41話 期待

  私の名前は向田むこうだ 安江やすえ。平凡な主婦であるが、一人娘である邦美くにみを手塩にかけて育てて来た。日頃から勉強が大事だと口が酸っぱくなるまで言い聞かせ、毎日塾に行かせ、小中と学年トップクラスの学力を維持させ続けた。そうして邦美を有名私立高校に入れ、あとは良い大学を受けさせるだけと思っていたのだが、娘はある日私にこんなことを宣言した。


「私、ロック歌手になるから‼」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔という表現があるが、まさにこの時、私の顔はそんな顔をしていただろう。

 歌手?ロック?我が娘ながら、なんて馬鹿なことを言い出したのかと思った。

 もちろん私は反対して大喧嘩になったのだが、その日を境に娘と会話することは無くなり、勉強しなくなった娘の成績は下がる一方。私が注意してもガン無視を決めてしまい、もうどうして良いか分からなくなった。旦那にこの事を話してどうにかしてもらおうとしたのだが、邦美の躾を全て私に任せているクセに、こんな時ばかり娘の味方をし始めるのだから堪らない。私は赤の他人でも良いので、誰かに話を聞いて欲しくて、深夜になって移動屋台のおでん屋に向かったというワケである。

 おでん屋の店主にでも話を聞いて貰う筈だったのだが、何故か先客のモジャモジャ頭の女の子に話すことになるとはね。こんな小娘に話したところで、どうせ解決するなんて思ってないけど、せめて意見ぐらいは聞きたいものだ。

そうして、私の娘に対する悩みを全て打ち明けると、女の子はうーんと少し考えた後にこう答えた。


「おばさん、人に期待し過ぎなんじゃない?」


「はっ⁉」


 まさかの私批判に大きな声が漏れた。この小娘、まさか私が悪いというのだろうか?冗談じゃない、私がどれだけ娘のことを考えているか知っているのか?


「ちょっとアナタ何を言い出すの?私は娘の為を想って彼女に良い大学に入ってもらおうと……」


「そんなのアンタのエゴだろ?大学行ったからって娘が幸せになるかなんて分からないし、アンタの筋書きは娘にとっては関係無いよ。親の引いたレールを進む子供も居れば、レールから外れる子供も居る。だってそれを選ぶのは子供なんだからさ」


 ふん、何だかもっともらしい言葉を言うけれど、私はこんなことでは屈しない。


「私は娘を良い大学に入れる為だけに頑張って来たの、これで娘が入ってくれなければ私の今までの頑張りはどうなるの?全て無駄になってしまうわ。私の夢はここで終わりなの?」


「人に夢を託すなよ。人は自分の人生を生きてるんだかさ。自分の夢は自分で叶えるもんだろ?ちなみに私は人に期待しないし、あんまり期待されたくもないな。人の期待に合わせて生きてると面倒だからな。アンタの気持ちも分かるけど、私はやっぱり娘さんの方に共感するよ」


「っ‼」


 小娘のクセにえらく達観したことを言う。心が楽になりたくてココに着た筈なのに、逆に心をかき乱されてしまった。


「不愉快だわ‼おじさん‼お金置いとくわよ‼お釣りは要らない‼」


 私は千円をテーブルに叩きつけて、そのまま踵を返して帰った。

 ふと夜道を歩きながら頭を過ったのは、娘は私の期待に合わせて生きて来て、面倒だったのだろうか?という疑問であった。

 そんなワケ無いと自分に言い聞かせたが、その疑問は私の中でドンドン大きくなっていき、どうにも今晩は眠れそうにない。

 あー忌々しい、あのモジャモジャめ。

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