第7話 炎上II
まだ暗い中を、電気もつけず。俺は視線でディスプレイを割らん、とばかりの圧力を持ってスマホの画面を睨んでいた。
「謎の男の正体発覚!?」
望遠の動画を拡大したのか、画質は荒く不鮮明だ。しかし俺なのは間違いない、このラーメン屋には覚えがある。ふらりと入ってみたら麺はブヨブヨ、スープは水の量を多い方に間違えた袋ラーメンより薄くそのくせ野菜は生煮えと、ありえないほどのマズさで忘れられるはずもないあのクソ店だ。おかげで顔中をクシャクシャに歪めた
(……やってくれる!!!!)
足の力が抜けそうになるのをぐっとこらえ、動画の視聴を続ける。画像のガビガビ感と相まって、これだけでは顔バレにほど遠い。だが、身バレについてはもう手遅れだろう。この写真を取られたということは、俺の存在を認識されているということだ。クソッ、間違いなく会社まで特定されてるぞ。っていうかこの特定速度、密告者は社内か? ああ、同じ路線で通勤してるヤツって線もある。何にせよ社長が怒り狂う姿が目に浮かぶようだ。
「……いや、落ち着け。まだどうにでもなる」
そう、結局は顔が似てるだけ、背格好が似てるだけだ。ダンジョンでの戦闘を録画されたわけじゃない。しらを切り通せば終わりなのはこれまで通り、防衛ラインは少しも下がっちゃいないんだ。あとは噂が消えるのを2ヶ月半待つだけ、動かざること林の如しと武田信玄も語るジャパニーズトラディショナルスキャンダル対応で逃げ切ればいい。俺はゆっくりとつばを飲み込んだ。ダンジョンに入れなくなるのは痛いが、チッ、いい教訓とするしかねえか。いや、いい機会だし溜まった有給消化して次は九州にでも行くか? 高天原ダンジョン、一度行ってみたかったんだよな――
(――なっ……!!??)
だが、そんな甘っちょろい計画を夢見ていた俺の甘さをあざ笑うかのように、それは現れた。スマホの画面に映し出された、一人の男――
「まーたパースが狂ってるじゃねーか!!!!」
うんざりした表情で特製ネギラーメン(\730)から顔を背けた瞬間、顔面のモデルが崩壊した男。ついこの間どこかの違法転載動画で見たような崩れ具合だ。そうそう、ここのチャーシューがなんか臭い上に微妙に酸っぱかったんだよなあ。クソッ、思い出したらムカムカしてきたぜ! あのラーメン屋、客にまずいメシ食わせるだけでなくこの仕打ちとは、絶対許さねえぞ!!
(……だが、これで言い逃れは難しくなってしまった。どうする?)
冷や汗が
(うちの社員だというのはバレただろうが、俺個人が特定されたわけではない……か?)
まあ、そこは時間の問題だろう。うちの会社はブラックだ、ちょいと小金を握らされれば口が軽くなる社員は多いだろうし日頃の恨みから
(……結局、同じ事か)
完全なスクープを取られビビってしまったが、冷静に整理すれば事態はそんなに動いていない。話は至ってシンプル、俺が実力を見せない限り証拠不十分、疑わしきは罰せず、推定無罪。価値があるのは冒険者としての男であって、顔が似てるだけの俺じゃないのだ。
「しらを切るしかねえ」
この映像もただの偶然か加工、それかやらせと言い張るしかない。
結論が出てしまえばスッキリだ。あとは社内の抑えか? こんなことで貴重な正社員の地位を失うことはできない。パイセンへの借りが増えるのは恐ろしいが、上手いこと社員をコントロールしてもらうしかない。俺はSNSなんて小洒落たものはやってないから、掘られて困る情報も無い。ネットで少々騒がれたところで60層の空飛ぶクソ目玉が使ってくるクソ精神攻撃に比べれば屁でもないのだ。「いやー全く困っちゃいますよねー」とか何食わぬ顔で愛想笑いしておけばいいのだ。
そうだ、もう冒険者みたいなヤクザな家業は卒業したのだ。汗水たらして働き、サラリーを得る。そんな真っ当な社会人としていきていくのだ。お天道様に顔向けできるような、陽のあたる場所を歩いて行くのだ。幸運に次ぐ幸運で巡り会えた会社、何としてでもしがみつき、骨の髄までしゃぶり尽くさないとならないのだ!
(ま、最悪住所まではいいさ。そこから先は地獄を見てもらうことになるが)
俺の名前は珍しいからな、経歴を洗うのは簡単だ。綺麗に生きてきたとは
「……コイツ、あれか? 社長のときと同じやつか?」
恐れが治まると、次に湧いてくるのは怒りだ。投稿者を確認すればやはりだった。前回の炎上の拡散原となった例のアルファインフルエンサー様が、懲りもせず転載動画で広告料を稼いでいるらしい。しっかしまあひどいもんだな、さも無色透明な中立的一般人が発言している体で他人のプライバシーをじゃんじゃん拡散してやがる。恐怖を通り越して狂気すら感じる邪悪さだぜ。
(
もちろん、そんな掃き溜めに集まるコメントも酷い。
『昼はうだつの上がらないサラリーマン、その実態は……』じゃねーんだよ、ちょっとグッと来ちまったけど別人だよ『盗撮は勿論、特定なんてアウトもアウトでしょ』そうだ、よく言った! 『これだけじゃ何とも』いや、分かるだろ。別人だよ別人『似てなくない?』そうだ、似てないぞ。全っ然似てないぞ『でもこんなパース崩壊した人類他にいる?』いねーししてねーよ『どう見ても別人でしょ』だろ? 『ほら、こっちの顔面の方がより崩壊してる』テメーHN【ブブ・ブラジル】、特定したからな! 今から行くからその首キレイキレイしとけよ!!
……しかし、だ。一度は鎮火したかに見えたこの問題、なぜ再燃してしまったのか? どうも発端は「とみーチャンネル」らしい。アンチや野次馬、害悪系アルファに扇動された正義の人々(のフリをした愉快犯どもだろう)があの女をバッシングに次ぐバッシングした結果ファンが過剰反応、あり得ない粘りと精度で俺を特定し、責任をなすりつけようとしているようだ。曰く『ダンジョンでの配信は合法、映り込みもOKって判例も出ている。とみーは悪くない』『自分から映りに来てガタガタ言うのはおかしい』『動画を消せなんて表現の自由の侵害、人権を理解しない中世のサル以下』『アイツがきちんと対応しないからとみーちゃんが炎上した』『3人位殺してそう』『責任を取って脱ぐべき』『メガネがダサい』等々、近所のドブ川よりも臭い流れに鼻が曲がりそうになる。全くもって逆恨みもいいところ、やっぱり配信者の質が悪いとファンの質もお察しだな。法律が法律がって、お前らの辞書に人倫とか正義って言葉は無いのか? 法律が死ねって言ったらお前は死ぬのかよ!? あと最後! メガネは関係ねーだろメガネは!! そもそも伊達だっつーの!!
(クソが、絶対許さねえぞ)
とてもではないがこのままではいられない、いられるはずもない。怒りは俺の体を、俺の指先を衝動のままに突き動かし、電子の海へとその感情を叩き込んだ。
『今日、サボっていいすか?』
だが、先輩からの返信は俺を心胆寒からしめるものだった。
『私、今、貴方の家の前にいるの』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます