12話 徘徊

 お腹の空いた黒野 豆子だよ。

 コーヒー飲みがてら佐藤と西村と立ったまま他愛も無い話をする私。深夜と言うこともあり少しばかり変なテンションになっていたのかもしれない。


「あれ臭いよな」


「臭いですねぇ」


「あはは、臭すぎるって」


 そんな感じで話に話しを咲かせていたら、ぬぅと自動販売機のコーナーを覗く一人の男。最初は先生かと思ってビクッと体を震わせてしまったが、取るに足らない相手で助かった。


「お前たち何をしてるんだ?もう三時前だぞ」


 担任の金原。一応先生だが、コイツに見つかっても別に慌てる必要も無い。白髪交じりの髪に冴えない顔、言動もとても教職員とは思えない下種な発言ばかりなので尊敬するところなんて一つも無い男である。

 質問には質問で返そう。


「お前こそ何してるんだよ金原?」


「俺はだな、ムラムラしたから、この辺にエッチなビデオが見れる有料チャンネルのカードの自動販売機でも無いかなと思ってだな。あと金原先生な」


 先生と呼ばれたいなら嘘でも良いから、まともな言い訳を考えてくれ。包み隠さず自分の悪い部分を曝け出していく、この男のそういうところは勇気があると思う。


「先生、部屋のテレビにカード差すところなんて無かったですよ」


「本当か佐藤?それは参ったな。じゃあスマホでオカズを探すか」


 この佐藤と金原の会話で気になったところは、金原の卑猥な発言ではなく、佐藤が有料チャンネルのカードを差すところが無いかちゃんと確認していたことである。コイツ意外とムッツリなのかもしれない。


“ぐぅううううううううう”


 とこのタイミングで私のお腹が盛大に音を立てる。コーヒーを飲んで心は満たされたが、お腹の方は全然満たされていないのだ。

 こんな私でも一応は女なので男三人の前でお腹が鳴ると、いささか恥ずかしい。

 ここで金原が今年一番のデリカシーの無い言葉を言う。


「何だ今の音は?屁か?」


「うるせぇぞ‼底辺教師‼腹の音だわ‼アツアツのコーヒー耳の穴から流し込むぞ‼」


 あーやだ、本当にコイツが教師とか世の中おかしいわ。早く不祥事起こして辞めてくれないかな?


「ま、まぁそんなに怒るなよ。食堂に行けば何かしら食い物あるんじゃないか?あとで俺が上手いこと言っておくから、何か食おうぜ。西村と佐藤も食べるだろ?」


『食べる―♪』


 まさかのユニゾンで答える西村と佐藤。どうやらこの二人ウマが合うらしい。佐藤に友達が出来たのは良い傾向じゃないか。

 こうして私達四人は食堂を目指すことになった。自販機コーナーから割と近いので左程時間は掛かるまい。

 道中の廊下で西村と金原が本当にアホな会話を始めた。


「先生、恋って良いもんですね。」


「なんだ西村、そんな当たり前のこと言うなよ。俺も今キャバ嬢のミナちゃんのことが好きなんだけどな。あの子、俺にだけ対応が違うんだよ。こう思いやりがあるっていうのかな?多分だが俺とミナちゃんは相思相愛だ」


 違うわ。向こうは仕事だからお前をおだててるだけだわ。

 そう言ってやろうと思ったのだけど、この中年男性に真実を突き付けるのは、あまりにも可哀想なので私は何も言わなかった。

 食堂の看板が見えてきて、ようやく腹が満たせると思った矢先、男三人が急に立ち止まった。


「おいどうした?」


三人にそう問いかけたが、三人はバタバタと倒れた。まるで組体操の将棋倒しみたいである。


「えっ?」


 あまりのことに私はスマホのライトを使って三人の顔を照らしたが、三人とも目を閉じてガーガーといびきをかいて寝ている。

 三人とも同時に寝るなんてことあり得るか?……まぁ、実際起こっているワケだからあり得るのだろう。

 私はコイツ等を放っておいて食堂に入ることにした。とにかく腹が減ったし、三人が寝てしまった事を考えるにしても脳に栄養が行かないことにはな。


 食堂に入ると真っ暗だったので、私はスマホのライトで辺りを照らしながら進んで行く。中は長いテーブルと椅子が並べられ、如何にも食堂といった所だろうか。


“ガサゴソ”


