第5話 取引


「ヒーッヒッヒッヒ、何の用……おやおや、こんなしょぼくれた店に有名人がご来店とはね」

「やめろ」


 猥雑な繁華街の裏道の裏道を進み、いかがわしいお店のプレートが並ぶ雑居ビルの裏手へ回る。崩れかけて廃墟にしか見えない階段を降りナンバーロックの壊れたドアを開けると、怪しげな匂いと怪しげな笑い声が俺を出迎えた。


 ゴチャゴチャと狭苦しい上無駄に薄暗く、おまけに薬品臭くてたまらない。雑貨屋というよりは占いの館という感じの店内に、やはり占い師のような皺くちゃのババアはいつも通り不機嫌そうな顔で座っていた。


「つけられてないだろうね」

「そこまで耄碌もうろくしちゃいねえ」

「ふん、ならいいさ。今日は何だい?」

「ちょいとヤボ用でな、引っ越しすることになるかもしれねえ。いい機会だし荷物を整理して、不用品を売りに来た」

「そうかいそうかい。何やら大変だったそうじゃないかねえ」


 どっしりとした木製のカウンターにアタッシュケースを乗せる。婆さんは無言で合鍵を回し中身の検分を始めた。


「……俺、有名人か?」

「残念ながらもう過去の人だねえ」

「そりゃ婆さんの方だろ」

「失礼だね、あたしゃあと200年は生きるつもりだよ」


 初めて会ったときからすでにこの姿だったババアは超後期高齢者のはずだが、いやはや強欲なことだ。ま、このご時世において生き汚いのは大変な美徳だ、と言うか本当に謎の薬でも発明して実現しそうなので困るぜ。


 婆さんはいつものルーペを左目に当て、少しでも値切りの材料を探すかのようにめつすがめつ魔石を眺めた。


 婆さんとの付き合いは長い。俺がダンジョンに潜り始めてからそう時間も経ってない頃からだから、もう20年近くになるのか。俺がまだ冒険者でなかったころ、まだ法律の整備が追いつかずダンジョン産の資源がネットオークションなんかに出回っていた頃だ。今すぐお迎えが来るんじゃないか、遺産で揉めて足がつくんじゃないかと取引を考えるほどヨボヨボだったのに、あれから干支も一回り半、ピンピンしているどころか年々健康になっているように見えてならないが、怪物ってのは俺なんかじゃなくこの婆さんみたいなのを言うんだろうよ。いや、この場合は妖怪か?


 カウンターに片ひじ突いて身を乗り出し、ささやくように尋ねる。


「どうだった? あの動画で俺を特定できそうか?」

「アタシゃアンタの力を知ってるからね、結びつけるのは簡単さ。普通の人には無理じゃないかねえ、少なくともシラを切ればそれ以上の追求は出来ないだろうさ」


 魔物の素材を裏ルートで流す手前、婆さんには俺の実力をある程度話してある。動画がフルフェイス着用だったとしも、婆さんなら特定していただろうな。


「ま、そんなアタシでもアンタの顔が伸びるとは知らなかったがね」

「顔は伸びねえよ」


 てめーの寿命じゃねえんだよ。


 ヒッヒッヒ、と不気味に笑う婆さん。だが、この証言は心強い。ババアとパイセン、俺が知りうる限りの二大怪物モンスターが揃って特定不可のハンコを押してくれたんだからな。勝ち確と言ってもいい。


「世間一般はそれでいいだろうけどね、協会はともかく大手クランや企業は血眼だよ」

「チッ、やっぱりか」


 せっかくの喜びもつかの間、ババアが容赦なく冷水を浴びせてくる。


 正直、冒険者協会エクスプローラーズギルド――正式名称は何たら迷宮こうたら協会なんだが、だれも正確な名前で呼んでない――からの聴取を一番警戒していたんだが、今のところ音沙汰は無い。現状俺の個人情報を握ってるのは会社とギルドだけだ。その気が無いなら助かるが、俺を特定できてないだけならまだ油断はできないな。ま、なんだかんだ言って協会は公的機関、個人情報漏洩で大炎上した前科もあるし表立ってヤバい動きはできないと思いたい。


(問題は企業とクランか……)


 竹ざるに山と積まれた綺麗なだけのガラス石を一つ、手慰みにもてあそびながら考える。大手クランは数あれど、高尾山の23層で活動できる戦力を有しているのは多くない。で、そんなトップ冒険者たちはほぼほぼ名前が割れているのだ。今頃は採用担当者が走り回って俺の情報を集めてるだろうな。


 そして、企業だ。国からの配給だけじゃ研究開発にはとてもじゃないが足らない。ダンジョンを飯の種にしている多くの大企業は、自前の冒険者チームを組んだりクランと契約して魔石を集めていた。ダンジョンは放置していると氾濫スタンピードの危険があるし、自発的に潜ってもらえるなら国としても願ったりだ。もちろんウチにも、ウチの親会社にもある。こっちも血眼だろう。


 生半可な鑑定系スキルじゃ抜かれない自信はあるが、パイセンみたいなユニークスキルだとちょと分からねぇからなあ。だが俺の活動範囲は都心でもないし、高尾山からも距離がある。まさか都内の人間全部に鑑定を掛けるわけにもいかないだろうからな、よっぽどの不運でもなければバレやしないだろう。


