26話 勝手

 夏休みが終わって二学期が始まって早々、私の心は酷くかき乱され、もう頭がどうにかなりそうだった。

 私の名前は米沢よねざわ 紅子べにこ高校一年生。今日は親友の麻衣ちゃんから信じられない裏切りを受けてしまって、放課後のチャイムと共に教室を飛び出してしまったのだ。

 向かった先は屋上、とにかく新鮮な空気を吸いたいと思って上に登ろうなんて、自分でも何とも安直な発想だと思うけど、とにかく気分を一新したかったのだ。

 そうして屋上に到達して、安全用のフェンスにもたれかかり、空を見上げてみた。

空は青い、青い空を見上げていれば気も晴れるかと思ったけど、逆に腹が立ってきた。私の心は曇り空なのに、どうして空は青いんだ?


“ギィッ”


 突然の開き始めた出入り口の扉にビクッとする私。放課後に屋上に来る人なんて、そんなに居ない筈なのに一体誰だろうか?

 扉が開くとそこには頭が黒髪モジャモジャの女生徒が一本の缶コーヒー片手に現れて、私を見るなり残念そうな顔をした。


「先客が居たかー。今日ぐらい教室で相談受けたくなかったから屋上でまったりしようと思ったんだけどな。残念」


 そのまま扉を閉めて帰ろうとするモジャモジャ女生徒。私は彼女が言った『相談』という言葉にハッとした。二年生の人に如何なる悩みも、缶コーヒー一本で立ちどころに解決してしまう相談のプロが居ると聞いたことがある。もしかすると彼女がその人かもしれない。

 私は大急ぎで走って、閉まる扉のドアノブを掴んで、そのまま先輩にお願いした。


「すいません、黒野先輩ですよね?相談に乗ってくれませんか?」


 私がそう言うと、黒野先輩は苦虫を……いや苦いコーヒーを飲んだように顔をしかめた。よっぽど今日は相談を受けたくなかったらしい。

 だが、この先輩は押しに弱い様で、私が頼み込むと渋々相談に乗ってくれた。

私達はフェンスにもたれ掛かりながら座った。


「それで?相談ってのは何?」


 缶コーヒーをぐびりと飲みながら、大人の雰囲気の先輩。高校生でブラックコーヒーを飲むなんて只者じゃない。

 これは相談しがいがありそうだ。


「はい、実は今日親友に裏切られまして」


「へぇ、どんな裏切りだったんだ?」


「彼女は私に黙って髪の毛を切ったんです」


「えっ?……どういうこと?最近の高校生は髪切るのに友達の許可がいるのかい?」


やっぱり、そういう反応になるよね。これは理由を話す他ない。


「それがですね。私の髪オカッパじゃないですか」


「うん、ものの見事にオカッパだね」


「実は友達も元はオカッパでして、私達は高校に入学して出会い、すぐにオカッパをキッカケに仲良くなりました。何をするにも何処に行くにも一緒で、彼女といると、とても楽しかったです。よくオカッパ同盟なんて言って友情を確かめ合ったもんです」


「へぇ、そりゃまた凄い同盟だな」


「でも夏休みになって彼女の都合が合わなくなって、結局一度も遊ばないまま夏休みが終わりました。そうして今日、彼女の姿を見た私は愕然としました。彼女は髪を伸ばしてパーマをかけていたんです。クラスの人たちは『似合うじゃん』『可愛い』なんて言って、麻衣ちゃんを褒めます。でも私はその姿に殺意すら覚えてしまって、弁解しようとする彼女を拒絶しました。『もう絶交だ‼』と怒鳴り散らしたんです。……これって私悪く無いですよね?」


 私は誰かに自分が悪く無いと言って欲しかった。そうすることで自分を正当化したかった。相談というより肯定して欲しかっただけなのかもしれない。


「そうだな、別に悪く無いんじゃないか?」


 冷静にそう言ってくれた黒野さん。それを見て私の気持ちは少しは晴れた。


「そ、そうですよね。悪いのは髪型を変えた彼女ですよね?」


「いや、私は別に麻衣ちゃんも悪いとは思わないけど」


「えっ?」


 戸惑う私を他所に、黒野先輩は淡々と語り始める。


「人間なんて自分勝手な生き物なんだよ。勝手に生きて勝手に死んでいく。だから基本的に誰も他人をコントロールすることは出来ない。誰だって自分の意志を持っているからな。だからイチイチ髪を切ったぐらいで裏切られたなんて怒るのは時間の無駄だよ。オカッパ同盟なんて所詮は口約束だろ?そもそも麻衣ちゃんは、ずっとオカッパでいたいって言ったのか?」


「……そういえば笑ってたけど、笑顔が引きつっていたかも。」


 麻衣ちゃんは引っ込み思案で、自分の意見より人の意見を優先させる様な子だ。だから私がグイグイ押したら、嫌でも「いいよ」って言っちゃうかもしれない。


「なら麻衣ちゃんは本当はオカッパ嫌だったんだろ?でもアンタの為を思って言い出せなかったんだよ。夏休み会わなかったのはよく知らんが、ちゃんと話してみて、それから絶交するかしないか決めるのはどうだい?私からは以上だ」


 そう言って黒野さんは立ち上がり、缶コーヒーを飲みながら出入り口の方に歩いて行った。その後姿は大人な雰囲気が出ていて、カッコいいなぁと尊敬の念を抱くに十分だった。


 次の日、麻衣ちゃんは泣きながら私に謝罪してくれ、私も涙ながらに彼女を許した。

 きっと黒野先輩に相談した後じゃ無ければ、謝罪をちゃんと聞き入れることは出来なかっただろう。

 今日にでも麻衣ちゃんと一緒に缶コーヒーを持って、放課後に先輩の教室に行ってみよう。

 色々あったけど、なんだかんだで晴れやかな気分で二学期が始まった。





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