29話 籠城

 黒野 豆子だよ。今日は教室ではなく人様の家にお邪魔して出張お悩み相談室をすることになった。どうしてこんなことになったかというと、放課後に柊 悟が私の教室を訪ねて来たことが発端である。


「やぁ、黒野さん。こんにちは」


「あぁ、こんにちは。もしかして相談かい?またボランティアしてたら何か言われた?」


「いや、今日は僕の相談では無いんだ。とりあえず話をしてもいいかい?」


「ん?まぁ話してみてよ」


 ちなみに柊 悟とは、前にボランティアをすることが自分の自己満足かもしれないと悩んでいた高身長のイケメンである。

 その柊が今度は一体どんな悩みを持って来たのだろうか?

 いつもの相談のように柊が私の前に座り、彼はこんなことを言い始めた。


「あの、最初に聞くけど、このお悩み相談は出張とかしてくれるのかな?」


「しゅ、出張?」


 そんなサービスはした覚えはないし、これからもする気は無かったのだが、なにゆえ私が出張せねばならんだろう。


「うん、実は今回は僕の従弟が悩みの種でね。まだ中学生なんだけど登校拒否で学校に行ってないんだ」


 ははぁん、読めたぞ。その中学生を私を使って出て来させようって魂胆だな。

 そりゃ相談というより、説得じゃないか。


「何でも従弟はアニメの声優さんにハマったらしくて、あの鬼倒すのにも出てる声優さんらしいんだけど。それで中学校に行くこともやめて、その声優さんのことばかり調べてるらしいんだ」


「へぇ、そうなんだ」


 気の無い返事をする私。そんなヤバいオタクの説得するなんて無理だっての。

 断ろうとしていたんだけど柊は更にこう続けた。


「もう柊さんしか頼れる人が居なくて、藁にも縋る気持ちで訪ねてきたんだ」


 居る居る、他にも居るだろ。藁にも縋る気持ちで私訪ねに来るのは実に早計だよ。私に一体何が出来るっていうんだ?


「報酬は弾むからさ。缶コーヒー1ダース?それとも2ダース?」


相談に応じて缶コーヒーの数を上げるような、そんな商売はしていない。


「はぁ……1本で良いよ。すこぶる面倒臭いけど、とりあえず本人から話を聞くだけ聞いてみよう」


「ありがとう。」


 自分でもあっさりと相談を受けてしまったものだと軽く後悔したが、受けてしまったものは仕方ない。最初で最後の出張デリバリーサービスである。

 というわけで柊の親戚の家、岩田家にやって来た。

 来る途中で聞いたが、なんでも柊の母の妹の子供が引き籠りらしく、名前を岩田いわた 優斗ゆうと君というらしい。優斗か……プロレス技とか使いそうな、か~な~り強そうな名前だな。

 黒岩家の中に入ると、ピンクのエプロンドレスを着た優しそうな女の人が出迎えてくれた。かなり綺麗で若く見えるが、おそらくこの人が優斗君の母親なのだろう。


「どうも悟君から話を聞いています。私は岩田 美紀(いわた みき)と言います。黒岩 優斗の母親です」


「どうもお邪魔します、私は黒野 豆子といいます。私なんかが息子さんの相談に乗って良いんですかね?」


「いえいえ何をおっしゃいます。黒野さんのことは悟君から聞いてますよ。どんな悩みも立ちどころに解決してしまう悩み相談のプロなんですよね?」


「いえいえアマチュアです」


「またまた、ご謙遜を。安心して息子を任せられますわ♪」


 ははぁん、分かったぞ。この人あんまり人の話を聞かない人だな。正直苦手だよ。


「黒野さん。優斗の部屋に案内するよ」


「うん、頼むわ」


 柊に導かれ、二階の優斗君の部屋の前に来た。扉には『勝手に開けるな‼』と書かれたシールが貼っており、如何にも引きこもりの部屋って感じがする。


「優斗。悟君のお友達の黒野さんが来てくれたから、もう大丈夫よ。悩みを聞いて貰いなさい♪」


 あっ、そうそう。お母さんも付いて来ちゃってるから、余程息子が心配らしい。過保護すぎるのも考えものだけどな。


「うるさいよママ‼今アニメ見てるから邪魔しないで‼」


 部屋の中からコチラに向けて怒号の様な声がした。おそらくこれが優斗君の声なのだろうが、お母さんをババァと呼ばないあたり、如何にも甘やかされた坊やと言った感じがする。


「もう、いっつもこれなんですよ。私はアニメのことは分からないので、ほとほと困ってるんです」


「美紀さん、ちょっと何も言わないでもらっていいかな?俺が優斗に話し掛けて、黒野さんと話せるようにするから」


 柊からのナイスな提案。

 このまま美紀さんに喋らせても優斗君は話を聞いてくれないし、いきなり初対面の私が話し掛けても警戒されてしまう。ここはお兄さん的なポジションの柊に任せるのが無難である。


「優斗、俺だ。悟だよ。ちょっとこっちに来て話をしないかい?今日はお悩み相談のプロの人を呼んだから。前に話しただろ?コーヒー好きの悩み相談のプロの美人さん」


 ちょっと待て、誰が美人やねん。ハードル上げんなや、頭チリチリなんですけど。   

 あと何度も言いうけどプロじゃねぇから、バリバリのアマチュアだから。

 その後、ギィッと扉が少し開いて、暗闇から二つの目が私を値踏みする様に見てきた後、再びバタンと閉まった。

 そして優斗君の一言。


「全然美人じゃない‼頭チリチリだし‼」


 だよね。頭チリチリだもんね。そりゃそうだ。

 自分でも分かってるよ。分かってるけど一発殴らせろ。




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