61話 浮気

 黒野 豆子だ。

 放課後になるや否や、風紀委員長の風見 紀子先輩が私の教室に入って来たので、まだ教室に残っている生徒達がギョッとしていた。

 やましいことがるものは下手くそな口笛を吹いて、何かを誤魔化したりしていたが、風見先輩はツカツカと一直線に私のところにやって来た。文字通りに進んできたので机と椅子を蹴散らしながらね。

 そうして私にこう言うのである。


「浮気とは何処からのことを言うんだ?」


 そんなこと急に言われても返答に困るのだが。

 とりあえず人払いをしてもらって、いつものような形態で相談を始めることにした。


「浮気とは何処からのことを言うんだ?」


 同じ言葉を繰り返す風見先輩。これは相当重症だな。


「一体どうしたんですか?まさか西村の奴が浮気したんですか?」


「うーん、それが微妙なラインなんだ。出来れば黒野さんに判断してもらいたい」


 いや困る。男と付き合うなんて考えたこと無いから浮気の境界線なんて興味も無かった。しかし、もしかすると私の判断で二人の仲が引き裂かれてしまうとなると慎重に答えを選ばないといけない。


「実はこの間、スバルきゅんが友達と某ネズミの王国に遊びに行ったんだ」


 ほぅ、あの某ネズミの王国に遊びに行くとはな。あえて人混みに行くなんて物好きな奴も居たもんだ。


「それがなんと女友達三人と行ってしまってな」


 おっと一気に怪しくなって来たぞ。西村の奴何をやっているんだ。


「事前に私にそのことを言ってきたんだが、多分その時の私の顔は引きつっていたと思うんだ。でも私と付き合う前から計画されていたイベントらしくてな。そこで行くなと言うのも野暮な感じがするだろ?」


「確かにそれもそうですね」


 事前に言ってから行くとか西村も律儀な奴だ。これは西村という男の認識を改めないといけないのかもしれない。


「それで私はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、スバルきゅんを送り出したわけなんだが、ずーっとモヤモヤして風紀の乱れも感知するのが遅れてしまってな。風紀委員長としての職務にも影響が出てる有様なんだ。」


「それは不味いですね」


 風見先輩がしっかりしないと、この学校の風紀が乱れてヒャッハーな連中が暴れ出すかもしれない。それは私にとっても好ましいことではない。


「それでどうだろう黒野さん。女と遊びに行くぐらいで浮気にはならないのだろうか?逐一ラインで現状報告をしてきたから、やましいことは無いと思うんだ。それでも女共と肩を組みながら撮った写真が送られてきたら、嫉妬の炎で気が狂いそうになった……スバルきゅんは私だけのモノの筈だよな?」


 独占欲が強すぎる。硬派だった風見先輩がこれほど恋愛に狂うとは、人が恋すると変わるというのは本当なのかもしれないな。それにしても、さっきからスバルきゅんと言っているのが耳障りだな。まぁ彼氏の呼び名なんてのは本人の自由なので私がとやかく言えるものでは無いが。


「はぁ、黒野さん、もう私が浮気だと思ったら浮気ということにして、スバルきゅんに鉄拳制裁しても良いだろうか?じゃないとこの気持ちに収まりがつかなくてな」


 右拳をグッと握る風見先輩。どう殴るかは知らないが、顔面に直撃したら顔面が沈没しそうな威力は出そうである。

 次の日になって西村が顔に青痣を作って来た‼と佐藤から言われるのも嫌なので、ここは穏便になるようにしよう。うん、そうしよう。


「風見先輩、私的には浮気じゃないと判断しますけどね。事前に言ってきて、その上逐一報告するなんて中々無いですよ。西村は風見先輩に対して紳士的だと思います。西村のことが好きならここは我慢して、嫉妬の気持ちは愛情に変えて、よりいっそう奴のことを愛せば良いんじゃないでしょうか?」


 自分で言ってて蕁麻疹が出そうだ。恋愛経験なんて無いのに気恥ずかしい。


「……流石は黒野さん。的を射たアドバイスをしてくれる。そうか嫉妬を愛情に変えるか、確かに今以上にスバルキュンのことを愛せば、スバルきゅんも女共と遊ぶのをやめてくれるかもしれん。拳を開いて彼のことを愛そう。」


 宣言通り右拳を開いて、微笑を浮かべる風見先輩。もっとごねるかと思ったが、意外とチョロくて助かった。

 次の日、西村の奴が「のりピーがニャンニャン甘えてきて、てぇてぇ♪」と惚気交じりの相談に来たので、私がシッシッと追い返したのは言うまでもあるまい。




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