第3話 回復+治療+知識=?

 俺は、あの【混ぜるな危険!】のスキルを手に入れて以来、夢中でダンジョンに入り浸る様になった。


【回復】スキル同士を混ぜ合わせることによって、ランクDからランクCに上げることが可能なようだ。


 ただ、【回復】のスキルをランクDからCに上げるには、200冊の【回復】ランクDのスキル本を集める必要がある様だ。


 簡単にはランクCに、上げてくれない様だ。でもいい。希望が持てる。希望が持てない人生を送っていた者からすれば、贅沢なご馳走だ。


 だから、俺は酒場で飲み潰れたり、娼館通いも無くなった。


 そう、酒場や娼館通いに明け暮れていた俺が、昔の少年の頃の夢に向かって走り回っている。欲望まみれだった数日前の日々がウソのようだ。


 いいや、何も変わっていないか...。欲望の対象が変わっただけだ。酒やお姉ちゃんから夢や希望に...。俺は何も変わっていない。はずだ...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 本当に宝箱からは色々なスキル本が出て来る。まあ全部、ランクDではあるが...。


【精神】や【宝くじ】、それに【知識】や【夜の帝王】などが手に入った。一応売らずにとってある。


 少し前の俺なら、所得スキル欄の最後の三冊目に、夢を捨てて【夜の帝王】を入れていただろうな。何だか確信できる自分が悲しくなる。


 スキル【回復】のランクアップを目指して、ダンジョン内の宝箱を探して走り周っていると、ランクDの【治療】というスキル本が見つかった。


 う~ん。今持っている【回復】と同じ様なスキルが出てきたな。この治療スキルもよく出る。効果は2つともほぼ同じ。


 2つとも、自身を含めた対象者の傷や怪我を治せるスキル。ただし、【回復】は教会関係者が好んで使用し、【治療】は村にある診療所で働く治療師が主に使用している。


 この【治療】のスキル本が、回復ならよかったのにと思っていると、脳内で俺を呼びかける、あの声が聞こえた。


『 【回復】、【治療】、【知識】、これら全てのランクDのスキルを、混ぜ合わせますか?』と、【混ぜるな危険!】が脳内で俺に尋ねてきた。


 さらに、『3つの異なるスキルを混ぜると、危険なことになりますよ~!それでも混ぜますか?』と尋ねてきた。


 スキルを混ぜ合わせるって、単独や2つだけじゃないのか?確かに【回復】と【治療】は似ている。混ぜ合わせれば、治療効果は倍増するだろう。でも、【知識】ってなんだ⁉これらを混ぜることによって、何になるんだ?


 まあ、混ぜてみるか。悪い方向には転ばないだろう。うん。


「ああ、混ぜてくれ。頼んだぞ」、そう伝えた。


『了解です!混ぜ混ぜしちゃいますよ~!危険ですよ~!』と、どこか嬉しそうに【混ぜるな危険!】は返事をして来た。


 スキルが混ざり合って、どんな物が出来上がるのか、非常に楽しみだ。それがこっちも嬉しくなってくる。


 すると、各種のスキル本のページが勝手に開いて、文字だけが俺の頭の中に入って来た。これは前と一緒だ。


 さあ、ここからだ。どんなスキルに変化するんだ?


『EXスキル、【混ぜるな危険!】の効果によって、【回復】ランクDのスキル本50冊と、【治療】のランクDのスキル本1冊、更に【知識】のランクDのスキル本1冊が混ざり合い、ランクD+のスキル、【 先端医療】となりました!』


 そう完成を、待ち望んでいる俺の脳内に【混ぜるな危険!】の声が流れた。


 はい~⁉何だ【先端医療】スキルって?それもランクD+って何なの?初めて見たぞ?


 おい!何なんだ?この【先端医療】ってスキルは?


 俺は驚きのあまり、ダンジョン内の天井に向かって無意識に聞いていた。


 よかった。近くに他の冒険者がいなくて...。すると【混ぜるな危険!】は、どや顔ならぬ、どや声で『先端医療は、最先端の治療技術をもつスキルのことです』と言った。


 更に、『回復や治療なんかとは比べ物になりませんよ。すごいでしょ~。危険でしょ~』と、俺の質問に答えた。


 ほ~凄いな!って、俺の質問に返事を返せるんかい!


「何で今まで、詳しい説明をしてこなかったんだよ!」


『なぜって、私に聞いてこなかったからですよ?当りまえじゃないですか?変な人ですねぇ?』


 また、イラついてきた。こいつは実体がないから、ダンジョンの壁に投げつけることも出来ない。って、スキルがしゃべるなんて聞いたことが無いぞ?


