30話 偶像
僕の名前は岩田 優斗。多分、中学二年生の筈だ。
学校には行ってない。別にいじめられていたというわけではないけど、クラスに中の良い友達も居ないし、あんなところ行く必要無いと感じたからだ。
スクールカースト、偉そうな先生による授業、女子に声をかけられてイチイチ一 喜一憂しなければならないこと、それらの全てが煩わしくなってしまった。
大体、僕の人生は声優の
彼女の透き通った声、愛らしいルックス、演技力の高さ、そのどれもが魅力的で、僕はもうメロメロだ。クラスの女子ではこうはいかない。
蜜柑ちゃんの出ているアニメを見たり、ラジオや動画を視聴して日々を過ごす。そんな日常が楽しくて仕方ないのさ。
それなのに今日は邪魔が入っている。悟兄ちゃんが連れて来た黒野 豆子とかいう女だ。チラリと容姿を見てみたけどチリチリ頭のチンチクリンだ。目の下のクマだってすごいし、あんなの蜜柑ちゃんと比べたら月とスッポンである。早く帰らないかなぁ。
「優斗君。お姉さんと少しお話ししようよ」
扉の向こう側からあの女の声がする。あーもう早く帰れよ。
「うるさいブス‼早く帰れ‼」
僕の時間を浪費させるなんて万死に値する。とっととお帰り願おう。
「こ、こらっ、優斗、黒野さんになんてこと言うんだ」
「悟兄ちゃん。僕悪く無いよ。だって本当のことだもん」
お母さんも、悟兄ちゃんも、あの手この手で僕を部屋から出そうとするけど、全部無駄な事さ。絶対僕は外に出ないぞ。
「あはは、そうだね。優斗君は本当のことを言ってるだけだもんね。お姉さんは本当にちっとも怒ってないよ」
「そうだろ?分かったら帰れ。この黒豆女」
名字の黒と名前の豆を合わせて黒豆女。変なのが二つ組み合わさって、実に良いあだ名が出来たと自負している。
「……優斗君はさ。声優の鬼島 蜜柑ちゃんが好きなんだっけ?私もアニメ見るから知ってるけど可愛いよね。」
おっ、コイツ。少しは話の分かる女なのかな?
「そうだよ。あの子こそ世界に舞い降りた天使。僕の女神様なんだ」
「あーそっか、そっか。ふーん女神様ねぇ。そんな蜜柑ちゃんが好きな優斗君に一つ報告があります。聞きたい?」
「なんだよ黒豆。勿体ぶらずに早く言えよ」
「はいはい、それじゃあ言いますね。鬼島 蜜柑ちゃんは彼氏が居ます」
「なっ⁉」
眩暈がするぐらいの衝撃が僕を襲う。だが持ち直した。そんな情報はネットの何処にも書かれていないからだ。
「嘘をつくな‼この不細工‼」
「うーん、嘘というか真実かな。だって蜜柑ちゃん顔もスタイルも良いし、24歳で声も可愛いんだよ。こんなハイスペック女子に彼氏いない方がおかしいでしょ?」
「う、うるさい。蜜柑ちゃんは『彼氏欲しいよー』ってラジオでも言ってたんだ。だから彼氏が居るわけ……」
「アイドル声優なんて客商売なんだから、わざわざ彼氏いるなんて言うワケ無いだろ。いつまで夢見てんだアホ中学生」
「うっ」
急に黒豆の口調が厳しくなった。何だろうこのプレッシャーは?
「良いか?世の中は男より女の方が少ないんだよ。それで良い女ってなったら更に少なくなる。そして良い女には男共が群がる。それなのに彼氏が居ないわけ無いだろ?まぁ、お前が偶像を追いかけるのは勝手だが、義務教育のガキが親や親戚のお兄ちゃんに迷惑を掛けてるってことを少しは自覚しろ」
ナイフのように鋭い言葉が僕の心に突き刺さる。痛くて痛くて涙が自然とこぼれて来た。
「ひっく、何だよお前……帰れよぉ」
「言われなくても帰るよ。それでお前は考えろ。少しは悩め。このままで本当に良いのか自分に問い掛けろ。私が言いたいことはそれだけだ。じゃあな」
こうして黒野 豆子の声はしなくなった。僕は部屋の中で悔しくて泣いた。
蜜柑ちゃんのアニメや動画を見る気にもならなかった。
あの女は辛い現実を僕に叩きつけて来た。否定したくても相手の言うことが理にかなっているのだから、僕にはそれを論破することは出来ない。
流石は相談のプロということだろう。
どうも黒野 豆子だ。
あれから三日が経った。黒豆と言われて完全にブチ切れた私は、中学生相手に本当に大人気ないことをした。ゆえにちょっと凹んでいる。
「あっ、黒野さん。」
廊下を歩いていると柊に声をかけられた。不味い、優斗君の引き籠りが更に悪化したとか言われたらどうしよう。
「よ、よぉ。どうした?」
「それがさ。優斗の奴が学校に行き始めたんだ。クラスに同じアニメ好きな友達も出来たみたいでさ。これも黒野さんのおかげだよ。」
「えっ、マジで?」
今回は相談を上手く出来た手応えも無かったんだけどな。まぁ、助かったわ。
「それで優斗から伝言『黒豆とかブスとか言ってごめんなさい』だって。」
そこも反省してくれたとか結構いい奴だな優斗。これから伸びるよ、うん。
こうして私の出張お悩み相談は、何とか成功を収めることが出来た様で、私はホッと胸をなでおろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます