58話 撤去
どうも黒野だ。もう白装束じゃなくて普通の制服に着替えている。
色々大変だった文化祭が終わった。今は屋上でブラックの缶コーヒーを一人飲んでいる。教室ではまだ片付けが残っていたが、途中でクラスメートから「黒野さんはもう休憩してて良いよ」「お疲れ様」などと言われて、こうして屋上で一人黄昏ているわけだが、クラスメートがまだ働いているというのに一人だけサボってるみたいで心苦しい。まぁそれでもコーヒーは今日も美味いわけだが。
向田親子の仲直りは成功したらしく、ライブが終った後にあの親子は涙を流しながらハグをした。母親ってもんは良いもんだな。ここで今は亡き母に想いを馳せるのが一般的なのだろうが、あいにくそこまでメランコリックな気分になってはいない。
“ギィッ”
おや、屋上の扉が開いた?誰だろう一体?
見るとそこには黒い眼帯、黒いゴスロリ衣装の可愛らしい女の子が立っていた。こんな知り合いは居なかった筈だが、どうにも見覚えがあるな。
「くっくく、アナタが黒野 豆子さんね。私の名前はゴッドエクスペリエンスダーク・ネクロスノワール三世よ」
いや勘違いだったか、私の知り合いにゴッドエクスペリエンスダーク・ネクロスノワール三世なんて名前の方は居ない。居てたまるか。
よし適当にあしらおう。
「あっ、人違いです。私は白井って言います」
「そ、そうなの?……えっ、せっかく相談があったのに」
チッ、なんだ相談者か。別に今日ぐらい休んでも良いと思ってたけど、わざわざこんな所まで探しに来てもらったんだ。邪険にするのは良くないだろう。
「ごめん、そういえば私の名前は黒野 豆子だったわ」
「な、なんで嘘ついたの‼」
私がカミングアウトすると激昂するゴッドなんとか。
そんなに怒らなくたっていいのに。
「アンタのゴッドなんとかだって偽名だろ?そんな奴にとやかく言われる筋合いは無いよ」
「ぐぬぬ……はぁ。」
悔しそうな顔をした後、溜息をついたダークなんとかは私の隣まで来て、こんなことを愚痴り出した。
「もう中二病設定疲れちゃった。」
おやおや、どうやらキャラ作りでやっていたらしい。これは何かわけがあるのだろうか?
ダークなんとかは黒い眼帯まで外してしまった。
「私、もう疲れちゃった。中学の時は中二病でも良かったけど、高校になったら皆の視線が2.5倍ぐらい鋭くなって、私のことを腫れ者扱いして来るの。バンドの皆は私に優しくしてくれるけど、もう中二病やめちゃおうかな?……ねぇ、どう思う?」
なるほどこれが相談したいことか。というかバンドという単語で思い出したが、コイツは向田 邦美と一緒に演奏してたギターの女か。今日見た、しかもこんな強烈な格好の女を忘れるなんて、相当疲れてるな私。
「アンタ本当の名前はなんて言うの?」
「えっ、真名のこと?田中 信子だけど」
本名は普通だな。ダークなんとかとギャップあり過ぎるだろ。
「あっ、今、普通だな……とか思ったでしょ」
「あっ、うん、なんかすまん」
バレたか、私はあんまり顔には出ないタイプの筈なんだがな。
「まぁ、いいけどさー。それで私はどうしたら良いと思う?中二病を続けるか?それともただの天才ギタリストになるか?」
天才ギタリストって自分で言っちゃうんだ。確かに上手かったとは思うが、そういうの自分で言うのは、あまり感心しないな。
まぁ、それは置いといて。
「やめるも続けるもアンタの自由だ。どう転ぼうがアンタの周りには理解してくれるバンドメンバーが居るんだろ?なら、やめるもやめないも自由に決めれば良いさ」
「で、でもさ、ロックバンドにはキャラ付けが必要だと思うのよ。吹いてきた風に対して詩的に反応するキャラが居た方が良いと思わない?」
「別に要らんだろ。そんな奴が居ても私は反応に困るよ」
「でもさ……でもさ……」
「アンタ、今、中二病をやめない理由を探してるんじゃないのかい?」
「……うっ」
「やめたくないなら続けた方が良いよ。それは中二病の自分が好きってことだろ?好きなことをやめる必要は無い、バンドも中二病も好きにしたら良い。自由に生きた方が自分にとって気持ちが良い筈だ。」
そうあの向田 邦美のように、コイツも好きに突っ走れば良いんだ。
「……ふっ。」
意味ありげに田中は鼻で笑うと、再び手に持っていた眼帯を目に装着した。
「くっくく♪すまないガラにもないことを言った、月の満ち欠けが我の精神に影響するのでな。妙なことを口走ってしまった。忘れてくれたまえ」
「あっ……はい」
田中が中二病に戻ってしまった。自分で自由にしろと言っておいてなんだが、中二病って言われてるぐらいだし、病ならここで治しておいた方が良かったかもしれないが、今更やめた方が良いよなんて言えないわな。まぁ大丈夫だろ。
こうして中二病の相談を経て、私が妙に疲れた文化祭は終わりを迎えた。
真面目にアオハルするのも疲れるんだなぁ。
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