第6話 方面軍


「ガハハハハハ!」


 魔物のつるりとした頭を魔導バーナーで炙りながら、俺は下品に笑った。


「50層ボスと言えども大したことはないな!!」


 青く透き通ったウンディーネは頭部を真っ赤な火に包まれ、水の大精霊というアイデンティティー喪失の危機に陥っていた。



 ババアの店に魔石を投げたり安全そうな素材を貸倉庫へ隠したりと、あれから数日間は慌ただしく過ぎていった。夜逃げまがいの甲斐あって、うちの家にガサ入れされてもヤバそうなことにはならないだろう。ただ、魔物素材なんてどんな化学反応が起こるかわからないし、それが40層50層とくればなおさらだ。きちんとした保管庫を手配したほうがいいかもしれない。


(とりあえずの手は打った。あとは世間様の出方を見ながら、か……)


 しかし、それからの動きは俺の予想に反し静かなものだった。流れの早い時代だ、世間の話題は芸能人のスキャンダルやスポーツ選手の活躍、政治家の入院などにかき消され、あの動画も一部冒険者界隈を除いてすぐに忘れ去られていった。


「昨日行ったラーメン屋がな、死ぬ程マズくて逆に笑っちまったぜ」

「あー、あそこッスか。醤油豚骨食べました? マジヤバいッスよ」


 ビクビクしながら便所飯をキメていた暗黒時代は過ぎ去り、外回りのついでに外食して帰るくらいの余裕も、それをネタに小田と盛り上がるだけの元気も出てきた。社長のクソ命令はいつも通りだが、それもまた日常と粛々と業務をこなすだけの日々が帰ってきた。ジョニーたちは変わらず優雅な泳ぎを見せてくれていた。もはや平穏は取り戻された。


 俺は勝ったのだ。


 世界で初めての、インターネットに勝利した男。この称号に比べれば時間の問題なだけの50階層突破なんて屁みたいなもんだな、なんせ世界の法則を覆してみせたんだからよ。俺は晴れやかな気分でダンジョンへと足を運び、無罪放免の喜びをそのままに突っ走っては魔物相手にストレスを晴らして回った。俺はひとり放免軍だった。もはや何人たりとも俺の前に立ち塞がることは出来ない、こんな「恐怖! 水ようかん女!」みたいな女郎なんか怖くもなんとも無いぜ!!


「オラオラ、これが炎上ってヤツだ。いい勉強になるだろぉ~!?」


 迷宮の50階層に俺の笑い声が響く。群馬県は前橋市が誇る一大山岳型迷宮、赤城ダンジョンだ。


 日本は山が多く、古くより信仰を集めてきた。そして、ダンジョンはパワースポットに出現する場合が多い。結果として、山岳型は日本でスタンダードなタイプの迷宮の一つとなった。と言っても、ゆるい登山道を歩いたり切り立った崖を登らされたり、超巨大な単層で構成されていたかと思えばミルフィーユと揶揄されるような超多重構造になっていたりと、その内実は様々だ。


 赤城ダンジョンは山頂のカルデラ湖のほとり自体が入口になっていて、そこから下っていく山岳型ダンジョン――と思われてるのは最高到達階層が25層だからだな。30層からは石畳や玉石が敷き詰められた、神域っぽい雰囲気になる。ダンジョン研究家が見ればよだれを垂らしそうな構成だ。


 そんな神聖な領域の主神? が怒りに震えながら撒き散らす水の弾幕を、柱に隠れてやり過ごす。パーティーだったら大打撃だろうが、自分の身だけ守ればいいから楽なもんだ。こいつ、案外ソロの方が倒しやすかったりするのかもな。


(そう考えると、赤城山を引いたのはラッキーだったぜ)


 有給も使って連休を作り、群馬くんだりまでやって来た甲斐があったってもんだ。大学2年以来だから5年ぶりか? あの時は40層のボスを倒して帰ったんだっけかな。取引先の役員がここをホームにしてたらしくて、ヨイショしながら話を聞いていたら久々に潜りたくなったんだが、あのおっさんには感謝だな。


「よっ、と」


 柱に隠れながら丸いデバイスを転がしてやると、弾幕が集中する。おっ、魔物の注意を引く囮グッズ、効果あるじゃねえか。2秒と持たずズタズタにされたけどな。こんど開発班を褒めといてやるか。


 俺が扱っている製品は今みたいな迷宮技術を取り入れたセキュリティ用品だ。人間相手はもちろん、いざ魔物が氾濫スタンピードであふれてきても対応できる、というのが我が社の売りだった。営業先となる企業の防犯対策関係者に多いのは元警察官や元自衛官、そして元冒険者――俺のメインターゲットだ。


 元冒険者相手の売り込みは実に楽だ。ご自慢の冒険譚に適当に相槌を打っていれば勝手に自分で気持ちよくなって、なんなら契約までしてくれる。こちとら冒険者経験十数年、冒険者がおだてられて気持ちよくなるツボは知り尽くしてるからな。下っ端生活3年を経て編み出した必勝パターン、ようやく胸を張れる成績が出せるようになってきたところだ。あんなクソ動画で俺の積み上げを無駄にされなくて本当によかったぜ。


