第8話 スキル【幻影魔法】

『そして、すぐを左です。その先の突き当りを曲がれば...2人が見えるはずです!』


 緊迫した声で、マゼールが俺に2人の存在の近さを示してくれる。近い、間に合ってくれ!


「な、何者!に、人間か!」


 曲がり角を曲がると、全身傷だらけの、背の高いやたらイケメンな男性が目の前に現れた。何とか気力で立ち上がり、俺にショートソードを向ける。ただし、俺に向けたショートソードの刃先は、ボロボロで今にも折れそうな代物だ。


 それに、身に着けている装備もボロボロ。皮の鎧だったらしき物を身にまとっている。


 そんな武器や装備で、しかも疲れ切った状態で俺と対峙しようとは...。イケメンは、自身の後ろに匿っている人物をよほど守りたいのだろう。


 片腕の無い壁によりかかっている男性のことを。


 俺とイケメンは数秒ほど見合ったが、俺に敵意が無いことを読み取った彼は「ぶ、無礼は承知だ!わ、私はゼファーという。一生かけてそなたに尽くす!だからポ、ポーションを分けてくれ!私の主君がし、死にかけているのだ!」


 目の前のイケメンは、俺の前で土下座をして頼み込んできた。助けを求める子犬の様なつぶらな目をしてやがる。嫌いじゃない...。ボロボロの自分を差し置いて忠義を尽くす、大馬鹿野郎な人間は。


「もしかして...あんたは元サンドラ国騎士団員の、ゼファー...かい?」


 そう、俺が放った言葉に全身をこわばらせ「わ、私のことを知っているのか?な、何者?」と、俺に対して構えようとするが、土下座をした姿勢から立ち上がろうとした瞬間、痛みで顔をしかめた。


「今は争っている場合ではない!俺はデニット。夢を追って45歳になっちまったバカ野郎さ。あんた達がこのダンジョンにいることを知った。瀕死の重傷という事もな。だから助けに来た。それだけだ。そこに倒れているのが...レバルドだな?」


 ゼファーに問いかけると、びくっと身体を震わせ、俺の表情を見つめ、ゆっくりと頷いた。


 レバルドは、ゼファーよりもっとひどい状態だ。


 黒く焼け焦がれたボロボロの衣服の下の皮膚は赤くただれ、水膨れも出来ている。部分的には皮膚が黒く焦げている個所もある。呼吸は浅く、苦痛で顔をゆがませている。


『意識がもうろうとしているみたいです!急いで下さい、デニットさん!仮契約をしたあと、すぐに【高度先端医療】をかけて下さい!』


 言われなくてもそのつもりだ。その為に、わざわざここまで来たんだからな。


「俺はデニットだ、あんた達の生きざまに感銘を受けて救いに来た。ただそれだけだ。すぐに楽にしてやる」


 レバルドと、心配そうにレバルド見つめるゼファ―に向かって、首元の奴隷の首輪に指を押し付けながら話かけた。


 これで2人を必ず助けると約束したようなものだ。


 だが次の瞬間、レバルドの左腕が、震えながらゼファーを示した。そう、俺は手遅れだ、だからあいつを治してやってくれと言わんばかりに...。


その行為を見たゼファーは「レ、レバルド様!あ、あなたってお人は!わ、私はあなたに最後まで守られて...」そう言って涙をボロボロと流している。


「大丈夫だよ。あんたを治した後は、ゼファーを必ず治す。安心しろ。さあ、復活の時間トキだ」


「俺のスキル、【高度先端医療】頼んだぞ!レバルドを助けてやってくれ!」


 俺の呼びかけに答えるように、レバルドの全身が銀色に輝いた。そして銀色の光に包まれたレバルドの身体は、数十秒間光り輝いた後、霧が晴れるように彼の身体から離れていった。


 レバルドの身体は、驚いたことに肌色の状態に戻っていた。ただ右腕は欠けたままだった。


 それにしても...本当に老騎士の身体か?2mほどの背丈と厚い胸板...。とてもじゃないが老騎士には見えないぞ?


