第4話 炎の剣使い+氷+雷=?

 マゼールの指示のもと、今日もダンジョンの1階から3階を行ったり来たりだ。45歳までの大半を、冒険稼業を片手間に行ってきた身体には、それはキツイ。まあ、全部自分のせいだけどな。


 しかし、マゼールのおかげで、【炎の剣使い】に必要なスキル本の回収は無事に終わった。そして、【混ぜるな危険!】の効果で、ついに、俺はランクC持ちのスキル保有者になれた。


 するとマゼールの方から、『おめでとうございます。後は右腕さえ治ったら、憎きジャッカル達を、処刑することができますね』と言われた。


 こわ!


 いつもと変わらぬ、にこやかな声で俺の脳内に語りかけて来た。こらこら、物騒なことをさらりと言わないの。


 マゼールは、最初こそは機械音であった。しかし、あだ名をつけて密に会話をとるようになってからは、やわらかく、感情の起伏を示す女性の声へと変わった。


 なので、余計にこの発言は恐ろしい。


 でもそうだな。次は【先端医療】のスキル本集めだな。でも、1つ問題点がある。なかなか【知識】のスキル本が出現しない。


 2週間ほど、【先端医療】と【炎の剣使い】の作成に必要なスキル本を集めてきた。だが、【知識】のスキル本が、なかなか現れない。


 そんな感じで【知識】のスキル本の回収を優先しつつ、ダンジョン内でスキル本集めをしていたら、【先端医療】ランクCよりも先に、【炎の剣使い】ランクCが出来上がった。


 遂に俺も...ランクC持ちになれた。ステータスを脳内で開いて、EX波及スキルの枠の【炎の剣使い】を見ると、DからCへと変わっていた。は~。何度見ても表情がにやついてしまう。そんな俺を、いつも現実に戻すのが、マゼールである。


『ほら、ほらデニットさん。急いで3階に行きますよ。これから先、必ず必要になると思われるスキル、【譲渡】が出ましたよ。今回獲得できれば、6冊になります。急いで下さい。あまりたらたらしているのなら、脳神経細胞を数千個破壊しますよ』


 また恐ろしいことを。本当にやろうと思えばできるから...怖い。


 ただ、俺と違ってマゼールは、非常にしっかり者で頼りになる。そして、常に先を考えて俺を誘導してくれる。本当にありがたいことだ。


「マゼール、いつもありがとうな。マゼールは寝なくていいのか?」と俺が聞くと、いつもの口調から、少し早口の口調に変わる。


『わ、私はEXスキルよ!睡眠なんて必要ないわ!そ、それよりも、わ、私に感謝しているの?ふ~ん。そ、そうなのね。まあ、引き続きアドバイスをしてあげるわ。か、感謝しなさいよ!』と、一気にまくしたてる様に話す。


 マゼールにも、可愛い所もあることに最近気が付いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 2週間で集められた【知識】のスキル本は、全部で7冊であった。


 ただ、この7冊を集めるのも大変だった。寝ている時もマゼールから問答無用で起こされて、夜中、寝衣のままダンジョンに駆け込んだこともある。


【知識】のスキル本はあと3つ。【治療】スキルはあと1つだ。もう少しなんだけど...3日ほど立ち止まっている。


 そんな【先端医療】とは裏腹に、【炎の剣使い】のスキルは、俺の身体や攻撃スタイルに馴染み、戦闘で大いに役立っている。


 右腕の状態に変わりはないが、以前よりもより滑らかに、そして的確に相手の急所への攻撃が可能となった。更に【炎の剣使い】の効果として、炎の追加ダメージや延焼をしばしば敵に引き起こし、大ダメージも与えられるようになった。


 この【炎の剣使い】能力のおかげで、俺は安全にダンジョンの5階層まで潜れるようになった。


 しかし、マゼールは現状で立ち止まることを許さず、『デニットさん!【炎の剣使い】ランクCのスキル本を混ぜませんか?』と俺に聞いてきた。


 さらにマゼールは、『ランクCの【炎の剣使い】と、【アイス】、それに【サンダー】の各ランクDのスキル本を混ぜますか?』と俺に聞いてきた。


 そしてマゼールは、『コホン!』と咳ばらいを1つした後、『3つの異なるスキルを混ぜると、危険なことになりますよ~!それでも混ぜますか?』と尋ねてきた。


 この聞き方は変わらないんだな...。


「マゼール、君のお勧めなら、勿論混ぜるよ」と俺は告げた。


『そ、そうですか。も、勿論私のお勧めですよ!では、混ぜ混ぜしちゃいますよ~!危険ですよ~!』


 マゼールは明らかに嬉しそうな声を出して、軽快にスキルを混ぜ合わせている様だ。


 愛用のズタ袋から、【アイス】と【サンダー】のスキル本が、勝手に飛び出してきた。そして、ページが勝手に開き、その文字だけが俺の頭の中に入って来た。


 さあ、ここからだ。どんなスキルに変化するんだ?


