて、格好いい男性ですよ。マゼール様もライバルですが、お優しいお方です。私はゼファ―。エルフです。それに向こうの頑丈そうな者は、レバルド様ですよ。私も戦争奴隷です。そしてオールOKな奴隷です!」


 そう言って、自分とレバルドを紹介した。また、OKを強調してきた。


 嬉しいけど、脳内にマゼールがいる状態ではなぁ。ゼファーとやっている時に、マゼールに念仏でも唱えられたら、へたってしまう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ズリーとバリーは仲がいいようだな。二人で支え合って生きてきたのだろう。まあ本人達さえよければ、俺たちについてくればいい。マゼールのお勧めらしいしな。


 それよりもまず2人は、重そうな荷物を降ろせばいいのに。許可なく荷物を下ろすと怒る、けち臭い主人もいるからな。床に下ろしたくても下ろせないのだろう。


「疲れただろう。床に荷物を置いてくれ。中には何が入っているか知っているか⁉」


 そう二人に聞いた。すると「はい。食料と水、それに薪、あとは...少量の着替えと交換用の武器等です」とズリーが答えた。


「分かった。それとズリー、その火傷のことなんだが...」


 そう言うとズリーは、びくっと身体を震わせる。散々と、色々な者から言われたのだろう...。それも辛いことを...。


「今すぐに治してあげたいのだが、奴隷商会で正式な奴隷契約を結んでからでいいか?すまないな。本当ならすぐに治してあげたいところなのだが...」と俺はズリーを見つめながら謝った。


 ズリーのやけどを直して奴隷商会に連れて行くと、絶対に厄介なことになるだろう。奴隷商人がすぐに不審に思い、俺たちのことを詮索するだろうし、値段をふっかけてくるかもしれない。


 まあ、レバルドやジャッカルの奴隷たちであるズリーとバリーが、俺と仮契約している時点で、怪しさ満点だから変わらないっちゃ変わらないが...。回復魔法も使えるとバレると、更に面倒くさいことになるからな。全部マゼールの助言だけど…。


 そんな考えこんでいる俺に対し、信じられないという表情で、ズリーが俺を見ている。


「どうしたズリー?」そう俺が聞くと、「わ、私の傷を治して下さるのですか?な、何故、そんなお優しいことを。わ、私のスキルは役立たずスキルですよ?」と、驚愕した表情で俺を震えながら見つめている。


「そ、それに、わ、私を雇って下さるのですか!バリーはともかく私は...こんなに汚く、みじめな外見をしております!スキルも【生活支援士】という分けが分からないスキルです。水や火が少し出せる程度です。それに、それに...」


 自分の使えないと思っているスキルを伝えた後、涙袋に沢山の涙をためて、「野蛮な方々ですら、「萎える、立たねえよ!」と言われて、手を出されなかった顔と身体です。そ、そんな私を、正式な奴隷にして下さる...のですか...?」


 そうズリーが信じられないという顔をしながら、俺を真正面から見つめてきた。ズリーの頬を伝い、床にぽたぽたと涙が滴り落ちた。


「ズリーは、ズリー役に立つ!おらに言葉教えてくれる!いい子!」


 バリーなりの優しさで、ズリーを褒めた。微笑ましい。2人とも人格的に問題がないようだな。たとえ戦力にならなくても非人格者といるよりはよっぽどいい。


 俺にマゼール、そしてレバルドとゼファーの4人が、殆どの殆どの敵は問題ないだろう。2人はサポート役でも十分だ。


「わ、私より、バリーの方が役に立ちます。身体も大きいですから。私は何でも言う事を聞きます!勿論オールの奴隷で結構です!何でも致します!食事も半分で...。ですからバリーも一緒に!バリーもほら、頼みなさい!頭を下げて!」


 そう俺に向かってバリーに土下座をさせ、ズリーはバリーの頭を無理やり地面に押し付けようとした。だが、バリーは...。


「お、おらは戦闘...苦手なんだな...」


 そう俺に対して、すまなそうに言ってきた。


「バリー!あなたは何で...今、そんなことを言うのよ!こんなにお優しい旦那様何て、2度と会えないのよ!お願いだからバリー、いい子だから私の言う事を聞いて!ねえ!だ、旦那様、あの巨体です!皆様を守れます!ですから、ですから...」


 申し訳なさそうにしているバリーの横で、必死な形相を浮かべるズリー。


 今でも、ズリーは、何とかバリーも売り込もうと必死になっているが、バリーは嘘がつけない様だ。まあ嘘などつかなくていい。初めっから俺は2人を正式な奴隷として迎え入れるつもりだ。


 俺たちには鉄壁の防波堤がいる。戦闘が苦手の者が無理をしなくていい。


『デニットさん!バリーは【魔物使い】です。体格が良く、力もあるのですが、動作がのろく、直接的な戦闘には向いていない様です』とマゼールが教えてくれた。


 ほう、【魔物使い】か...。あまり聞いたことのないスキルだな。


『ただし、ランクが上がれば、殆どの魔物や動物を従えることが可能です。とんでもない目玉スキルですよ!』


 マゼールは俺に対し、力のこもった口調で教えてくれた。バリーが【魔物使い】か...。使われる方が似合っているのだが...。見た目からは分からないもんだな。


 さらにマゼールは『そしてズリーは【生活支援士】です。生活に役立つスキルを滅茶苦茶持っています。使い方が分からなかったのでしょう。私がいれば2人ともものすごい戦力となりますよ!特に【生活支援士】は、私たちの様なダンジョンに潜る者に取ったら、お化けスキルです!』


 もうマゼールのテンションが留まることを知らない。何だかスキルを混ぜているかのようなハイテンションぶりだ。目玉スキルにお化けスキル...。俺以外、すげえのばっかりだな。ここのリーダー絶対...マゼールだよな...。まあいいか...。


『こんな子達に出会えるなんて、ダンジョンは絶対私たちを、ズリーとバリーに引き合わせてくれたと思いますよ!』


 滅茶苦茶マゼールが喜んでいる。


「お、おらたちが役にたつだか?皆さんの⁉はじめて言われたんだな」


「わ、私もよ。だって水と火がちょろっと出るだけの、役立たずスキルと言われていたのに...、でも役に立てるなら嬉しい。この人たちと一緒にいたい!」


「お、おらも、なんだな。う、嬉しいだな...う、うわーん」


「ダメよバリー、泣いちゃ。怒られるわよ。泣いちゃダメだって。私まで、う、うう...」


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「マゼールは俺たちの守り神だ。彼女があそこまでいうんだ。2人の力は本物だよ。だから俺たちの力になっておくれ。バリー、ズリー」


「わ、分かったんだな」と、バリーは少し照れ臭いのか、頭をポリポリと掻きながら俺に返事をした。


「もう、バリー、「分かりました旦那様!」って言うのよ。本当に...」と、ため息を吐くようにズリーが言った。


 何だかその光景を見て、俺たちは笑ってしまった。


 その笑い声は、ダンジョンの湿気を癒し、メンバーたちに、未来という希望を与えた。

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