 乱射の切れ目を狙って柱から飛び出し、石畳を縦横無尽に走り回って火炎瓶を投射。青く透き通った精霊様の体を真っ赤に飾り立ててやるたび甲高い叫び声が上がる。


「ガハハ、お前は所詮インターネット以下の女ってことよ!!」


 超音波みたいな声を撒き散らしながら、頭頂部を文字通り真っ赤にして走り回るウンディーネ。最初は水の槍を伸ばしてきたり水壁に姿を隠してみたりと厄介な相手だったんだが、すっかり面白系モンスターの地位を確立してしまったな。


 いや、ウンディーネは間違いなく強敵だったんだ。真正面からぶつかれば俺もただではすまなかっただろう。だが、シチュエーションがまずすぎる。いかにも水の神殿でござい、なんて建物があったらさ、真っ先に対策取るだろ?


 水属性(なんてゲーム的な!)の耐性を上げる指輪とタリスマンを着け、水耐性ポーションも飲んで入れば大正解ってわけだ。


 とはいえ、最初は有効打を与える手段が見つからず難儀したがよ。ウォータースライムにガソリンぶち込むと楽しい、というどこかで見かけた話をヤケクソで試してみたらこれがなかなか効果があって助かった。いや、普通はこんなにうまく行かないんだろうが、ウンディーネ様に不運だったのは俺が倉庫のこやしになってた資材をいろいろ持ち込んでたことだな。さすが63層産、使い道の分からない謎オイルなんだが階層が10も違えばよく燃えるぜ。


(しかし、なんでウンディーネなんだろうな。和洋折衷にも程があるぜ)


 カルデラ湖のど真ん中、というだけなのか? ま、ダンジョンは滅茶苦茶だからな、論理的な回答を求めても仕方がないか。40層のボスは無駄にデカい鬼だったし道中も和風っぽい敵が多かったしよ。おかげで突然現れた西洋風の神殿が浮きまくっていて、そりゃ警戒もするぜって話だ。


「物理無効は面倒だし、俺も持ち合わせがなかったら泣きながら帰るしか無かったかもな」


 追加で火炎瓶を投げつけると、ウンディーネが身を捩って苦しむ。切っても殴っても利かず、その上こいつ多分火耐性も持ってるだろ。普通にクソボスだよクソボス。だが、実態があるだけまだマシなクソだ。シルフとかいうクソカス野郎、いや、あれも女郎か? なんか最悪だったからな。全身が気体で攻撃は当たらないし、魔法を打ち込もうにも逃げ足まで一級品ときてやがる。結局部屋ごと燃やしてやったんだが、あれに比べればこっちは小火ぼやだよ小火。そう考えるとサラマンダーちゃんはいい子だったな、殴ったらきちんと死ぬもんな。


(残る四大精霊はノーム、になるのか?)


 もうね、土属性ってだけでクソの匂いしかしないぜ。無駄に硬いくせに攻撃力も高くてよ、そんで絶対地面の中に潜って逃げたり回復したりするんだろ。うんこだようんこ、色も似てるしよ――


「……あ」


 俺がうんこ色のうんこに思いを馳せている間にウンディーネの姿は消え、代わりに青く輝く巨大魔石が焦げた床の上に転がっていた。いかん、これでは大精霊様の思い出がうんこ一色になってしまう。ウンディーネ、お前は強敵だったよ。うん、こっちの攻撃を無効化するところとか、そう、こんかいはたまたまこううんだっただけ。


「ふう、またつまらぬボスを倒してしまった」


 あまりにも雑なフィニッシュ、だがまあ他の迷宮の素材を持ち込んでの攻略はダンジョンの基本だ。冒険者の知恵に敗れ去ったと思っておいてほしい。


(まだまだ余力はあるが……潮時か?)


 水分補給をしながら、体調を確認する。ここは観光資源にもなってるし、うっかり潰しちまったら面倒なことになるよなあ。到達階層も更新したし、この辺で満足しとくべきだろう。温泉にソースカツ丼も待ってるしな。


 俺は41層にマークだけつけると、ポーターで帰還した。宿に戻って露天風呂に浸かり、美味い飯を食ってビールも2本、おっきりこうどんまで追加し、いい気分で布団へと潜るとあっという間に朝だ。はー、こんなに爽やかな目覚めはいつ以来だ? 人生って、素晴らしいなあ。


 このとき、俺は完全に油断していた。


 真の意味で、その恐ろしさを理解していなかったのだ。


「なっ……」


 スマホの目覚まし無しで気分良く起床した、週明けの月曜日。社長からの着信の嵐を無視して確認した、浜川先輩のメールに記されていたアドレス。


「なんじゃこりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!???????」


 リンク先にデカデカと掲載されていたのは、俺の隠し撮り動画だった。



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