十、元気な少女
波打つ地面。鉛が縫い付けられたような四肢は動かすごとに軸がぶれる。
外の空気は暑いのか寒いのか。籠で隠した顔では、風を感じることも出来ない。
一歩を確実に進む。それが出来れば充分だ。
「加護女様っ!」
男性の声がする。この声は少女の父親だ。
「娘は⁈ おらの娘は無事だ⁈」
「おい! 加護女様に近寄るな!」
歪み、色使いも減った景色。熱を帯びた眼球では景色を見るのですら億劫だ。
それでも、目の前の光景を見ないわけにはいかない。
籠の中から必死に目を凝らすと、飛びかかって来そうな父親を羽交い締めにしている
そっか。私が家から出てきたから。加護女としての仕事を終えたと思って。だから、あんなに取り乱して。なら何か言わないと。
父親は
「おっとう!」
今度は背後から声が聞こえた。春風を思わせる柔らかく暖かい声。
きっと満面の笑みを浮かべているのだろう。表情くらい振り向かなくても容易に描ける。それほどまでに明るい声だった。
「花!」
「おっとう!」
互いに呼び合い、足音が駆け抜ける。風で揺れる着物が四肢の錘を軽くした。
細腕で
少女を抱え、咽び泣く声は籠って聞こえた。
あの家には物が少なかった。
加護女の訪問に、慌てて片付けをした可能性はある。だが洗った痕跡もなく放置された食器が、その可能性を否定する。
この家は二人家族だ。もともと働き手が少ないなか娘が病気になった。痩せ細った父親の体から察するに、飯もろくに食べず仕事や看病をしていたのだろう。
身を粉にして働きながら集めた薬草。「薬草の種類が足らない」なんて口が裂けても言えない。
極限の状態で最大限の努力をした。それでも朽ちていく未来は避けられない。だから加護女に頼ったのだ。
「……ありがとうございます、ありがとうございます!」
ふと父親が顔を上げる。頬を涙で濡らし、鼻先は赤くなっていた。
娘の身を案じ、娘のために全力を尽くした父親。それでも救うことの出来なかった娘の病を治したのだ。
感謝の言葉をいくつ並べても、釣り合わない。そう思っているのだろう。
「お礼はもう――」
「加護女様はおらを神様の子にしてくれただ!」
感謝をやめさせるための言葉。それを少女の意味不明な言葉が遮る。
その意味を聞けば納得はできるが、あの場にいなかった父親には彼女の言葉の意味を理解できるはずがない。案の定、涙で崩れた父親の顔が怪訝な表情へと変わる。
「神様の子?」
「んだ! だから病気も全部治っただ!」
「……ではこれで失礼いたします」
抱き合う二人の隣を静かに過ぎ去る。
色数が少ない。空間が歪む。音も籠って聞こえる。
あの親子がまだ抱き合っているのか、頭を下げているか。それを確認することですら億劫だ。
歩くことだけに集中し、牛車を目指す。そんな私の容体を悟ったのか、
触れることはない。しかし、すぐに私を助けられる位置に。
何も聞かず、何も話さず、ただ私に歩幅を合わせ隣を歩く。
それの態度が心地よく、苦しかった。
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