 俺は呆気に捉れながら、レバルドを見つめていると、彼の回復した姿を見たゼファーが、膝から地面に崩れ落ちた。


「よ、よかった。レバルド様が...。回復されて!本当に...」


 顔をぐしゃぐしゃにして、大粒の涙が床に落ちる。俺がそこにいても、全く気にしない。本当に、ゼファーは嬉しそうだった。


「次は、あんたの番だ」


「わ、私は、もうま、魔力が...」


 何か言った様だが、俺はお構いなく、続けざまにゼファーにも【高度先端医療】をかけた。するとみるみると傷が治り、背の高いイケメンが、そこに現れた。


「あ、ありがとうございました。どこぞの高名な神父様だったのですね。身分を隠された...。神父様、私の魔力がもう底を尽きます。せっかく私まで治して頂けましたが...もう、私を置いて逃げて下さい。役に立つと言えば、私を餌として、あいつの足止めをすることぐらいですから」と、真剣な表情で俺に伝えてきた。


「今更、おいて行くわけないだろ。さあ、レバルドを2人で担いで、出口まで走るぞ!」


 しかし、ゼファーは首を横に振り、「貴方に尽くすと言っておきながら、忠義を果たせなかった...本当に、ごめんなさい...」と言ったあと、静かに目を閉じた。


「おい、しっかりとしろ!イケメン!」


 ゼファ―を抱きかかえ、急いで脈を取り、生死を確認すると、生きている。魔力が無くなり気を失った様だ。


「おい、ここまで来たんだ、しっかりとしろ!」


 やばいな、2人とも意識がない。ゼファーはともかくレバルドは、俺一人で運べても50m程が限度だろう。それに運ぶことで一生懸命になり、熊さんに見つかったらすぐにやられてしまうだろう。


「参ったな...」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺が途方に暮れていると、目の前のゼフィーの姿が歪んだ。うん?錯覚か?老眼?何か目の前のゼファ―を認識できない。ゼファ―の姿がさらにぼやけ、そこにいたはずの背の高い男性が、いきなり背の高い綺麗な女性に変化した。


「はぁ⁉」


 な、何が起こった?イケメンの姿が消えたと思ったら、綺麗な女性が現れた?銀色の髪で切れ長のまつ毛、それに両耳が尖っていた。ボロボロの皮の鎧を着ているがその美貌と種族だけは、はっきりと認識ができる。


「エ、エルフか...!」


『そのようです。そのゼファーが放っていた【幻影魔法】の効果が切れました。自分の姿を惑わしていた効果も、さらにはビッグファイアーベアーを幻覚状態にオトシイれていた作用も切れました!早く逃げて下さい!」


「グワァーゴォ!!グワァー!!」


 確かに、ビッグファイアーベアーにかけられていた【幻影魔法】の効果も切れたようだ。俺たちを執拗に探し、9階内をうろつき回っているみたいだ。足音がどんどん近づいて来る。逃げないと!でも逃げろって言われてもな...。


 2人をせっかく助けたんだ。逃げろと言っても、置いて逃げるわけにも...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「わしがサポートいたしますぞ。ボロボロの盾でどこまでお守りできるか分かりませぬが、ゼファーに守られていたおかげで、魔力は回復しております。それに、わしはあなた様に傷を治してももらいました。2人を全力で守りぬきますぞ」


 そう俺が途方に暮れていると、いつの間にか俺の傍まで近づいていたデカい図体の男が力強い声で俺に進言してきた。


「レ、レバルド...さん?」


 デカい大男が俺の前で跪いた。普通逆だよな。


「わしはあなたの奴隷ですぞ。レバルドとお呼びを。事情やあなた様の素性はマゼール様からお聞きしております。あなた様の傍でこの生涯を全うしますぞ」


 そう跪いた状態で、俺に向かって熱く語って来た。


「分かった。ありがたい話だが、今はゆっくりとしている暇はない。逃げよう!ゼファ―を担いでくれ!」


「あい、承知まつった!」


軽々とゼファーを左肩にのせた。何てパワーだ...。


『デニットさん、勝手にですが【譲渡】のスキルをレバルドに装備させ、私の能力の一部が使えるようにいたしました。まあ私と会話ができるだけですが。そして彼の脳内で事情を説明しておきました。あと、もう一つ...』


 声のトーンを1段階下げ、さらにゆっくりと『私たち4人が力を合わせれば、ビッグファイアーベアーに勝てるの為のピースが今、この9階に現れました』と、マゼールは俺に言ってきた。


「この9階にあの熊さんに勝てるピースが...出現しただって?」


『はい。やってみますか?私を信用して命を懸けて頂けますか?』とマゼールは、真剣な声色で俺に話しかけてきた。


「当たり前だ。俺はとうからマゼールに命を預けているよ」と、脳内でマゼールに伝えた。


「わしも、主様に命を預けますぞ!救ってもらった命、それにまだまだ死ねませぬ!」


『デニットさん、レバルドさん...ありがとう...絶対にあなた方を守ってみせます!そして皆様に勝利の美酒を提供します!』


 さあ、熊野郎覚悟しやがれ!俺の復活した右腕の威力とスキルを、たっぷりとくらわしてやる!


 今晩は熊鍋とエールで2人の歓迎会だ!

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