第13話 生贄

 マゼールは淡々と話し始めた。


 石板によると、マゼールは今から数千年前という古き時代の住人で、その当時は修道院で働いていた様だ。


『私はリーナという名前だった様です。その当時の記憶は思い出せません。名前すら実感がわかないのですから...』と、寂しそうな声で俺たちに告げてきた。


「マゼール殿...」


「マゼール様...」


『ご、ごめんなさいね。話を進めます』と言って、マゼールは無理に明るい声色を出した後、話を続けた。


 驚いたことに、マゼールが暮らしていた当時は、ダンジョン、そしてスキルも、このバラクール星にはまだ存在していなかったようだ。


 バラクール星は、温暖な気候と豊富な資源で人々は豊かに暮らしていた様だ。しかし、マゼールが18歳の時、温暖な気候は突如として荒れ狂い、各地で大雨や洪水、それに地震や山火事などの自然災害が巻き起こった。


 原因不明の自然災害は、一気に食糧不足のみならず、強盗や窃盗などの治安の悪化も引き起こした。


 そんな折、古代でもっとも繁栄を極めたダランバーグ大聖堂に、神からの啓示があった。


 それによると、「異常気象の機能修復には、もう少しだけ時間がかかる。それまでの間、各地の食料不足を解消するために、ダンジョンを建設する」というお告げがあった。


さらに神から、「ダンジョン建設のためのエネルギー不足を補うため、2名のうら若き女性を生贄として捧げよ」という啓示があった。


 そこで選ばれたのが、双子の姉妹であるマゼールと、妹のシリアであった。


 2人には莫大な生命エネルギーが存在し、清らかな体。そして...本人たちは、自分たちが生贄になることを望んだ。


「マゼール、妹がいたのか?」


 少し驚いた声を出してしまった。確かに古き時代とは言え、生活をしていたんだ。家族だっていて当然だ。ただ、スキル本としての付き合いしか無いからな。驚きを隠せなかった。


『そのようです。ただし私も覚えていませんが。どうやら私と妹は、ダンジョンとスキル作成の為の、生贄になったようです。そのダンジョンの完成と同時に私たちは、魂と肉体はばらばらとなり、各地でダンジョンを機能させるためのエネルギー源となったようです』


 一概には信じがたいが、実際にスキル本が語っているんだから、信じざるを得ないな。


「だから身体が、各地に散らばっているんだな?」


『そのようですね。しかも、より自然エネルギーが沢山存在する場所に、身体のパーツが飛ばされたようです。飛ばされた場所でダンジョンに必要なエネルギーを集めて、この星に供給していたようです』


 なるほどな。だからバラクール星以外の星にも、身体が飛ばされてしまったんだな。


『そして、バラクール星各地のダンジョン内エネルギーが満タンとなり、私たちの役目が終わったようです』


 マゼールは一呼吸間を開けた。ここからがさらに大事ですよ、と言わんばかりに。


 お告げには、『役目の終了後、そなた達の元に助け人たちを使わす。その者達の力を借りて、全世界に散らばった身体を集めよ』と、石板に刻まれておりました。


 助け人たちって、もしかしたら俺たちのことなのか?そう無意識にゼファー―と、レバルドの顔を見た。すると2人は力強く頷いた。


『さらに、私と妹の身体と魂の全てが戻ったあかつきには、ダンジョンを支えた功労者として、私たちが望めば私たちと、その仲間たちの長きにわたる幸せを約束するとも、刻まれております』とマゼールは静かに言った。


 そうか...一応生贄になった者への褒美もあるのだな。でも、長き時間を孤独の中で生きてきた者に対しての褒美としては、あまりにも釣り合わない様に思うのだが...。


 そう感じてしまう。身体をバラバラにされ、魂を一定のダンジョン内に閉じこめられた者に対する褒美が、長きにわたる幸せとは...。それでいいのだろうか?


「マゼール、いやリーナ。全力で俺がお前の身体を探してやる。でも、生贄の対価としてはそれでいいのか?」


 そう俺が脳内でマゼールに対して言うと、『私が望んで生贄になったことです。それに...ご褒美ならもう頂いております』そう、最後の方のマゼールの言葉は小声で、衰えてきた耳には、はっきりと聞き取れなかった。


 するとレバルドも、「わしもお手伝いさせて頂きますぞ!ダランバーグ大聖堂は、わしが仕えていたサンドラ国の王妃と王女を逃がした、ビリーバリー国に存在する聖堂ですじゃ!もはや運命としか呼べないですじゃ!」と、興奮冷めやらぬ声で俺に言ってきた。


 声がデカい。まあ興奮する気持ちも分からんでもないが...。


「私も勿論一緒に行きますよ。私は神父様の持ち物ですから♡それと神父様、マゼール様でいいと思いますよ。お名前は。聞いたところによると、神父様がお付けになった名前ですよね。私なら愛するお人につけて頂けた名前を選ぶと思いますよ」と、ゼファーは俺に微笑みながら言ってきた。


『ゼファーさん...。レバルドさん。ありがとう。私の名前はマゼールです。デニットさん。お手数ですがお力をお貸し下さい。まだ見ぬ私の妹の分も...お願いします』


 身体があれば深々とお辞儀をされているかもな。表情が見れれば、泣いているかもな...。すぐに見てやるさ。飛び切りべっぴんな、その姿をな!


