31話 努力
黒野 豆子だよ。
秋になっても暑いというのは風情も何も無い。
この日本は暑いか寒いしか無くなってしまったのかと思うと、何だか寂しい気持ちもしながら今日も私は教室で缶コーヒーをすする。
時刻は17時半を回っており、かれこれ二時間程は教室でまったりしているが、相談者はもう来ないかもしれないな。
“ガラガラガラ……”
そう思うと戸が開くんだよな。不思議なことに。
そこにはひょろっとした背の高い丸坊主の男が立っており、見覚えがあるので同学年だろうと私は推測できた。
「……ここってどんな相談でも乗ってくれるの?」
俯いた辛気臭い顔でそう聞いて来る丸坊主。これは余程のことかもしれないな。
「まぁ一応ね。話すだけ話してみてよ」
私がそう言うと、丸坊主は相談席に座る。さてさてどんな相談かな?
見たところ運動部で、今は部活中だと思うのだが、もしかするとサボりだろうか?
「俺、
「あぁ、やっぱり、見覚えがあると思った」
「それで相談っていうか、愚痴なんだけど。いくら部活で努力しても、努力が実を結ばないんだ」
あぁ、そういう愚痴か。これは中々深刻そうだ。
「俺、バスケ部なんだけど。いつも補欠でさ。でも頑張ってるって自分でも自負してるんだ。声出しだって人よりしてるし、居残り練習だっていつも最後までやってる。でもさセンスが無いんだろうね。部活サボって遊んでるチャラチャラしてる奴の方が上手いんだよ。悔しくてさ」
要は人生の不条理というヤツだ。確かにやるせない気持ちになるかもな。私は帰宅部だからそういう経験をした事は無いが。
「それで陰でバスケ部の皆が俺のことを『無駄な努力マン』って言ってるの聞こえちゃってさ。もう何もかも嫌になっちゃって、今日は部活サボってるんだ」
「そいつは酷いな」
人の努力を笑う奴は、財布でも落として困れば良いのにな。まぁ不幸にあう会わないも結局は運次第なわけだが。
「はぁ、もうバスケ部辞めようかな。ねぇどう思う?」
井上からそう問われて、私は一瞬考えた。
ほぼ初対面の私が言った一言で、もしかすると目の前の男の人生が変わってしまうかもしれない。そう考えると何だか適当なことを言って誤魔化したくなるが、結局のところ私は自分の思った事しか言えないのだ。
「辞める辞めないはアンタの自由だ。アンタが決めろ。でも努力ってさ、誰かに認められたいからってするわけじゃ無いだろ?自分の為、自分の自己満足の為だよ。だから結果が伴わなくても、人に馬鹿にされても、努力をやめる理由にはならないんじゃないか?」
私がこう言うと、井上はムスッとした顔をした。どうやら分かりやすく不機嫌になったようだ。
「そうは言うけどね。結果が伴わない努力は虚しいぜ。俺は見返りが欲しいと思っちゃうよ」
「そういうもんか?誰しも見返りを求めて努力してるか?だとしたら努力の価値なんて大したこと無いのかもしれないな」
「……それって、今、部活で頑張ってる人の全員敵に回してるかもよ。」
「いやいや、努力した結果ばかり求めてもな。過程が大事だろ?報われないかもしれないけど努力するってこと、それが尊いんじゃないか?結果が伴わなくても努力したことは無くならない。その努力が、人生の糧になると私は思うぜ。私自身は何も努力とかしたこと無いから、努力してる奴を見ると軽く自己嫌悪に陥るし」
私がここまで言うと、井上は黙りこくって深く考え始めた。
辞めるか、辞めないか考えているんだろうか?どうしようが井上の勝手だが、辞める時は、私に言われたからとは言わないで欲しいな。
「努力は自分の為になるか……そう言われちゃうと頑張りたくなっちゃうな。」
井上はすくっと立ち上がり、先程よりも少しばかり晴れやかな顔になった。
「俺、部活行って来るよ。人にとっては無駄な努力でも、俺にとって努力は自分の為になるって思ったから。ありがとう、黒野さん。また愚痴を言いに来ても良いかな?」
「あぁ、いいよ。部活頑張ってね」
井上は「うん、頑張るよ」と言って、教室を後にした。
凄いなスポーツマンって奴は、立ち直るの早い。やっぱり健全な体には健全な精神が宿るってことかね?
ここで私はあることに気が付いた。缶コーヒーを貰うの忘れてた。
机に突っ伏し、ふーっと溜息をついて、どうやって相談料を徴収しようか?と頭を巡らせる私なのであった。
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