72話 恋慕

 黒野だよ。周りの奴らは近日ある修学旅行で浮足立ってるが、私はスキーも京都観光も別にどうでも良い。厄介な頼まれごともされたし、何方かといえば憂鬱である。

 自由行動の時は何処か良い喫茶店に入って、そこでゆっくりコーヒーでも飲めればいいと思っている。

 さて修学旅行を前にしても相談室は通常営業。今日のお客様は誰かな?


“ガラガラ……”


 扉が開くとそこには眞鍋先生が立っていた。何だか嫌な予感がする。頼むから相談じゃないことであれ。

 しかし無情にも先生は私の対面に座り、相談を所望の様である。目がキラキラと輝いているもんな。


「黒野さん相談聞いて貰えるかしら?」


 眞鍋先生のその一言に駄目と反せれば良かったのだが、相談をえり好みしだしてはいけないなと考えたので、私はグッと堪えた。


「いいですよ、どんな相談ですか?」


 眞鍋先生がここに来るのは三回目であり、前の二回は全て恋愛関連の話であった。とくれば今回も恋愛関連の相談に決まっている。いつも思うのだが、恋愛経験が0の私の話なんか聞いて、そのアドバイスに効果があるのだろうか?まぁ、出来る限りは相談に乗るけどね。


「金原先生と修学旅行で急接近するにはどうすれば良いかしら?」


 ……くっ、やっぱりそういう話かよ。金原はやめとけと言っているのに、恋は盲目とはこのことか。


「眞鍋先生は二年生のクラス持ってないですよね?付いて来るんですか?」


「C組の佐々木先生の子供がまだ小さいでしょ?それで佐々木先生が修学旅行を辞退して、私がC組の引率を任されたの」


 なるほど、そういう経緯か。

 それにしてもあんなギャンブル依存症の男に惚れるとは、眞鍋先生は余程男運が無いのだろう。ちょっと可哀想に思えてきた。


「ど、どうしたの黒野さん?そんな憐れな物を見る目で私を見て」


「いえね、金原なんてやめて他の男にした方が良いですよ。金原なんて沈む泥船ですよ。将来性がまるでありません」


「金原先生と沈むなら私は本望よ♪」


 恋する乙女(?)は強いな。こうなったら私もヤケだ、全力で二人がくっつけてる努力をしてみよう。


「そんなに金原と接近したいなら、寝込みを襲うのはどうです?修学旅行中にいくらでもチャンスはある筈です」


「そんな生徒達が居るって言うのに‼」


 顔を真っ赤にして大声を出す眞鍋先生。

 よしよし、まだ正常な判断は出来るようだな。もちろん冗談で言っただけだけだから本気にされると困る。


「で、でも、そういう特殊なシチュエーションも悪く無いわね♪えへへ♪」


 駄目だった。この女もう駄目だった。倫理観がぶっ飛んでいる。独身のアラサー女にもなるとこうなってしまうのかと考えると、私も歳を取るのが嫌になってきた。早死を希望する。


「先生、自分で言っておいてなんですが、バレたら懲戒免職は免れないのでやめましょう。ここは無難に出来るだけ旅行中に金原と接点を持つように心掛けるだけにしましょう」


「えぇ……チェッ、分かったわ」


 今、この女舌打ちしたか?私の中で眞鍋先生の株がドンドン降下している。これもみんな金原のせいだ。あんな男が教師になったばかりに私がこんな目に遭うのである。とりあえず次に金原が金貸してと言ってきたら、その時は校長先生にチクろうと思う。


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