40話 屋台

黒野だよ。

布団に入って就寝しようと思ったが、今日は蚊も居ないのに眠れない。

そういう時はコッソリ家を抜け出して、私はとある場所に歩を進める。


「おっ、いらっしゃい豆子ちゃん。今日も眠れないのかい?」


「そうだねぇ。」


やって来たのは移動屋台のおでん屋さん。

昔は店を構えていた居酒屋の店主のおじさんが、店をたたんだ際に趣味で始めたのがこの移動屋台のおでん屋である。

内緒だが、私はここの常連であり、警察に補導されるリスクがあるにしても結構な頻度で食べに来ている。

私が席に座るとおじさんはニコニコしながら私に注文を聞いて来る。


「今日は何にする?」


「大根と牛すじ、あとゴボ天。」


「あいよ。」


おでんは良い。すぐ出てくるし、温かいし、安いし、何より美味しい。そしてなにより、おでんを食べた後のコーヒーが美味しいのだ。

眠れないのにコーヒーを飲んだら本末転倒だと思われる人も居るかもしれないが、人間欲望には耐えられない生き物なんだ。

おでんをモグモグ私が食べていると、新たなお客が暖簾をくぐって来た。

おっと、ここでは高校生だとバレないようにしないと。私は大学生、私は大学生。

入って来た人を見ると、紫の花の刺繍がされたパジャマを着た、チェーン付きの眼鏡をかけた、40代半ばぐらいのおばさんであった。何だか教育ママの匂いがプンプンするが、何故このおでん屋にこんな人が来るのだろう?


「おじさん・・・ハンペンとコンニャク。あと熱燗ね。」


「あいよ。」


何処となく力の無い感じに注文をしたおばさんは、ハンペンとコンニャクを肴に一杯やり出した。

熱燗を飲みながら、おばさんはこんなことを漏らすのだ。


「ふーーーっ・・・どうしてなのかしら?」


誰かに話を聞いて欲しいオーラを出してくるおばさん。だが私は無心でおでんを食べている。残念ながら相談室はとっくの昔に閉店している。ここで話を聞いてやる義理は無い。うん、大根美味しい。


「どうしたんですか?奥さん。溜息なんてついちゃって?」


コラー、おじさん。話し広げようとしないの。そんなことしたら私まで話を聞かないといけない流れになるじゃん。


「いえ、おでんの屋台のおじさんに聞いて貰う様な事じゃありませんの。」


「そう言わずに、話して楽になる事もありますよ。」


おじさん、相手が塩対応なのにグイグイ行くじゃん。どうしてそういうこと言っちゃうかな?


「ふーっ、じゃあ無駄かもしれませんが、聞くだけ聞いて貰いましょう。実は・・。」


「あぁ、あっしじゃなくて、そこの嬢ちゃんに聞いて貰って下さい。」


おいおい、親父よ。なんだその無茶ぶりは?あんまりじゃないかい?突然私に振ってくるな。


「この子に?」


「えぇ、こう見えてこのお嬢さんは相談を聞く天才でして、近くの喫茶店で人の悩みを聞いて、それを立ちどころに解決してるんですよ。」


やめろやめろ。何処でそんな情報を拾ってきた。勘弁してくれ。

流石にこれは無視できん。


「おじさん、私は今日はお客として来てるの。相談なんて乗る気分じゃ・・・」


「それじゃあ聞いて貰いましょうか。実は・・・。」


相談始まったし‼もういい‼相談でも槍でも鉄砲でも何でも来い‼

これも夜中のテンションだろうか?とにもかくにも私はおばさんの相談に乗ることになった。





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