四、免れた後に
流れる時間は遅く、部屋を満たす空気は重い。
それを彼女の言葉が吹き飛ばす。
「免れました」
息を小さく吸い込み、顔を上げる。顔の右半分を手で覆った状態で主人様を見つめる
彼女の言葉に安心し、主人様に
荒く繰り返す呼吸は静かになり、眉間に出来たシワはもうない。
病により起こりうる最悪の未来。それから免れたのだ。
すっかり冷たくなってしまった手。もう一方の手で揉みながら、一人温めていく。まるで、頑張った自分を褒めるように。
病に苦しむ主人様。知らなかったとは言え、私の手で苦しい思いをさせてしまった彼を救うことが出来た。
振り出しに戻っただけの事実が、今は只々嬉しい。
「貴方の仕事は終わりましたよ」
「あ、はい! すみません」
貫くような言葉が、浮き足立つ私を正気に戻す。顔を上げた先には冷たい目があった。
私の役目はその場しのぎでしかない。僅かに出来た猶予の隙に治癒で治し、事態を免れたか未来を確認する。
何度も繰り返したことのある一連の流れ。普段なら分かっているはずのそれも、主人様を救えた喜びが思考回路を鈍らせた。
座ったまま
「さて、
斜め前を向いた梅の君の視線は温かく、声も柔らかい。心なしか口角も少し上がっている。私に向けられる物とは全くの別物だ。
普段からこのような話し方なのか。邪魔者が消えたから優しくなったのか。真相は分からない。
ただ私の存在が不快にさせているのは間違いないのだろう。
息を止め、込み上げる感情に蓋をする。このまま部屋の隅で気配を殺していれば迷惑をかけることはない。
「本当ですか? お姉様」
「……何度も言わせないでください。私は貴方の姉ではありません」
「分かってますよー、
「まったく……仕方のない『妹』ですね」
「やった! 本人からの許可いただき!」
両手を挙げた少女を梅の君が優しく見つめる。
血は繋がっていないのに、姉妹のように慕い合う。聞き飽きたやり取りと、分かりやすい嫌がらせ。この場にいるだけで、自然と吐き出す息が重くなる。
「さーてと。お姉様からの許可も得ましたし……そうですね。今日はやめておきます」
「分かりました。それでは今日はお休みということで」
謎のやり取りを終えた二人は徐に立ち上がる。咄嗟に身をすくめるが、そんな私を気にすることもなく部屋を歩く。
「え?」
僅かな猶予の間に治癒を施し、事態を免れたか未来を確認する。
これまで幾度となく繰り返してきた一連の流れ。その仕事が変わることはない。この仕事のために私たちは妃に選ばれたらはず。なら役目を果たすのが私たちに与えられた義務だ。
しかし、彼女たちは何もすることなく出口へと向かう。
そう、何もせずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます