63話 萌芽

 黒野だ。最近私の語りばかりでウンザリかもしれないが、私にクレームを言われも困る。

 さて、私の学校では10月に生徒会選挙があり、そこで新生徒会長が決まるのだが、この間の生徒会選挙で他の立候補者を完膚なきまでに叩きのめし、80%の支持を集めて新生徒会長になった女がいる。

 その女の名は南雲なぐも あかり。容姿端麗、文武両道、才色兼備のフルスペック女子であり、我が校きっての有名人である。黒いツインテールの髪をたなびかせ、クールで知的な雰囲気を醸し出し、男女問わずにその美貌で落としてしまうというのだから大したものである。

 勿論、私の様な日陰者には接点が無く、これから先も無いだろうと思っていた。

 しかし人生なんて分からないものだな。そんなスターと今目の前で対峙しているのだから。


「私の悩みを聞いてくれるかい?」


 シャンプーの良い匂いがする。きっと私の様なセール品の安物とは違い、ビダルサスーンとか使ってるんだろうな。

 いつもの様に教室での相談なのだが、この人が居るだけで雰囲気がガラリと変わってしまう。幸い今は放課後で、キャーキャー言うガヤなんかが居ないのが救いである。

 こんなスター選手が私に何の相談があるというのだろう?いやいや、スターといえども一人の人間である、悩みの一つや二つぐらい……あるのか?


「あの黒野君、私の話を聞いてるか?」


「はい、聞いてますよ。会長閣下」


「閣下?……そんな言い方はやめてくれ。私は君と同じ一生徒でしか無いんだ。偉ぶったりするつもりも無い」


「これは失礼しました」


 いやさ、オーラが違うのよね。風見先輩とは別の意味で凄いよね。同学年とは思えないもん。気を張ってないと同じ空間に居れないわ。マジで。


「それで私の相談に乗ってくれるのかい?」


「はい、私で解決出来ればですけどね」


 さて深呼吸、どんな相談が来ても心を乱すなよ。国家存亡の危機を救ってくれとか言われても失神するんじゃないぞ私。そんな相談が来たら、相談を聞いた上で断るんだ。手に負えないからな。

 そうして生徒会長が口にした相談というのは、こんなものだった。


「語尾や大きな声を出す時に、たまに猫語になってしまうんだニャ」


 ……可愛い。頬を赤らめてなんて可愛いことを言うんだニャ。あっ、ヤバい移った。


「すまないな、生徒会長ともあろうものがニャとか言ってしまって」


「いえ萌えました……いや大丈夫ですよ」


 人生初の萌えが生徒会長とは、こんなの全人類で私だけじゃ無いだろうか?


「幼少の頃から自分のことを猫の妖精と思っていてな。流石に小学校高学年で、そうでは無いと気付いたんだが、その名残で今でも猫語が出てしまうんだ。その度に咳払いをして誤魔化しているんだが、他の人間にバレたらと思うと夜も眠れない時もあるんだ。生徒会長といえばある程度の威厳が必要だ。それなのに語尾に『にゃ』を付けてしまうなんて威厳もへったくれも無い。どうにかならないかニャ?」


 また、にゃって言った♪可愛いかよ♪私の中で完全に生徒会長が萌えキャラ化してしまった。たまにこの教室に来る黒猫のクロベ―と同じぐらい可愛いでは無いか。並べて可愛さを競いたいぐらいだ。

 だが本人は真剣に悩んでるんだ。ここはコッチも真剣に答えるのが道理である。


「べつに語尾が『ニャ』でも良いと思います。そんなことで会長の威厳は損なわれませんよ。むしろ猫語を使う生徒会長なんて伝説に残りますよ。殿堂入りです。私が保証します」


「そうだろうかにゃ……駄目だ完全に家モードで語尾が『ニャ』になってしまうにゃ」


 家だと常に『にゃ』なのかよ。こんなことを言われると語弊があるかもしれないが、飼いたい。この猫飼いたい。


「会長が時々猫語になるのは長所ですよ。むしろ伸ばして行きましょう」


「そんなこと言われるとは思ってもみなかったニャ。私はこのままで良いのかニャ?大きな声を出すと、たまにニャアァアアアアアア‼って言ってしまうのだがニャ」


「良いに決まってるじゃないですか、ただ出来るだけ隠すことは忘れないで下さい。そっちの方が可愛いです」


「別に可愛くなろうとは思ってないのだが、でも分かったニャ」


 はぁ、可愛い。今度会う時は猫耳を付けてもらって、ツーショット写真を撮ってもらおう。きっと家宝になるだろう。


「オホン、ありがとう黒野君。今の自分を肯定してもらって楽になった。やはり君は噂通りの相談の達人だな」


「いえいえ、そんなことはありません」


 今回に至っては本当にそんなことは無いのだ。会長の可愛いを堪能しただけ、ただそれだけのことなのさ。


「報酬に缶コーヒーを奢れば良いんだったな。銘柄は何が良いかね?」


「いえ今回はコーヒーは結構です。その代わりじゃないんですが、両手を猫の手にして何か猫の言葉で喋って頂けると嬉しいです」


 自分でも何を言っているんだと思うが、今回の私はどうかしてしまっているのさ。


「……そんなことで良いのか、お安い御用さ」


 そうして猫の手を作った会長が頬を赤らめたままこう言った。


「にゃん♪にゃん♪」


 ……あぁ、心が浄化される……これが癒しの極致ということなのだろうか?

 これが見れただけでも、この学校に来た甲斐があるというものである。

 私は会長の雄姿を目に焼き付けた。



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