「ああ...。頼まれたぜ、マゼール!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「でも...スキルは何故、マゼール達と一緒に生み出されたんだ?」と、俺は疑問に思っていたことをマゼールに聞いてみた。


 すると、マゼールは『冒険者たちがダンジョンで死なないように、そして様々な仕事につけるように、多種多様なスキルが考案されたようです』と言った。


『更に別の目的もあった様です』と、マゼールは教えてくれた。


 つまり、マゼール達の魂や肉体を探すためには、多くの能力が必要らしい。何といっても、マゼール達の肉体や魂は、このバラクール星以外にも散らばっているようだからな。


『私の【混ぜるな危険!】の能力を使って、新たなスキルを合成する必要がある様です』と、俺たちに教えてくれた。


 なるほどな。これからも、色々なスキルを混ぜ合わせながら、マゼールと妹のシリアの身体を探し出していくのだな。


 妹のシリアにおいては、まだその魂とも出会えていないしな...。いつになったら出会えるのだろう?それにどんな性格なんだろうな?


 ただただ、分からないことだらけだ。


 俺はマゼールに「石板には何かが書かれてないのか?」と聞いてみた。


『はい。次は先ほどレバルドさんが言われたビリーバリー国に向かいたいと思います。ダランバーグ大聖堂の地下にはダンジョンがあります。そこに身体の一部と、次の指針があると刻まれていました』


 マゼールがそう言い終わると同時にレバルドが、「主様!お願いですじゃ!その時に王妃と王女の顔を一目見たいのですじゃ。見るだけで結構。安全に暮らしているかどうか。ひと眼だけ見させて下され!」と、土下座をして頼み込んできた。


 必死な顔をしている。相変わらず大馬鹿な男だ。黒焦げになりながらも、2人に会うまでは死ねないともがいた男、レバルド。会わせない訳がないじゃないか...。


「レバルド、土下座など必要ない。右手を失っても、奴隷になってまでも逃がしたかったお人達だろう?奴隷名義を変えてもいいのだぞ?」そう伝えた。


 レバルドの離脱は大きな戦力ダウンになるが、まっすぐでバカな男は大好きだ。無理をして俺の傍に居る必要はない。


「いいえ。そこまでは結構ですじゃ。わしはもう少しで死ぬところを救ってもらった恩を、主様にちっとも返せておりませぬ。それに、平和すぎるとぼけてしまいますのじゃ。主様といれば右手も治る可能性もありますし、退屈しなさそうですからのう、わはははは!」


 だから声がデカいって。


 着いて来てくれるのなら頼もしい。「ではマゼール?さっそくビリーバリーに行くか?」そう聞いてみた。


『いえ、その前に10階層に降り、さくっとビッグベアーを殺ってしまいましょう。そして、【収納】ランクCのスキル本と、ランクDの【拡張】のスキル本、3冊を混ぜあわせて、ランクBの【異世界車庫】にしてしいましょう!」と、マゼールは言ってきた。


ランクBの【異世界車庫】は【収納」に比べたら容量もアップするし、なによりも、時間経過がゆるやかになるらしい。はぐれ熊も【異世界車庫】ならば、余裕でお持ち帰りができるらしい。


 ちなみにスキルランクCの【収納】だと、ワイン樽1つ分(約0.6m³)の荷物が異空間に預けることができる。


 ランクB、【異世界車庫】だと、幌馬車の荷台分ぐらい(約21.7m³)の荷物を異空間に預けることができる。


 ついに俺たちも、【収納】のスキル持ちか...。あんなに地べたを這いつくばっていた日々が、マゼールと出会ってから図微分と変わっていくな...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 10階でビッグベアーを倒せば、10階を降りた先にある、ワープゾーンで一気に地上へ帰れると、マゼールが教えてくれた。素晴らしい。さすが優良ナビゲーター様だけある。


 地上に帰ったら、信じられないぐらい金がある。高級娼館に何度行けるか分からない。おっと、ついつい昔の俺の悪い口癖が出たな...。


 あほなこと言っていないで、レバルドやゼファーの装備を整えたり、ちょっと高級な宿屋で旨いもの食べたり、飲んだりしたいな。ああ、あと大事なことを忘れていた。


 レバルドとゼファーと本契約をかわしに、奴隷商会にもいかないとな。

 

 そんなことを考えながら、10階層のボスの部屋に向かって、俺たちはゆっくりと歩き出した。

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