27話 渇望

 黒野 豆子だ。

 今日の私はムシャクシャしている。


「私、夏休み中に年下の彼氏できちゃってさ、惚気させろ♪」


 そんなことを言いながら、朝っぱらから真知子が話し掛けて来たことが原因である。

 なんでも相手の男は部活の合宿中に出会った他校の高校一年生らしいが、私は「へぇ、良かったな」と塩対応したのがいけなかったのかもしれない。

 そこから休み時間の度に、如何に彼氏が居ると良いのかを力説する様になり、放課後になると、もう私のストレス指数はとんでもないことになっていた。


「それじゃあ、また明日も聞いてくれなー♪」


「勘弁してくれ―――‼」


 思わずキャラにもなく大声を出して別れ際の真知子に訴えかけたが、あの女は振り向くことも無くルンルン気分で教室を出て行った。

 おのれ、真知子。この恨みは忘れんぞ。

 私は疲れから誰も居ない教室の机に突っ伏した。聞き疲れで動く気力が出て来ないのである。

 こういう時はやはり私にとってコーヒーを飲むのが一番なのだが、自分で用意した缶コーヒーは、午前中には当に飲み干しており、かといって缶コーヒーを中庭の自動販売機に買いに行く気力もない。

 ガソリン切れの車が動かない様に、私の場合はブラックコーヒーを飲まなければ動けそうにないが、どうしたものか?このまま教室から出ずに一晩過ごすという選択肢すら候補に上がって来てしまうよ。

 そんな折、救世主たる存在が教室に現れた。


“ガラガラ”


「黒野先輩、また相談があるんですが」


 その人物は、先日に私が屋上にて相談に乗ってあげた、後輩の米沢 紅子であり、その後ろにはパーマを掛けた可愛らしい女の子も居た。だが今そんなことはどうでも良い。


「今日の相談は先払いだ。相談したいならダッシュでブラックコーヒーを買って来い」


 ギロリと米沢を睨みながら話し掛けてしまう私。それ程までに今の私は余裕が無かった。


「は、はいぃ‼」


 米沢とパーマの子は廊下を駆け足気味に走って行く。人にパシリなんてさせたのは初めての経験だが、やはり良いものでは無いな。今度からは自分で行こう。

 二人を待っている間、もしかしてパーマをかけた女の子が、米沢の言っていた夏休みデビューの子かもしれないと思ったが、それ以上の思考を巡らすにはカフェインが足りなかった。


「先輩、買ってきました」


「でかした。ありがとうございます」


 嬉しさのあまり敬語になる私。ブラックコーヒーが飲める。こんなに嬉しいことが世の中あるだろうか?いや無い。加えて相談を初めて今日ほど嬉しかった日は無い。

米沢から缶コーヒーを手渡され、私は大急ぎでタブを開け、そのまま牛乳の一気飲みのように黒い液体を体に流し込んだ。


“ゴクゴク”


 水っぽいコーヒーが喉を通り、体を駆け巡る。私の心はコーヒーによって満たされ、ようやく通常運転が出来そうである。


「ぷふぁ、ご馳走様」


 飲み終えた私は満足げな笑みで、彼女ら二人に微笑みかけた。


「ひぃ、黒野先輩怖いです」


 コラ米沢。何が怖いだ。私の笑顔が怖いなんて名誉棄損で訴えるぞ。でも笑顔に使う表情筋をあまり使ってなかったから、人から見るとかなり歪な笑顔になっているのかもしれない。

まぁ、ともかくだ。

私は席に着いて、いつものダウナー系の顔に戻った。


「相談に乗ろう」


 報酬はもう貰っているのだから、相談に乗らざるをえない。

 さぁさぁ、今日は一体どんな相談が待ち構えていることやら。

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