第7話 先端医療×3=?

 俺達は猛然と8階を目指した。老骨に鞭打つかのように、2階から休憩なしにダンジョン内を激走している。


 ここはダンジョンだ。敵も沢山出現する。何か問題が生じる度に、マゼールが適切なアドバイスを飛ばしてくれる。


『10m先の右端の壁に、透明カメレオンが隠れています!気をつけて下さい!あと30㎝ほど左側によって、一気に走り抜けて下さい!その後、先の十字路を右に曲がると宝箱があります!ですが、それはスルーして下さい!』


「おうよ!ありがとうよ、マゼール!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 いい感じで5階まで下ってこれたぞ。さあ、もう少しだ!


『いいペースです!デニットさん!6階に下る階段の扉が見えてきました。ちょ、ちょっと待って下さい!ドアノブに触れてはダメです!ドアノブには超強力なトラップ、「道連れ避雷針」が仕込まれています!触れたら即死ですよ!』


「「道連れ避雷針」だと?りょ、了解だ!だが、こんな悪意たっぷりなトラップ、今まであったか?まあいい、邪魔だ!扉ごとぶち壊してやる!」


 俺は7階層のドアを蹴破ろうと、左脚で地面をしっかりと踏み固め、右足に力を込めた。


 だがその瞬間..."スー"と、自然に扉が開いた。


 そして「うっ!」と、俺は思わず声をあげてしまった。


 扉の裏側には、10数名ほどの豪華な甲冑を身にまとった者たちが、全身から煙を立ち込めて「プスプス...」と音をたてた状態で倒れていた。


 ビッグファイアーベアーにやられた火傷ではない。落雷にあったかのような外傷だ。


 全員、死んでいる様だ...。


「こ、これは...」


『そうです。「道連れ避雷針」の効果です。罠にかかった者の付近にいる全員が落雷に巻き込まれる、最強のトラップです!』


 発見しにくく、多くの者を巻き込む、非常に厄介なトラップだ。


「道連れ避雷針」が仕掛けられたドアノブを、先頭の者が知らずに握ってしまった結果、残りの全員も落雷による被害を受けたのだろう...。


 ただ、こいつらは何者だ?と思いながら、一行をちらりと覗き込むと、おそろいの甲冑には「ローレル」が描かれていた。どこかの貴族の一行たちだな。下の階から避難してきたんだろう。ただ、この様子を見ると、全滅のようだな...。


 俺もマゼールの助けが無かったら...。他人事じゃないな。


 まあ、俺が弔は無くても、ダンジョンが勝手に死体を吸収してくれる。悪いがそれに任せよう。南無三...。俺らは生きている者を救う。悪く思うな。もう一度、南無三...。


 ぼやぼやしてはいられない。早く8階に寄って【知識】のスキル本を手に入れた後、レバルドとゼファーの待つ9階に向かわないと。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 8階層に入ると『デニットさん!そのT字路を左です。ずーと真直ぐに!例の...道の先の行き止まりの宝箱です!』


 あそこか!最期の最後まで俺を鍛えてくれるな。200m程、ずーと約25度の勾配が続くのぼり坂、「心臓やぶりの坂」が現れる。何となく最初にこの坂を見た時に、そんなネーミングが頭をよぎった。


 くそ、急いでいるのに、このルートの先の宝箱にあるなんて、最後まで俺を試そうとしているのか?こんな坂、余裕で登り切って見せるわ! 


 走り出しはよかったが、100ḿ程で、脚が重くなり息も上がり、あれ?おかしいな?


「はぁ、はぁ、やっとあった!宝箱だ!この中に【高度先端医療】作成に必要な最後のピース、【知識』のスキル本が入っているんだな...」


 俺はでかい口を叩いたものの、結局、宝箱の前でへたり込んでしまった。ただ、ぼやぼやと座っている場合ではない。宝箱を開けて出発しないと!だが、トラップなどないだろうな?


『デニットさん!罠は無い様です。それを取って、急いで9階に向かいましょう!さあ、宝箱を開けて下さい!』


 マゼールも興奮している様だ。さあ...開けるぞ!これで【高度先端医療】に必要なピースが揃う...はずだ!


「おお!」宝箱には、Dランクの【知識】のスキル本が入っていた。やっとこだった。何といっても【先端医療】3冊分だからな。時間も労力もかかるよな。


「よし、【高度先端医療】に必要なスキル本は全部手に入ったぞ!」


 ダンジョン内で大きな叫び声をあげ、喜びを爆発させた。


 そんな俺に対してマゼールは、『お疲れさまでした。次は私の番です。それとまだ...』と心配するかのような声で、俺に言葉を投げかけてきた。


「分かっている。急いで8階の扉まで戻る。それまでにマゼール、Bランクの【高度先端医療】を完成させてくれ!」


 よし、今行くぞ。俺は、8階の扉に向かって「心臓やぶりの坂」を思いっきり駆け下った。膝が笑う。俺の表情は違った意味で笑っている。


 ついにそろった。ついに【高度先端医療】のスキルが完成する!


