24話 坊主 後編
黒野だが、最初に謝らせて欲しい。
というか謝りたい。コーヒーを人にぶっかけようとしてすいませんでした。
別に人に何かをぶっかけようとしたことを反省しているわけではない。自分の愛してやまないコーヒーを報復に使用しようとしたことが自分で許せなかったのである。
これからは黒豆と呼ばれてカッとなっても鈍器の様なもので報復することにする。
では本編スタート。
「どうすれば如月さんの気を引けるかな?」
カウンターの席に座っている明野君はそんな質問を私にしてきている。
聞いた話によると町中で偶然見かけた白衣姿の如月さんを見て、明野君は一目惚れをしてしまったらしいのだ。如月さんの年齢は29歳らしいので、明野君10歳以上年上の女性に一目惚れしたことになる。おませさんだねぇ。
さてさて、ここでどうすれば気を引けるか?という議題に向き合ってみることにするか。如月さんの情報があまりにも少ないので、あまり手立てを考える事は出来ないが、一つだけ考えられる手はこれしかあるまい。
「明野君が坊主になれば良いんじゃない?」
「僕が坊主?……その手があったか‼」
口をあんぐり開けて非常に驚いている明野君。あっ、とくに何も考えずにアドバイスしたが、これは最終手段として出すべきだったか。
【金髪の貴公子】がその長い髪を失うということは、彼のファンが絶望の淵に叩き落とされることになる。まぁ、推しの髪型が変わったぐらいでガタガタ抜かす輩達が、真のファンと言えるのか?という疑問もあるが、話が脱線してしまうので論じるのはやめておこう。
「早速、【マルガリータ】に行って、丸刈りに……」
「まぁ、待ちなよ」
すぐにでも【マルガリータ】に飛んで行きそうな明野君を制止する私。一時の感情で行動するのが愚かだということは先程身をもって知っているから止めたのさ。
それに私の一言が【金髪の貴公子】に引導を渡すのも少々気が引けるね。
「恋は盲目という言葉があるよ。丸刈りにして本当に大丈夫なのか考えた方が良いよ。今まで金髪ロングでやってきたんだろ?」
「そうか、じゃあ少し思案してみるよ」
腕組みをして考え始めた明野君。そうよく考えるんだ。坊主になるリスクをちゃんと考えるんだよ。
そうして暫くして彼から出た言葉はこれだった。
「うん、坊主になるとメリットしかないね」
「そ、そうかい?」
メリットしかないってこともないだろう。物事には光と影があるようにデメリットも当然ある筈だ。その辺をこの貴公子はちゃんと考えたのだろうか?
「まず、このうざったい髪が今になって思うと邪魔で仕方ない。髪を乾かすのも数十分かかるし、セットするのも時間を食う。丸坊主に成れば、それらが全て解決する。本当に丸坊主って素晴らしいね♪」
丸坊主に対する大絶賛が凄い。そこまで言うぐらいなのだから、今までだってそれに気づくことは出来たと思うのだが、今になって素晴らしさに気付くとはね。
「もう僕は決心したよ。如月さんに坊主にしてもらう。この髪が如月さんと僕の懸け橋になる、それは素晴らしいことだと思うんだ」
金髪の懸け橋か、聞こえは良いが実際に想像してみると気持ち悪いな。
まぁ、ここまで本人が決心しているのだから、もう私に出来ることは後押ししてやることぐらいだ。
「頑張って来てね。応援してるよ」
「ありがとう、くろま……黒野さん」
おい、今なんて言いかけた?鈍器、鈍器は何処だ?
こうして【金髪の貴公子】こと明野 三日月君は長い金髪をなびかせて店を出て行った。もうあの長い髪を見ることが無いと思うと……別に何とも思わない。
「流石は黒野さんだね。あんなイケメンを丸刈りに導くなんて」
明野君が帰った後、ボソッと祥子さんがそんなことを言ってきた。
やめてくれよ、何か私が悪いことしたみたいじゃん。
次の日、興奮した如月さんが【Mary】に入って来た。
「昨日さ‼すっごいイケメンの金髪を坊主にしてやったんだ‼もう凄い気持ち良かった♪また伸ばしたら来てくれるってさ♪」
と私達に自慢して来たのだが、それを聞いて私もマスターも祥子さんすら遠い目をしていた。
各々少しの罪悪感を感じているらしい。
「きゃは♪早く髪伸びないかな♪」
これは二学期が始まった時の話なのだが、【金髪の貴公子】のファン達が「三日月君が満月になっちゃったよ―――――‼」と嘆き悲しむ事件が発生する。
それを私は横目で見ながら知らんぷりを決め込むのだが、ファンに殺される覚悟は出来ている。やるならやれ。
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