「ま、そんときゃそんときだな」

「こら、商品を雑に扱うんじゃないよ!」

「商品? こんな河原で拾ってきたガラス――はぁ? 磨いただけのゴミが3000円!? いくらなんでもボッタクリ過ぎだろオイ!」


 だからいいんだよ、などと容疑者は意味不明な供述をしているが、いくらなんでも生き汚さが過ぎる。


「ババア、欲のかきすぎは早死の元だぜ。俺が持ってきた魔石で満足してろ」

「フン、やかましいガキだね。アタシゃずっとこれでやってきてるんだよ」


 ババアはルーペを置くと、手の腹で目を揉んだ。


「フー……ミノタウロスの魔石10個、確かに受領したよ。悪かったね、アタシの依頼のせいで面倒事に巻き込まれたんだろ?」

「おいおい、気持ちわりいこと言い出すなよ。そろそろ死ぬのか?」

「こんなに連続で中魔石を鑑定させられちゃ寿命も縮むってもんさ。慰謝料が必要だねえ」


 【鑑定】は精神力を消費する。それが自分よりも上位の魔物の魔石ならなおさらだ。そんなミノタウロスの魔石を10個、何に使うかは知らねえが依頼を受けたのは俺だ。


「ダンジョンに入れば全ては自己責任だ。部外者が口を出すんじゃねえよ」


 高尾山を選んだのも、ひと仕事終えた後にワンちゃんたちとダラダラ遊んでたのも俺だ。そこには俺とダンジョンしか居ない、他の誰かの責任になんて出来るはずがない。


 冒険者の大原則、全ては自己責任――


 ――いや、あのタイミングで高尾山に潜ったのも社長の結婚式のせいだからな、つまり社長が悪い。俺はクソボンを殴る理由リストに新たな一行を追加した。


「それより入退出が管理されてるダンジョンはしばらく無理だぜ」

「コカトリスの魔石は当面駄目そうだね。最近は正規品の値上がりがひどいんだが、フン、まあいいさ。これでレベル3の目処はついたからね」


 レベル、ステータス、スキル――あのクソッタレな「Great Revolution大変革」により、ダンジョンとともに現れたクソみたいなシステム。魔石は国の専売品だ。それがリスク承知で持ち出される理由の大半は、スキルレベルを上げるためだった。魔石は【錬金】やら【調薬】クラフト系スキルの素材になる。家での暇つぶしにはもってこいだろうし、レベル3ともなれば大手から引っ張りだこ、一生食いっぱぐれはなくなる。


 大変革とその後の「Expansion拡張」により家族を失ったものは多い。俺もそうだしババアもだ。あの時、国も社会も俺達を守ってはくれなかった。俺達は自分で自分を守るための力を付ける必要があった。それが、後ろ指をさされるようなものであっても。同じ考えで冒険者になるやつは多かったし、それで死んだやつも大勢いた。だが仕方ない、世界は塗り替わったのだ。新しいルールは至ってシンプル――力こそ全て。


 俺はダンジョンに狂い、ババアは唯一残った孫のため後ろ暗い取引に手を染めた。それでも、を生き残り、家族を守るために手段は選んでいられないのだ。


 ババアはミノタウロスの魔石を箱詰めして金庫にしまうと、再びルーペを取った。


「……こりゃ初めて見るね、何の魔石だい?」

「あ? あー、何だっけな……こっちが亀か、じゃあスカイシャークだな。50層のやつ?」

「無茶苦茶だね……アタシの【鑑定】じゃ見えないはずだよ」

「この赤いのがファイアリザードで、こっちは……うーん、思い出せねえな」

「いくらなんでも適当すぎるんじゃないかね……」

「知らねえが多分雑魚だろ」


 真っ当な冒険者であれば、適法で買取価格も安定しランクポイントもつく協会に下ろしたほうが得だ。ゴブリンやスライムならともかくそれなりの品質の魔石や迷宮素材を継続的に横流ししているのは、冒険者としてのランク上げやスキル上げをするつもりがなく、かつ裏ルートに伝手つてがある俺みたいなごく少数の人間だけだった。あとヤクザ。


 ま、横流ししたくても出来ないってのもあるだろうけどな。目立たず騒がず、長期に渡って安定的に購入してくれる相手なんて簡単には見つからない。その点婆さんは自分で目利きも出来るし、魔石は全部自分と孫のスキル上げに突っ込んでいる。関係者が2人だけだから足がつく可能性も低いし、作成したアイテムやポーションは支払い代わりに俺が有り難く使わせてもらってる。Win-Winってやつだな。


「値段は勉強してもいい。うちにあっても邪魔なだけだし、いつでも取りに行けるからな。在庫一掃セールだ、お安く提供させてもらうぜ?」

「この小さい魔石一つですら、大手クランや企業の研究員が目の色を変えるんだけどねえ」


 細く長く、安全確実に利益を積み上げる。冒険者のコツと同じだ。持ち出しの違法化で取引先の整理を迫られはや十数年。失敗も多い人生だが、ここを選んだのは間違いなくファインプレーだったな。


(貴重な取引先だ、潰されるわけにはいかねえ。今日の取引が終われば、当面は近づくのもやめたほうがいいだろうな)


 婆さんはルーペを下ろすと眉間を揉み、長い息を一つ吐いた。


「ふう、流石に疲れたよ。計算は後でいいね?」

「それは構わないが……」


 俺はそれを机の上に積んだ。


「あと4ケースあるんだが」

「アタシを潰す気かい」




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