『デニットさん了解です。いまから【先端医療】を混ぜて、【高度先端医療】を作ります。ナビもしながら行いますので、走りながら聞いて下さいね!』


 マゼールは続けざまに、『ではデニットさん、混ぜ混ぜしちゃいますよ~!危険ですよ~!』と、いつもより気持ち早めで、スキルの融合を開始しした。そして、この「混ぜ混ぜしちゃいますよ~」は欠かせないパートらしい。


 心臓やぶりの坂を下り、扉が近づいてきた付近で、『 「EXスキル【混ぜるな危険!】の効果によって、ランクCの【先端医療】3冊が混ざり合い、ランクBの【高度先端医療】が作られました!』と、マゼールが喜び一杯の声で、俺にスキルの完成を伝えてきた。


「やったなマゼール!この調子で、レバルドとゼファーの2人も救っちまおう!喜びがさらに大きくなるだろうしな」


 そうマゼールに伝えた。


 すると、『そうですね!無事にダンジョンから出たら、2人の歓迎会とBランク取得祝いですね!あとデニットさん、今のうちに【高度先端医療】で右腕を治して下さい。ビックファイアーベアーとすぐに戦闘になる恐れが高いですから!』と嬉しいことと、不安なことを続けて話して来た。


 そうだな。移動しながら治してしまうか...。約20年間悩まされた右腕とも、これでお別れだな。「さあ...治れ!【高度先端医療】!」と、俺が頭の中で念じると、右腕が銀色の暖かな光に包み込まれた。


 そして次の瞬間、銀色の光が大気中に溶け込んだ後、現れた右腕は筋力も、愛用のダガーを握る感触も、あの頃と全く同じであった。


「よ、よし、戻ったぞ、俺の右腕が戻った!」


 泣きそうになり、走りながら上を見上げた。でも...泣いた。我慢できず冷たいものが頬を伝った。長かった。20年。どんどん若い連中に追い抜かれて行った。は~長かったな...。


『デニットさん...』


「だ、大丈夫だマゼール...。一気に行くぞ!俺は今、戦いたくてうずうずしているんだ!この手で、戻ったこの腕で、ビッグファイアーベアーを切り刻んでやる!」


 そう言いながら、俺は右手に持つダガーを力強く握りしめた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さあ、レバルドとゼファーと初対面だ。生きていてくれよ!俺のスキルじゃ、死んじまったら生き返らせることはできないからな。


 はぁ、はぁ、8階の扉が見えた...。この扉を開け、階段を下れば9階だ。


「ま、間に合ったのか?まだ2人は生きているか?」


 俺は乱れ切った呼吸を整えながら、脳内でマゼールに問いかけた。


『まだ生きていますが、2人ともボロボロな状態です!生きているのは精神力で持っている様なものです!特にレバルドは、あと5分も持たないでしょう。急いで下さい!』


「任せろ!マゼールもう9階の扉が見えたぞ!」


 急いで階段を下ると扉があった。その扉を開けようとした瞬間、『ダメです!今開けてはダメです!デニットさん!』と、マゼールが焦った声で呼び止めた。


 その直後、「ドシーン!ドンドン!」と、前方の扉に何かがぶち当たり、扉が大きく揺れた。


「な、何が起こったんだ⁉」


『何かを察知したのでしょう、ビッグファイアーベアーの遠隔攻撃スキル、【炎の散弾』です!強力なスキルです。当たれば大怪我どころではすみませんよ!』


 おいおい、遠距離攻撃も可能なのかよ。よくもまあレバルドとゼファーは生き残っているな。昔の俺なら1分と持たなかっただろうな。それに...よく今の攻撃をこの扉は耐えたな...どうでもいいが。


『今です!扉を開けて、すぐに通路の右側にできるだけ体を寄せて、最初の十字路まで走って!そして次の角を右に曲がって、そのあとは左です!』


「了解だ!」


 マゼールの細かい指示が飛ぶ。ただ扉を開けた瞬間、目の前に炎の塊がふっとんできた!


「うぉ!」


 頭部と身体の上部をやや強引にひねって、炎をよけた後、マゼールの指示通り、通路の右側を全速力で駆ける。右の肩口がダンジョンの壁にこすれるが、お構いなしだ。急げ急げ!左側をものすごい勢いの炎の塊が通過していく。


「グォオオォ!!グガァ~!!」


 ビッグファイアーベアーは吠えまくり、怒り狂っている。所かまわず【炎の散弾】攻撃を止めようとしない。


「マゼール、もしかしたらあの熊さん、俺やゼファー、それとレバルドの位置が分かっていないのか?」


 とにかく辺りかまわずに【炎の散弾】を、乱れ打ってくる。


『そのようです。ゼファーの【幻影魔法】の術中にはまっているようです。でも、頼りのゼファーの魔力も、底を尽きそうです...。早く助け出しましょう!2人はここからそう遠くありません!間に合います!デニットさん、次を右です!』


 ここまで来たら、絶対に2人を助け出してやる。そして、あの熊さんを倒す!俺の復活した腕と【雷炎氷刃士】のスキル。そして、2人を【高度先端医療】で治療して、仲間に加えれば...勝てる!...だろう。


『次は右です。そしてすぐを左です。その先の突き当りを曲がれば、2人が見えるはずです!』


 もう少しだ、もう少しだけ耐えてくれ!レバルド!そしてゼファー!

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