18話 決行

 僕の名前は宝田 雄一(たからだ ゆういち)32歳。しがないニートをやっている。

 社会貢献を全くしていない僕だが、そんな僕でも恋に落ちることはある。

 ある日、家の二階の僕の部屋の窓から、こっそり下界の様子(外の様子)を見下ろしていると、そこに綺麗な黒髪のクールビューティ系の女子が通るのが見えた。

 その人を見た瞬間、僕の体に電流が流れ、これが恋だということに気が付いた。

 仕事探しをするというと体が硬直し、部屋から全く出たくないでござると、一歩も外に出たがらない僕だが、黒髪クールビューティの人を追いかける為には、すぐに外に出ることが出来た。これも恋の力だろうか?


 僕の想い人の名前は亀田 祥子さん。彼女は喫茶店【Mary】のマスターの娘さんであり、僕の落ちた大学に通う女子大生らしい。僕があの大学に落ちてさえいなければ、あの子のOBに成れたのに人生とは残酷である。

 恋は盲目という言葉がある通り、僕は彼女の後を付けたりしてストーキング行為を繰り返した。一見、法律的にも人間的にもアウトに思われるかもしれないが、ヤバい行動をしていると自分で分かっているのだから、僕はまだ大丈夫だ。大体好きな人の後を付けて何が悪いんだ。意中の相手のことを少しでも知りたいと思うのが普通じゃないか。

 そうしている内に彼女が週一で回転寿司屋に行ってお寿司を食べる習慣があることが分かった。女性ながら涼しい顔で20皿ほどペロリと平らげるのは素晴らしい。

彼女とお近づきになる為、僕は彼女が何を食べるかをリサーチ、全体的に赤身と魚とイカを食べることが多いらしく、何度も何度も彼女の回転寿司屋で食べる物の統計を取っている内に、その日の彼女の食べたいものを当てることが出来るようになった。

 この情熱をもっと別のことに使えばニートから脱却できるのだろうが、僕は親の金で食べるご飯が一番美味しいと思っているのでニートをやめる気は無いのだ。

 親から金をせびってチェックのお洒落なスーツも買ったし、僕は自分を彼女に印象付ける作戦を考え付いた。その作戦というのは【彼女の食べたい皿を横取り】作戦である。作戦は至ってシンプル、いつもカウンターに座る彼女の前の席に陣取り、彼女が食べるであろう皿を先にとって食べる。これを繰り返すだけである。

 何の為にこんなことをするかって?そりゃあ彼女に僕という存在を認識してもらう為である。そしてゆくゆくは友達になって、恋人になって、二人で幸せな家庭を築くのだ。もちろんその場合は彼女が働きに出て、僕は自宅警備員として家の平和を守るのだ。お互いに適材適所で働かないとね。

 この作戦が功を奏したのか、寿司屋でたまに祥子さんが僕のことをチラチラ見てくるようになった。これは脈ありということだろうか?参ったな、いきなり恋人から始める未来も見えて来た。

 なので今日も親から金をせびり回転寿司屋に向かうことにしよう。


「雄ちゃん、お外に出れるようになったのは良いんだけど、そろそろ仕事探しを……」


「うるせぇババァ‼良いから早く金寄こせよ‼」


 お見苦しい所をお見せした。ウチの母は、たまにこういう余計なことを言って僕を怒らせるのである。全くしょうがない母親だ。

いつものチェック柄のスーツに着替え、ルンルン気分で回転寿司屋に向かう僕。ちなみにどうして祥子さんが今日の17時に回転寿司屋に向かうか知っているかは内緒である♪

 店内に入るといつものカウンターの席に彼女が座っており、僕はいつも通り彼女の左の四つ席が離れた所に座る。このぐらいの距離感が丁度良いんだ。

 彼女の横顔を見れば食べたいものがすぐに分かる。コハダとタコか、よしそれを頂こう。しかし、一向にコハダとタコが流れて来ない。ここの寿司屋は多種多彩なネタを常時流している筈なので、そろそろ流れてきても良い筈なのだが?

 何かがおかしいと感じた僕は、左の方をふと見てみた。すると流れてくるコハダとタコばかり食べている童顔の少年を確認することが出来た。口いっぱいにコハダとタコの寿司を頬張っている。


「はい、頑張れ佐藤。早くしないと次が来るぞ」


「モグモグ……これ結構きついんですけど。」


 隣に居るモジャモジャ頭の女は童顔男の彼女だろうか?……リア充爆発しろ。

 というか何でコハダとタコばかり食べているんだ?これでは僕がコハダとタコが食べれないじゃないか。段々と苛立つ僕を他所に童顔男はコハダとタコばかり食べ続けている。



 どうも黒野 豆子だ。

 どうやら効果的に作戦が効いている様である。ストーカーの顔が真っ赤に紅潮して貧乏ゆすりが止まらない。かなり苛立っているようだ。

 私の考えた作戦は至ってシンプル。まず祥子さんの前に座る男の更に前の席に陣取り、あとはラインから送られてくる祥子さんの指示に従い、祥子さんが食べたい物だけを助っ人で呼んだ佐藤が食べ続けるというものである。


《お寿司食べれなくて辛たん。まだコハダとタコが食べたいです。》


 そんなラインが祥子さんから来たが、私達がコハダとタコを食べなければ、どの道コハダとタコはストーカーに食べられてしまうのだから結果としては同じことである。


「うっぷ……黒野さん。そろそろコハダとタコ以外も食べたいんですけど」


「弱音を吐くな。これで一人の女性が助けられるんだから安いもんだろ?」


「いや、回転寿司屋とはいえ、食べ続けたら結構な値段しますよ。僕が払わないといけないんですよね?」


「そりゃそうだ、私は金欠なんだ、無い袖は振れん」


「あ、あんまりだ」


「ほら、嘆いてる暇があったら食べる。はいコハダとタコ」


 コハダとタコが流れてきたので皿を取ってやったのだが、段々と佐藤の目が死んだ魚の様に濁って行く様に見えるのは気のせいだろう。まさかまた自殺するとか言い出さないよな?うん、多分大丈夫だ。

 私はタッチパネルで自分が食べるウドンを注文した。

 早く来ないかなー♪




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