第9話 幻影+アイス×5=?

 どんな作戦なんだ⁉


『今、ビッグファイアーベアーを倒すのに必要な宝箱が現れました。本当に、このダンジョンは私たちを見て、何かを試してるかのようです。宝箱の中にあるスキルを獲得出来れば、勝算は十分にあります!」


 相当優秀な物が現れたんだろうな。どんな物何だろう?Bランクの攻撃魔法か?それとも動きを止める魔法何だろうか?それとも頑丈な盾か?


 まあ何にしろ、強力なスキル本か、武器や装具が現れたのだろう。


「どんな宝箱が現れたんだ。マゼール⁉ランクBの氷系の魔法か?それとも...」と俺がマゼールに聞くと、すぐに返事が返って来た。「違いますよ」と。


『いいえ、デニットさん違います。デニットさんが、いやって程集めたランクDのスキル本ですよ』


 俺が嫌って程集めたスキル本だって?そんなスキル本を取りに行ったところで、あの熊さんに勝てるのか?


『出現したのは、ランクDスキル本の【アイス】です』


「ランクDのスキル本、しかも【アイス】だって⁉」


 確かに、何度も集めた。そしてダンジョンを駆け巡った。【雷炎氷刃ライエンヒョウジン士】のスキルを作るためにな。


「【アイス】なんて今、わざわざ取りに行くのか?」


 俺は気が抜けて、思わずふらついてしまった。今、行かなくてもいい様なスキルとしか思えないからな。


『いいえ、【アイス】が必要です。私を信用して、取りに行って下さいますか?デニットさん』


「あ、ああ...もちろんだ。マゼールが考えたことなら反対は無い。ただ...今、意識を無くしている者もいる。無理をせずに,出口を目指したいが...それも無理という事だな?」


『はい。今、ビックファイヤーベアーが立っている場所を通らないと、8階に上る階段には戻ることができません』


 いやらしい熊さんだ。俺たちと、よっぽど遊びたい様だな。


『ビッグファイアーベアーも、この私が狙っている【アイス】のスキルが出現してから、何かを感じたのでしょう。今の場所から一歩も動こうとはしません』


 案外、賢い熊さんの様だな。もっと単純な奴だと思ったのだが...。油断禁物だな。


『ビッグファイアーベアーはT字路の手前にいます。T字路の右側が出口であり、左側に進むと【アイス】のスキル本が入っている宝箱にたどり着けます。つまり、出口に行くにしても、スキル本を取りに行くにしても、一度はビッグファイアーベアーの横を通らないといけないという事です』


 結局は熊さんと一戦交わらないといけない様だな。ただ、肝心なことを聞くのを忘れていたな。


「【アイス】のスキル本を取ると、どうなるんだ⁉」と聞いた。いや聞き忘れていた。


『【アイス】のスキル本を取れば、今持っているスキル本と併せて、5冊になります。それと、彼女のスキ...」


 ドン!ドン!ドゴーン!!


 近くの壁、いや、壁だけじゃない、天井も揺れた。すぐ傍の壁に【炎の散弾】が着弾した様だ。


 よくもまあ...こんなくねくねしたダンジョンで、近くまで魔法を飛ばしてこれるな。


 追撃魔法能力でも保持しているのか?まぁ、なにわともあれ、ぼやぼやしている暇はない様だな。


 どうやって、熊さんと相対するかだな。今は戦っても勝てる見込みはないだろう。ゼファーは魔力枯渇で意識を失っているし、レバルドは身体が治っても、ボロボロの盾しかない。


 俺ぐらいだ。身体も武器もそろっているのは。だが、相手は20階のボス。いくらCランクのスキルがあっても、1人では厳しいだろう。


『ここはデニットさんが私の指示にしたがって動いて頂き、ビッグファイアーベアーの横を...すり抜けて頂きます』


「でも、それでは主様が危険すぎるんじゃ...」


『いえ、私の指示で、デニットさんならビッグファイアーベアーの攻撃を避けられるはずです。すり抜けた後、宝箱に入っているスキル本を手に入れてもらいます!』


 そうだな。俺たちは何度もこのダンジョンをマゼールの指示で俺が動いてきた。マゼールの声に自動的に体が反応する様な気がする。俺が一番...適任だろう。


『はい、あと一冊...【アイス】のランクDのスキル本が集まれば、ゼファーさんのスキル【幻覚魔法】と【アイス】のスキル本5冊によって、超強力なスキル【無限流氷地】に変えることができます。これを使って、更なる強力な幻影にビッグファイアーベアーをかけるのです!』


