22話 坊主 前編

どうも黒野だよ。

喫茶【Mary】で働きだして一週間が経過した。

給料も出る上に、まかないも食べさせてもらえるし、勤務後のコーヒーも一杯タダ。こんなにグリーンな職場があるのだろうか?もうここに永久就職しようかな?


「コーヒー美味かったよ、ご馳走さん。」


テーブル席に座っている白衣の女の人が、テーブルに千円おいてスタスタと去って行く。お代は950円なのでこのままではいけない。


「お釣りを受け取って下さいよ。」


「いやいや良いから。そっちが受け取れないって言うなら募金でもしておいてくれ。」


んなこと言われてもな。募金ボックスなんかここに置いてないし。まぁ、後でコンビニでも寄るか。


「如月さん、いつもありがとうございます。」


そう言ってマスターがペコリと挨拶をすると、白衣の女の人は真剣な顔をした。


「マスター、あの話考えておいておくれよ。」


あの話?あの話って何だろうな?気になるじゃないか。

マスターも困った顔をしている。こんなマスターは初めて見るかもしれない。


「・・・何度言われても無理なものは無理です。」


「つれないな。マスターも。」


あの話を断られ、白衣の女性は、さも残念そうに【Mary】から出て行った。

あの話とは一体なんだろう?ただでさえ不眠症気味なのに、こんな謎ワード出されたら寝れそうにない。


「父さん、あの話って、あの話?」


おいおい祥子さんまで、あの話とか言い始めた。めっちゃくちゃ気になるよ。


「あぁ、間違いなくあの話だろうな。」


「やっぱり、あの話かぁ。」


いい加減にしてくれ。親子そろってこれ見よがしに、あの話言いやがって、聞かされる私の身にもなってくれ。もう駄目だ、聞く以外の選択肢がない。


「マスター、あの話って何ですか?」


「いや大した話じゃないよ。話す程のことでも無いかと。」


「いや良いから教えて下さいよ。てか教えて。教えてくれないと、それが気になって私が夜に寝れないから。」


「あぁ、そうかい?それなら話すよ。」


ここまで焦らされたので私は心して、あの話について聞くことにした。一体あの話の正体とは如何に?


「さっきの人は如月 文香(きさらぎ ふみか)さんといって、ウチの常連なんだけど、商店街の方で【マルガリータ】という坊主専門の床屋さんをしているんだ。」


・・・坊主専門の床屋というのを初めて聞いた。【マルガリータ】って丸刈りからとってるんだろうか?白衣を着てるから女医さんかと思ったが、床屋の服だったとは。

ということは話が見えてきたが、ここは横やりは出さずに最後まで話を聞こう。


「勘の良い君なら気付いたかもしれないが、彼女は私を丸刈りにしたがっていてね。私は断固として断っているんだ。」


「なるほど。」


やはりそうか。それにしてもマスターの似合いの白髪を丸坊主にしたいなんて、あの女恐ろしいことを考えるな。


「その【マルガリータ】って店は流行ってるんですか?」


「地域の高齢者の人に丸刈りが多いだろう?あれは全て如月さんが丸刈りにしてるんだ。高齢者たちは少しでも髪が伸びると【マルガリータ】行って剃ってもらう、ゆえに店はいつも繁盛しているよ。如月さんは美人だしねぇ。」


そうかそうか、なるほどね。スケベなジジイ共が如月さん目当てで通っているということか。そう聞くと如何わしく聞こえるが、店が丸坊主専門の床屋さんなので何とも言えないな。

と、ここで祥子さんがとんでも無いことを言い始めた。


「私も一度は坊主にしてみたいんですけど勇気が出なくて・・・豆子ちゃん、一緒に坊主にならない?」


「いやいや無理。」


瞬間的に首を横に振る私。いくらモジャモジャのクセっ毛にウンザリしてるとはいえ、丸坊主はいただけない。知ってたかい?こう見えて私も女なのだよ。

マスターは娘が坊主にならずにホッと胸をなでおろしている。娘を持つ親の大変さが身に染みたよ。







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