『EXスキル【混ぜるな危険!】の効果によって、【炎の剣使い】ランクCのスキル本1冊と、ランクDの【アイス】のスキル本1冊、更にランクDの【サンダー】のスキル本1冊が混ざり合い、ランクC−のスキル本、【雷炎氷刃ライエンヒョウジン士】(仮)となりました!』


 そう、完成を待ち望んでいる俺の脳内に、マゼールの飛び切り弾んだ声が、流れてきた。


 ちなみに今回のC−の−は、足りていないスキル本があることを、表わしている様だ。


 ランクCのスキル本、【雷炎氷刃士】となるためには、あと、【アイス】と【サンダー】のランクDのスキル本を、49冊集める必要があるみたいだ。


 ただ、そこまで難しいものではない。【アイス】も【サンダー】も、【ファイア】や【剣術】ほどではないが、出やすいスキルだから。


 それに、やだ!【雷炎氷刃士】!格好いい!


「私、ランクCの【雷炎氷刃士】です」って名のりたい!


 俺が一人ニヤニヤしていると、『ほらほらニヤニヤしていないで下さい。ぼやぼやしていると、橈骨動脈に血栓を作りますよ?もっともっと高みに臨みますよ!』と、えらいやる気だ。鬼コーチみたい。


 そんな鬼コーチから、『バラモンの酒場でご飯を食べ次第、またダンジョンに向かいます』と、30分間の休憩が与えられた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「デニット、デニットってば!」


 バラモンの酒場兼宿屋で飯をほうばっていると、目の前の椅子にエレンが勝手に座って来た。


「何だエレンか、何か用か?」と、口いっぱいに「バラモンの酒場」のオーナーである、ラークお手製の超大盛チャーハンを詰め込んでいた。味はランクDだが、量だけはEXクラスだから、それなりに客はいる。まあ、客の殆どは落ちぶれた冒険者だが。


 成功している奴らは、もっと旨い料理を出す店に行く。エレンがうろつくような場所ではない。まあ男なら、ラークの娘のキャラットを目当てに、店に来ることも考えられるのだが...。


「何か用かじゃないわよ!何よ、最近全然捕まらないじゃない!どこに行っていたのよ!安場の娼館に通って、病気になったって知らないんだから!」


 そう俺の顔を見るなりエレンは、可愛い顔をプリプリとさせ怒っている。ただそんなことはお構いなく、俺は胃と口の中に、超大盛チャーハンを詰め込む作業にいそしんだ。


 夜中まで俺は、ダンジョンを周回する予定だ。無駄なおしゃべりを楽しむ余裕などない。鬼コーチからは30分しか、休憩時間を与えられれていない。


 そんな俺たちのテーブルに、バラモンの酒場のオーナーの娘である、キャラットが近づいてきた。

 

「何、また来たのエレン?あなたの様なご立派な、「氷の翼」のリーダー様が来るようなお店ではないわよ、うちの店は?用が無いなのら向かいの高級料亭の「サラモン亭」で、美味しいお食事をお食べ下さいな。アイスの女王様」


 そう嫌味を込めて、エレンに突っかかるラークの娘キャラットが、「ドン!」とテーブルにエレン用の生ぬるい水を置いた。そして「大銅貨1枚ね」とエレンに告げた。


 しっかりとお金もとる様だ。


 この超大盛チャーハンが大銅貨5枚分だから、案外しっかりとお金をとるな。そう思いながらも俺は、ラークの作った超大盛チャーハンを、また胃に流し込んでいく。味に気が付く前に、お腹に流し込まないと。


「フン、樽ごと払ってやってもいいわよ!」と、エレンはエレンで「バシン!」と、これまた大きな音を立てて、テーブルの上に大銅貨を叩きつけた。


「ふ~、ごちそうさん!キャラット。有難うよ!また、夜来るよ!」そう言って、席から離れようとすると、「ちょっと、デニットってば!」と、俺の右腕を掴む。「あっ」と言って慌てて、俺の右腕から手を離した。俺の手を握って照れ臭いのと、右腕の古傷を見て、何かを思い出したようだ。


「傷のことは、お前のせいじゃない。忘れろ...。それに俺は忙しい。キャラット、いつもの部屋の一週間分の代金だ」


 そう言って、超大盛チャーハン代と1週間分の宿代をテーブルに置いて、立ち上がった。また、ジャッカルたちに見つかると、面倒だしな。


「はい♡デニットなら、いつでも無料で私の部屋に泊らせてあげるわよ♡それに、お父ちゃんが作る不味いご飯じゃなくて、私が作ってあげるのに♡」と、俺の腕を強引に自分の胸に押し当てた。


「はは、またその時は頼むよ」


 俺は、キャラットの豊満な胸の谷間からするっと腕を外し、店を出た。


「「もうデニットったら!」」


 二人の美女が文句を言っているのを、背に聞きながら、いつものダンジョンに向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『おもての様で』


 マゼールがぼそりと呟いた。今の声は機械音だ。こういう声の時、マゼールは怒っている。だから、下手に刺激をしないのが得策だ。


「そんなことないさ。エレンとキャラットとは昔、色々あっただけさ、色々とな...。ただ今は、マゼールと一緒にスキル本を集めているのが、一番楽しい。ありがとうよ」


 マゼールに脳内でお礼を言うと、『バ、バカじゃないの?お礼なんていらないわよ。私は、あなたの脳内に寄生しているだけなんだから。ほ、ほら、急いで5階の東の宝箱に行って!【知識】が現れたみたいよ!』


 さあ、さっそくスキル本集めにいそしむか。


 俺は首を左右に傾け、ぽきぽきと鳴らした後、急いで5階層の宝箱を目指して走り出した。

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