73話 短編④ 修学旅行前

その① 三日前


 どうも中川 麻衣です。今日は紅子ちゃんがとんでもないことを言い始め、放課後になって黒野さんが居る二年生の教室まで足を運びました。

 そうして紅子ちゃんは黒野さんを前にして高々と宣言したのです。 


「黒野さん、アナタが居ない間、私達が相談を引き継ぎますので安心して下さい」


 紅子ちゃんがそんなことを言うので私まで恥ずかしくなりますが、紅子ちゃんが言い終わった後、ガラガラと教室の前の扉が開き、佐藤先輩が怒りの形相で入って来ました。この人、いつも突然入って来るので怖いです。


「なーにを言ってんのかな?黒野さんの一番弟子の僕を差し置いて」


「あら佐藤先輩じゃないですか、アホ面下げてどうしたんですか?」


「せ、先輩に向かってその口の利き方はなんだ。やはりこんな礼儀知らずに相談は任せておけない。そうですよね黒野さん?」


 黒野さんはそう問われて、欠伸交じりにこう答えました。


「別にどうでも良い」


 言葉の通り、黒野さんはこの争い自体がどうでも良いのでしょう。私も心底どうでも良いのですが、紅子ちゃんがやりたがっているので口は挟みません。


「どうでも良いなら、僕が相談を請け負っても良いんですよね?」


「何を言ってるのよ‼佐藤先輩に相談したら逆に相談者が路頭に迷うわよ‼」


「なにぉ‼言わせておけば‼」


 いがみ合う二人、こうなると面倒臭いですが、黒野さんが再び口を開きました。


「佐藤、お前も修学旅行だろ?米沢も一年生なのに二年の教室で相談なんて受け持とうとするな。白い目で見られるぞ。分かったらこれ以上不毛な口論するな。子供じゃないんだから」


『……はい』


 二人のシンクロ返事でこの場は収まりました。やっぱり黒野さんは凄い頼りになりますね。




その② 前日の夜


 黒野 敏子じゃよ。孫の豆子が明日から修学旅行らしい。お土産に京都の生八つ橋を頼んでおり、それは楽しみなんじゃが、わしは一抹の不安を覚えて、孫の部屋に入ることにした。

 襖の扉を開けるとそこにはインスタントコーヒーを飲みながら「あぁ♪」と感嘆の声を上げる十代らしからぬ孫の姿があった。


「あっ、婆ちゃん。勝手に開けんなよ」


「いえな、お前の修学旅行の準備はどうなっとるのかと思ってな」


「ちゃんとしたよ。ガキじゃないんだから、そんな心配すんなよな」


 心配するということは心配する理由があるということなんじゃ。

 わしは豆子の隣に置いていある茶色のトートバッグ発見し、まさかとは思うが聞いてみることにした。


「お前さん、まさかそれで修学旅行に行く気じゃあるまいな?」


「そうだけど?」


 わしは頭を抱えた。トートバック一つで修学旅行に行くバカが居るか。


「もう任せておけん。わしが準備する」


「なんでだよ‼これで準備万端なんだよ‼」


「うるさい‼どうせ現地で洗えば良いと思って下着もワンセットしか入れて無いんじゃろうが‼そんな女子高生が居てたまるか‼」


「ど、どうしてそれを‼」


 こうして、わしは孫の修学旅行の準備をしてやった。全く世話の掛かる孫である。


 

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