56話 心声
向田 邦美だよ。今、文化祭のライブ前でギター片手にステージに立ち、カーテンが開くのを待っている状態。
「はぁーーー。」
大きく溜息をもらしてしまったのは緊張のせいからではなく、自分の意気地の無さで母と歩み寄るチャンスを潰してしまった為だ。結局私は文化祭のライブに母を誘うことが出来なかった。これで私の歌を聞かせて、母がそれを全否定してきたらと考えると怖くて声をかけることが出来なかったのである。
「どした?暗い顔して?」
ベースの亜希子姉さんが声をかけて来る。亜希子姉さんは高校を二回ダブった21歳で今も現役高校生というロックな人である。もちろん私達のバンドの一番の年長者なので、バンドの精神的支柱ともいえる人だ。
「い、いえ、結局、マ・・・母を誘い損ねたので。」
「大丈夫さね、まだチャンスはある。次は武道館のライブの時にでも呼んであげれば良いのさ♪」
「あ、あはは。」
亜希子姉さんは、たまに冗談だか冗談じゃ無いのか分からないことを言うのが玉に瑕だ。こういう時は愛想笑いするに限る。
「全く、自分が仲を取り持ってあげようとしたのに、駄目ッスね邦美は。本当はお母さんのこと大好きなクセに。」
ドラムの翔がバンバンとドラムをたたきながら悪態をついてきた。中学からの付き合いなので今更慣れたが、それでも心を見透かしたような発言はイラっとする。
「うるさいわよ翔。でもアンタのおかげで黒野さんと出会えてよかったわ。ありがとう。」
「えっ?・・・邦美がお礼なんて気持ち悪い。」
「本当にうるさいわね。語尾にッス付けるの忘れてるわよ。」
「あっ、やべッス。」
自分のキャラを立たせるために語尾に「ッス」を付ける翔。そんなことする必要あるのかと思うけど、本人の自由にさせるのがウチのバンド『ブケファラス』の流儀であるから仕方ない。
「みんな静かにして・・・風が泣いてるわ。」
そんなこと言いだしたのは黒いゴスロリを着た右目眼帯少女の田中 信子(たなか のぶこ)である。一応ウチのリードギターなのだけど、ベタベタな中二病の女子で扱いが一番面倒臭い。キャラもどこかの漫画には居そうだし。
「信子、こんだけカーテン閉め切ってたら風なんて来ないッス。」
翔のこの発言に信子は顔を赤くして頬を膨らませる。信子はマジレスされるのを嫌うのだ。
「そんなこと言わないで、あと私の真名はゴッドエクスペリエンスダーク・・・」
“ブーッ‼ブーッ‼”
信子の言葉を遮って開演前のブザーが鳴った。皆のおかげでモヤモヤも少しは無くなった。これなら気持ち良く歌えそうである。
「さぁ、皆ぶちかますよ。」
『おぉーーーーーーーー‼』
姉さんの声に掛け声で答える私達。こうしてカーテンが開いて観客達とご対面した。数にして100人ぐらいだろうか?まぁ文化祭のライブでこれだけ集められたら上出来じゃ無いかな?
「えーっ、どうもッス。一年の狭間っス。これからウチらのバンドのブケファラスの歌を聞いて貰うッス。途中で帰った奴は肩パン喰らわせるんで宜しくッス‼」
MCは翔に任せているが、脅迫から入るスタイルなので非常に恐ろしい。とにかく歌にいかないと観客がポカンとしているよ。
「それじゃあ聞いて下さいッス。一曲目は「口づけと刃」‼」
演奏に合わせて私は力いっぱい歌う。客の反応は良い感じだったけど、周囲を見渡しても、やはりお母さんの姿は無く、私は歌いながら自分の意気地の無さを恥じた。
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