 その後の説明はというと、【無限流氷地】でパニックになっている熊さんを、俺のスキルでトドメを刺すことらしい。


『レバルドさんは、今から右通路を曲がった先にいる魔物、「さまよう鎧」から盾を奪って下さい。あの盾なら、ビッグファイアーベアーの散弾攻撃を何発か貰っても耐えられるでしょう。ただし、「さまよう鎧」を殺してしまうと、盾もろとも消えてしまいます。殺さない程度でお願いします』


 また、難しいことを...。さらりとレバルドにも要求するな。


 でも、レバルドは「あい!仰せつかまつった!」と、いともたやすいことだという感じで了解した。「盾を奪った後、ご主人様の援護を向かえばいいのだな、マゼール殿⁉」と聞いている。


『はい。それとゼファーさんですが、【譲渡】スキルで脳内に直接語りかけても起きません。そろそろ目覚めてもよいと思うのですが...』と、マゼールが俺たちに声をかけてきた。


「大丈夫ですじゃ。我にお任せよ!」


『でも、レバルドさん、脳内に直接語りかけても起きないのですよ?外部からではとても...』


 そう至極真っ当なことをマゼールは言うのだが、「大丈夫ですじゃ。我にお任せよ!」と言って聞かない。


 背負っていたゼファーを床に降ろし、耳元で「ゼファー!そろそろ起きるのじゃ!フロッグレッグを食べさせるぞ!」と、ゼファーに向かって大きな声を張り上げた。


「ひ~レバドル様!それだけはご勘弁を!」と、ゼファーは今まで気を失っていたのがウソのように、レバルドに対して土下座をした。


「蛙だけは、蛙だけは...」と念仏を唱えるように床でぶつぶつ言っている。


「ほれ、ゼファーしっかりとするのじゃ...。周りを見るんじゃ!」


「し、神父様!そ、その節はありがとうございました。あれ?蛙は...はっ!またレバドル様は、私を騙して...それもよりによって神父様の前で...」と、レバルドに対して、顔を真っ赤にして怒っている。


「今は怒っている場合じゃないのじゃ、しっかりするのじゃ、ゼファーよ」


 そう言って、レバルドはゼファーをタシナめた。


『初めまして、ゼファーさん。私はEXスキルの「マゼール」です。今から現状の説明を致しますが、その前に...。こほん!そのボロボロの衣服ではデニットさんが違うところに集中してしまいます。外套ガイトウを借りなさい。デニットさんも、早く外套を貸してあげて下さい!』


「お、おう、すまなかった。確かにな」


「な、何ですか?幻聴⁉私の脳の中で、誰かが私に語りかけて来る⁉」


 言われてみれば、至る所から綺麗な肌が見えている。胸なども膨らみも見事だし、ボロボロの衣装と奴隷の首輪の組み合わせが、いやらしく感じる。


『こほん!』


「す、すまない、俺のお古で悪いが外套だ。地上に出たら、まず洋服を見に行こう。気が利かなくてすまなかった」


 ゼファーにというよりも、マゼールに対して謝っている感があるのだが...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 マゼールは俺たちの説明と、ゼファーが気を失っていた時の状況を手短に説明した後、行動を開始することとなった。


 そんな俺たちのやり取りに、ゼファーが心配そうな声で、「私はどうすれば」と、おどおどしながら加わってきた。


 すると、『貴方には一番後で活躍をしてもらいます。今はレバドルさんに守られて、魔力回復に努めて下さい!出番は最後です!』


 気迫のこもったマゼールの声に圧倒されるかのように、ゼファーは「わ、分かりました。魔力の回復に努めます!」と答えた。


「さあ、ゼファーの意識も戻ったことだし、作戦開始だ。さっさと済ませちまおうゼ!」と、俺は首と腰回りを入念に回した。


 俺たちが話し合っている最中、熊さんは「ガウガウガ~!」と雄叫びを上げ、【炎の散弾】を乱れ打ちしていた。まったく、どれだけ元気なことだか。炎の塊がダンジョンの壁にぶち当たる音で、やかましいったらありゃしない。