「喋るスキルなんて聞いたことが無いぞ?」と、俺はややイラついた声で、実体のない【混ぜるな危険!】に話しかけた。


 あと、実体がない分、話かけにくい。だから「どこを向いて話せばいいんだ?それに、声を出さないとお前とは会話ができないのか?」とも聞いてみた。


『私はですね、デニットさん、EXスキルですよ?そこいらのスキルとは一緒にしないで下さい。EXともなれば、意思疎通ぐらい当たり前ですよ』と、少し俺を小バカにするような言い方で答えてきた。


 さらに、『デニットさん、脳内で私に語りかけて下されば結構ですよ。ぷぷぷっ。どこを向いて話せばって?私はデニットさんの脳内にいるんですよ。私の方に向けるわけないでしょ?』


 また、小バカにした様な感じで俺に話しかけてきやがった。今度は、しっかりと笑いやがった。あ~燃やしたい。でも、直接攻撃ができない。理不尽だ。


『おい、それよりも、ランクD+ってなんだ⁉初めて見たぞ?』と、脳内で【混ぜるな危険!】に話しかけた。


『ランクD+とは、スキル本のどれかが余剰にある状態を示しています。今回ですと、【回復】のスキル本はもう集める必要がないという事を示しています』


 なるほどな。元々、スキルを混ぜるなんて聞いたことない。だから、+何て記号、つく訳ないもんな。


 ですから、デニットさん、ランクDの【治療】と【知識】のスキル本を39冊と9冊、それぞれ集めて下さいと言ってきた。



 コノヤロー、簡単に言いやがるな。


 ちょ、ちょっと待ってくれ。【治療】のスキル本は、宝箱から比較的に出やすい。だが、【知識】のスキル本は、めったに出ない。


 バラクール星には、スキルが腐るほど存在する。それなのに、どうやって珍しいスキルを手に入れろというんだ?下手すりゃ、何年単位の仕事だぜ?


 簡単に言いやがって、集めるこっちの身にもなってみやがれ!


 ただ、この土地のダンジョンのいい所は、上層階の宝箱の中から、深層でしか手に入らない様な物が出る場合があることだ。


 まあ、確率は非常にまれだけどな。だが、その恩恵を受けたのが、ジャッカルとエレンだ。


 2人は、ダンジョンの上層階でランクCのスキル本を手に入れた。


 ただ、さっきも言ったが、それは非常にまれなことだ。俺なんて20年ほど上層階を行ったり来たりを繰り返している。しかし、ランクCのスキル本など、手に入れていない。


 俺の生きざまを見てくれれば、すぐに手に入る物じゃないということが、分かってもらえるだろう...。


 俺が少し凹んでいると【混ぜるな危険!】が、何でお前は落ち込んでいるんだ?という感じで、俺に話しかけてきた。


『大丈夫ですよ。私がいますから。何といっても私、EXスキル本ですから』と言った後、さらに話を続けてきた。


『私が宝箱の中身を確認し、お伝えしますよ。デニットさんの右腕の状態から判断して、このダンジョン内で安全に潜れるのは3階までです。1~3階には宝箱が15個あります。敵の位置なども私がお伝えしますので、安全に、そして確実に、お目当てのスキル本を手に入れることができます』


 すげえな。当たりの分かった宝箱を取りに行くだけってことだよな。


『さあ、頑張りますよ、デニットさん。ハッスル、ハッスルです!』


 この、EXスキル本の突然の提案によりデニットは、共同作業を行うことになった。


 まあ、言われる通りに、3つのスキル本まで導いてもらうか。今は、この【混ぜるな危険!】に身をゆだねて動くのが一番いいだろう。


「じゃあ頼むぜ、【混ぜるな危険!】...」


 何だかしっくりとこないな。堅苦しい。そうだな...。


「混ぜるなだから、なんてどうだい?マゼール頼んだぜ!」


『マゼールって、わた、私のことですか!す、すごくいいです!素敵です!い、いえ...。ま、まあ、デニットさんがどうしてもというなら、そのあだ名でいいですよ。しょうがないですね。デニットさんは。と、特別ですからね!』


 何がしょうがないのか、いまいちわからないが。気に入ってくれたのかな...。


『さあ、どんどん混ぜちゃう為にも、デニットさん!2階の右奥の宝箱まで走って下さい!宝箱の中に【治療】のスキル本が出現しています。あと2分で宝箱の中身が変わってしまいますよ!』


 もっと早く言えよ!


 そう言いながらデニットは、2階に続く階段に向かって急いで走りだした。

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