五、加護女の事実
背筋がゾクリと凍る。
壁に囲まれた部屋に風は吹き抜けることはない。この寒さはもっと別のものだ。
「……役目の放棄」
普段なら私が作った少しの猶予の間に治癒を行い、最悪を免れたか確認する。
しかし今日は何もしない。つまり二人は意図して選んだのだ。主人様を救わない未来を。
「何か?」
足を止めた
質問には答えねば。しかし、穏便にことを済ませるように。
そう思い震える体を動かす。見上げた先には、温度の失せた鋭い視線がもう一つ増えていた。
「……その……主人様を病気を治すのが、私たちの、
「貴方の加護は『奪う』だけ。しかも奪えるのは痛みや苦痛といった形のないものだけ。おまけに奪っても、時が経てば本人に返ってしまう。私の加護による指示がなければ、今のように的確に病の原因を奪うことすら出来ない。お情けで妃に選ばれた貴方が、私たちに楯突くのですか?」
「……」
必死に絞り出した言葉は正論によってねじ伏せられた。
私の加護は使えない。それは私が一番理解している。
限られた女性にだけ発動する『加護』という不思議な力。それら持つ私たちは『加護女』と呼ばれている。
治癒、未来視、運命操作、読心術、天候操作。
人智を超えた加護は使い方よっては人を殺めかねない。だからこそ、この土地を統べる領主は考えた。
『有能な加護女を自分たちの妃にする』と。
生まれが重要視される貴族社会を覆す提案。
上級貴族は自身の地位を守り抜くため。平民は憧れの貴族の地位をものにするため。
多くを欲した先代の主人様は貴族社会をより残酷なものへと変えた。
生まれた赤子の性別はどちらか。加護は発動するか。その効果は使えるものか。
産声をあげた瞬間に落胆される。
過度な期待を抱きながら子を育てる。
それに裏切られると血縁関係すら抹消される。
階級が全ての世界では珍しいことではない。
私もそのはずだった。
「それに私たちが何をしようが無駄です。未来の確定した屍をどう治せと?」
「わぁ! 姉様ったら大胆な発言ですねー」
薄暗い部屋に響く声量。抑揚。姿勢や些細な動作まで。どれも、いつもと変わらない。二人は紛れもなく通常だ。
だからこそ、一層不気味だった。
私たちの生活は主人様の権力の元で成り立っている。
たしかに主人様は病弱だ。もう長くないと陰で噂されている。そんな主人様の治療が私たちの役割の大半と言っても過言ではない。
だが事実がそうだとしても、主人様を愚弄していいのだろうか。
「そうですね。私にしては大胆でした。ですが問題ありません。昼過ぎまで夢の中ですので」
「さすがお姉様! あ、ところで
姉を褒め称える妹が私の方を向く。彼女を象徴する麦色の髪がふわりと広がった。
猫のような目がきゅっと細くなる。笑顔には変わらない。だが、姉に向けるものとは明らかに違う。言葉で表すのなら嘲笑という言葉が正しいのだろう。
込み上げる小さな苛立ちと、それを覆い尽くすほどの悪寒。無能な私の予感は見事に的中する。
「そろそろ加護の代償が出るんじゃない?」
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