十七、巡らせる思考

 牛車に揺られる。

 聞こえる鳥のさえずりも、簾の窓から見える景色も、すっかり変わった。普段なら負の感情に苛まれながらも、五感を働かせ、限られた空間の中で四季の移ろいを感じていたはず。


 だが今日は、様々な出来事が頭の中を駆け回る。


 次期主人様の登場。藤君ふじのきみと私だけに下された退去命令。そして突如再開したいの依頼。


 時は流れ、四季は移ろいだ。なら貴族たちの関係も変化して当然のはず。立て続けに起こった今日の出来事も、不思議なことではない。

 それでも、胸の奥に漠然とした不安が残る。


 血縁関係を簡単に抹消する貴族社会。残酷なこの世界で梅君うめのきみは生き残った。

 空いた次期主人様の妃の座に身を滑り込ませ、私たちを切り離す。いくら梅君うめのきみでも直接手をかけることはしないと思う。

 だが、彼女の加護なら、望む未来へ事態を持っていくことは可能だろう。


 暴力をを振るわれ怯える藤君。なぜか藤君宛に依頼された訪い。これも全て梅君うめのきみの思い通りだとしたら……



 背筋がゾクリと冷たくなる。少しだけ籠を上げて辺りを見回した。


 見慣れた牛車の中。もちろん、そこに梅君うめのきみの姿はない。彼女が近くにいるなんてありえないのは分かっている。

 理解していても、この目で確認せずにはいられなかった。


 籠を被り直し、再び暗い世界で頭を働かす。いつもなら、牛車の中では訪いのことしか考えることはない。奪うだけの私の加護で救いを求める人たちと出会う。自身の不甲斐なさを毎度のために証明させられる。


 そんないが再開する。

 初めは私に対する嫌がらせかと思っていた。しかし、さらに醜くなった貴族の世界を目の当たりにして、私の中に別の可能性がよぎった。


 主人様の薬を用意するために多くの税を納めさせる。その対価として行っていたのがいだ。

 主人様が亡くなった今、税は本来の量に戻る。でも、それを嫌った貴族が強引に動いたなら……

 残念なことに辻褄は合ってしまう。



 「加護女様、そろそろご準備を」



 牛車の外から聞きなれた声がした。慌てて簾がかけられた窓に近づき、外の世界に目を凝らす。

 一面に広がる田畑と点々と並ぶ家。今更になって車輪から伝わる道の荒さに気付かされた。


 立て続けに起こった出来事と、そこに潜むであろう悪意の数々。いくら頭を働かせようが、この問題は解消することはない。


 でも、依頼相手にこちらの事情は関係ない。何かに悩み、苦しみ、足掻き、最後の最後に願いを託す。それが訪いだ。


 『身分など関係なく皆が幸せに生きる世界を作りたかった』


 あの夜、教えてくれた主人様の想い。たとえ唐突に再開したとしても、それだけは引き継がなければならないのだ。


 籠に覆われた暗い世界で目を瞑る。そして胸に手を当てた。

 頭の中を飛び交う不安は消えることはない。だが、それも手のひらから伝わる鼓動がじわりと和らげてくれる。


 虐げられてきた過去。不安に染まった未来。大切なのは、どちらでもなく誰かが助けを求めている『今』だ。


 気付けばわだかまりは胸の奥へと沈んでいた。


 しばらくして車輪が道を撫でる音が消える。

 外から聞こえる牛の鳴き声と金具の音。一連の作業が終わったのか、ゆっくりと前に座席が傾く。



 「……加護女様。よろしいでしょうか?」



 いつもなら到着したことを伝えられるはず。「よろしい」という言葉も本来であれば「準備は出来たか」という意味で認識するのが普通だろう。

 だが簾に隔たれていたとしても、舎人の重苦しい雰囲気は充分感じる。



 「加護女に謝らねばならないことがあります」



 今まで幾度となく行われてきたい。それが今日初めて謝罪から始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る