 ん?奥の方から何やら物音が聞こえる。調理場の方だろうか?もしかしたら職員の人かもしれないのでココは逃げるのが賢明かもしれないが、知的好奇心の方が勝ってしまい、私はゆっくりと物音の方に近寄って行く。

 すると私はある状況に出くわしてしまった。

 誰かが冷蔵庫の前でムシャムシャと何かを食べているのである。今は後ろ姿しか確認できないが、その誰かは上が白の和服で下が赤の袴を履いて巫女服の様な格好をしており、髪は真っ白な長髪が臀部のところまで伸びている、華奢なそうな背格好から察するに女性であることが分かった。

 女は私に気付いていないのか、まだムシャムシャと何かを食べている。


「あの……どちらさん?」


 思わず私が声を掛けると、女は「ん?」と言って振り返った。女性の顔は細い目にマロ眉であり、肌はおしろいを塗った様に白く、それだけ聞くと奇抜な顔をしている様に聞こえるが、それらが見事な調和をしており、誰がどう見ても美人である。

 女は何を言うでもなく、不思議そうにコチラをジーッと見ている。

 私も何の気なしに女のことを見ていたが、突然ピョコンと女の頭から何かが飛び出したので、そちらに視線を向ける。するとそれは白いフサフサの耳であり、流石にそんな物が出てくれば、意外と小心者の私は悲鳴を上げずにはいられない。


「ぎゃあああああああああああ‼」


 私の悲鳴に驚いたのか、女の方も悲鳴を上げる。


「きゃあああああああああああ‼」


 二人の悲鳴が食堂にこだます中、頭の中に何処か冷静な私が居て、濁点が付く付かないかで女子的に明らかに差が出るなぁと、濁点を付けてしまった自分に少し自己嫌悪を覚えてしまった。

 このまま悲鳴を上げ続けても話は進まないし、ビックリした警備員や職員が来る可能性もあるので、私は冷静に戻り質問をすることにした。


「ア、アンタ誰だ?狐の巫女のコスプレしている不審者?」


 私がこう質問すると、狐巫女は悲鳴を上げるのをやめ、恐る恐るといった感じで自分の正体を明かした。


「ちゃ、ちゃいますよ。私は巫女のコスプレをした狐の神様です。ほら尻尾だってありますえ」


 ボンッと音を当てて、狐巫女の赤い袴のお尻からフサフサの尻尾が出てきた。出てきた瞬間ビクッと体が震えたが、イチイチ驚くと話の進行を妨げる恐れがあるのでグッと堪える私。いやぁ、主人公の鏡だね全く。


「ウチはアンタが今日登った山の神様なんどす。ほら、山中に可愛らしい白い狐おったでしょう。あれは化けた狐ですねん」


 京都弁なのか大阪弁なのかよく分からない言葉遣いの狐の神様(自称)。きっとキャラ付けで無理矢理そんな喋り方をしているのだろう。そもそもココは関西じゃないし。


「覚えて無い。山道がキツ過ぎて下ばかり見てたから」


「えぇ、あんだけ皆『きゃああ♪可愛い』って騒いでたのに、まぁ、『エキノコックス持ってるかもしれないから近寄るな‼』って言われたのはショックデカかったけどねぇ」


「知らない。景色すら覚えて無いから。」


「えぇ……そやったら。山頂の小さな祭壇は?上に小さな狐の石像座ってたやろ?あれ私の御神体。」


「……全く記憶にない。山頂に着いたら目を閉じて体力回復に勤しんでたから。やっほーすら言ってない。」


 ここまで言うと狐の神様(自称)は、さもガッカリしたように肩を落とした。


「なんですのんそれ。私と出会うフラグ折りまくりやん。ようそんなんで私に会いに来ましたな。」


“ぐぅううううううううううう‼”


 タイミングが良いのか悪いのか、ここで今日一の私の腹の音。先程の悲鳴と勝るとも劣らぬ音だったので、やはり私の顔が赤くなる。


「やれやれ、お腹空いてるんですねぇ。ちょっと待ってて下さいねぇ。今からきつねうどんでも作って差し上げましょう」


 狐の神様(自称)にきつねうどんを作ってもらうなんて機会が巡ってくるとは、夢にも思わなかったが、私はコクリコクリと首を縦に二回振った。

 あとついでに手の甲を抓ってみたけど痛かったので、今回は夢オチでは無さそうだ。






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