 もうすぐに静かにしてやる。もうすぐにな...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『私のタイミングに合わせ下さい。いいですか?一回でも間違えれば、自分で【高度先端医療】を何度もかける羽目になりますよ。さあ、いきますよ!』


 そう言って、マゼールは俺にはっぱをかける。


 大丈夫だ、マゼール。俺はそんなヘマはしない。もう何度もマゼールのタイミングで俺は動いている。できるさ。俺と君となら。


 さあ、開始だ!


『右を曲がるまで慎重に...。10秒後、全速力で右に曲がって下さい。30m先にビッグファイアーベアーが待ち構えています。隠れる場所はありませんからね!』


 俺は全速力で右に曲がった。すると、待っていましたかのようにビッグファイアーベアーは【炎の散弾】を俺に打って来た!


『走りながら30cm右に移動!次、左に45度反転、そこでトータッチ《開脚ジャンプ》です!』


 やばい。やばい。マゼールの指示が無ければ、もろに【炎の散弾】を喰らっている!もう、目じゃない、全神経をマゼールの声に集中して戦っている。こんな戦い方をするのは俺ぐらいだろうな。


 苦笑いもできる状況じゃないが...。


 ただ、バカの様に熊さんに近づいて行く。近づくにつれて分かる。本当にバカでかい熊だなと。通路を埋め尽くしているように見える。あんな奴の横をすり抜けられるのか?


 いや、できる。


 猛然と突っ込んでくる俺に、怯えているかの様に、熊さんは【炎の散弾】を放ってくる。でも、すべてを僅かな間隔で避けてみせた。熊さんとの距離は、もうもう5mだ。するとマゼールから最後の指示が飛んだ!


『いいですか、でデニットさん!一気に股の間を潜って下さい!今です!』


 ビッグファイアーベアーと俺との距離が0距離になった瞬間、左手おおきく振りかぶり、ぶちかましにきたと同時に、がら空きの股の下をスライディングで通り抜けた。


「やった、やったぞ!」


 股の下を潜られた熊さんは、俺が消えたと思ったのだろう。キョロキョロと辺りを見回している。


 そんな間抜けな熊さんを見入っている暇は...俺にはない!


『早く逃げて下さい!距離を取って!』


 言われなくても分かっている。さらばだ、熊さんよ!すぐにまた会うけどな。さて、宝箱までダッシュだ!


「ガウ!!グワァー!!」


 俺の存在に気が付いた熊さんは、身体を反転させ、俺に【炎の散弾】を大量に打ちはなって来た。


 めっちゃ怒っている!


『デニットさん!右、左の順にステップ!その後すぐに左に曲がって下さい!』


「了解だ!マゼール!」


 俺は指示通り、T字路を左に曲がり、そのまま宝箱目指して、再度走り始めた。


『すごいですよ、デニットさん!本当に出来るとは...思っていませんでした!』


 おいおい冗談だろ...。


『冗談です。EXスキルジョークです。ただ、ビックファイヤーベアーは接近戦では両足を踏ん張って、利き手でぶちかましをします。つまり、足元はがら空きですので、股下をくぐれるのは計算通りです。さぁ、宝箱の中身を取り出して戻りましょう!』


 すげえな...。利き手は全体を見渡せるマゼールだから分かったのかもしれないな。おっと、のんびりはしていられない。宝箱、宝箱っと。


 目の前の宝箱を急いで開けると、そこには【アイス】ランクDのスキル本が一冊入っていた。


 ランクBぐらい価値のあるスキル本だな。さて、皆のところに戻るとするか。


「よし、最初の関門はクリアだな」


 そう、独り言呟き、来た道を足早に戻るデニットであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る