第4話 炎上


「おお!」


 俺は思わず腰を浮かして叫んだ。


「あの女、爆発炎上してんじゃねえか!!」



 クソ社長のクソ残業命令をこなして遅めの帰宅、冷凍ちゃんぽんをレンチンしてすすりながら、俺はネットのニュースを漁っていた。あまりがっつき過ぎると特定の恐れがある、不自然でない範囲で昨日の事件について調べると、例の女が謝罪動画を上げたとニュースになっていたのだ。画面から飛び込んできた朗報に、自然とガッツポーズが出る。飛び散った汁がタブレットの画面を汚したが、そんなのは些細なことだった。俺は自分の口がニヤケを止められないのを自覚した。よっしゃ、カス共よくやったぞ!!


 やはりあの女は魔物からドロップした宝箱の罠解除に失敗してテレポーターに掛かったようで、楽しいはずのライブ配信は一転阿鼻叫喚だったという。そりゃそうだろうな、ランダムに転移させられて生きていられる可能性なんて統計上は3割も無かったはずだ。ギルドの危険度リストでもトップ5に入る凶悪トラップにかかり一時通信途絶、深い階層へ送られたのは確実だった。それが謎の男に助けられ、奇跡的な生還を遂げた。リアルタイムで爆発的な話題となり、SNSのトレンドを占領したという。まあそれなりの冒険者が事故って死にそうなんだからな、サーカスとしては最高だったろうよ。


(……しかし、「有名Diver『とみー』、無関係の素人を無断ライブ配信して謝罪」か……)


 アイツ、有名人だったんだな。


 Diverとは「Dungeon-Liver」の略であり、ダンジョンに潜る様子を配信するやつらを指す。ダンジョンライバー、略してダイバーあるいは単純にライバーと呼ばれ、ここ十年で一般化した存在だ。当初は胡散臭い鼻つまみ者と見られていたが、人類の対ダンジョン史において幾つか重要な情報を提供したり、氾濫スタンピードの兆候を素早く察知し悲劇を未然に防いだりと幾つかの成果を上げるにあたって、それなりに使える鼻つまみ者としてクラスチェンジした、まあギリギリ必要悪の皆さんだ。体張って脅威から守ってくれてるのは間違いないからな、身近な英雄、目に見えるヒーローという部分があるのはアンチの俺からしても認めざるを得ないところだ。ま、それはそれとして嫌いなんだけど。


 お、これか。「とみーダンジョン配信chチャンネル」、略して「とみダンch」、チャンネル登録者数15.1万人……うーん、配信とか見ないから規模感が分からねえな、Xitterサイッターアカウントは……フォロワー7.3万人!!??


(オイオイ、めちゃくちゃ有名人じゃねーか!!??)


 背中から滝のように吹き出す汗は、入れすぎた唐辛子のせいだけではないだろう。は? 昨日の配信が同時視聴者数50万!? おいおい、ワールドカップかなんかか?


 ニュースを追うにつれ、焦りが募る。スープの味が分からなくなっていく。クソッ、油断した! まさか、あの一部始終が全世界50万人の衆目にさらされていたとは。あんな、あんな――



『冒険者なら分かるだろ? こっちは背中を見せてるんだ、変な動きを見せたら――殺すぞ』



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」


 俺は両手で顔を覆い床を転がった。あああああああ!!!!!!! こんなん祝日明けの小学校じゃ男子がみんな「一度しか言わないからよく聞け」とか「冒険者なら分かるだろ?」とかやってるやつじゃねーか!!!!


 こたつ台が揺れ、汁がどんぶりから溢れる。ど、どうして俺は邪魔だし23層とか余裕だしと横着してフェイスガードすらしていなかったんだ……!!


(……いや、落ち着け)


 所詮はライブ配信、一過性のものだ。あの女は元動画を削除しているし、かなりしっかりとした呼びかけを行い動画の拡散に対抗してくれていた。誰がどう見たって被写体の同意を得てない不当動画で、撮影者自身が取り下げと転載の禁止を名言しているのだ。真っ当な人間なら、正常な社会ならこれで話は終わるはず――


 だが、そこはインターネット、他人を玩具おもちゃにするためなら法律もルールもクソ喰らえの無法地帯だった。俺の動画はありとあらゆる言語に翻訳されて拡散され、SNSではコラ画像が散乱し、マッシュアップ動画が幾つも投稿されて人気を博していた。俺は顔を覆った両手の隙間からその惨状を呆然と眺めることしかできなかった。一晩でコレかよ。ネット、速度が早すぎるだろ。


(クソが! こいつら全員肖像権と著作権侵害で訴えてやろうか!!!!)


 人を人体分割可能な着せ替え人形にして楽しむクズどもはもちろん、報道と称して情報を広めるニュースサイトや「紹介しただけ」と開き直る自称一般人、果ては「検閲に当たるので著作権者であると証明された人物からの要請に基づいてしか削除はしない」と被害の拡大に余念のないSNSオーナーも出る始末。あぁ? 俺の権利を侵害して儲けた広告料は美味いか!?


 ことここに至っては、力を隠している余裕など無い。俺は本気を出した。引き出しからマウスを引っ張り出してタブレットに接続、左ボタンを連打して電子の海を泳ぎ回り必死で勝ち筋を探った。消費者庁、被害者救済団体、匿名相談窓口、弁護士、税理士、動画サイトの本社、日本オフィス、子ども科学相談室、CEOの住所――ありとあらゆる可能性にすがった。だが、全ては手遅れだった。


 認めるしかない――


 俺は負けたのだ。ネットの悪意という怪物には、ステータスもスキルも無力だった。この小さな2つの手には、もはや流れを止める術は無い。かくなる上はシラを切り続けるしかないのだ。幸い、ブッチギリの一番人気は顔面パース崩壊の場面だ。あのイメージが広がってるうちは現実の俺と結びつける奴は出てこないだろう、いや、全然幸いじゃねーんだけど。殺すぞ。


(こりゃ引っ越しは確定だな。その前にマズそうなブツを処分して、防犯用のデバイスも増やしとくか……)


 うちには自費で購入した我が社の製品や、試供品や試作品が転がっている。「ダンジョンで生まれた対魔物用技術! 確かなセキュリティーをご自宅に!」なーんて言ってるけどな、お前43階層で試したらアラーム一つ鳴らす前にシャドウドッグちゃんのサッカーボールとして大人気だったぞ。ま、魔素の薄い地上ならしっかり働いてくれるだろ。錠前追加して、ついでにドアの外にカメラも増やしとくか。だが、その前に――


「……」


 びしょびしょになった畳と、すっかり伸び切ったちゃんぽんを見下ろす。





 俺は部屋を掃除すると現実逃避に平日は禁止している2本目の発泡酒を開け、もう一度シャワーを浴びてふて寝した。


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