13話 逆転

 黒野 豆子だよ。

 あらすじを話すと、お腹が減って食堂に行ったら狐の神様と出会った。


「はい、出来上がり♪たーんと召し上がり♪」


 コトンと私の前のテーブルに置かれたのは、器の中に黄金色のスープの海を純白の麺が泳ぎ、ネギ、カマボコなどが彩を加え、真ん中にデーンと油揚げが浮かんでいる。まごうことなき、きつねうどんであった。

 狐が作るんだからおそらくコレが出てくると踏んでいたが、カツオ出汁の良い匂いがするし、空腹も相まって美味しそうである。


「いただきます」


 私は久しぶりに両手を合わして生きとし生けるもの全てに感謝を捧げ、箸で麺をズルリと一すすりしてから、器を持ってスープをゴクリ。

 そうして一言。


「旨い‼」


 私好みの弾力の無い食べやすい麺、薄味だが飽きの来ないスープ。これらが空っぽの胃に入って行くのは心地良く、天にも昇る気持ちである。


「そりゃ良かったわ♪作った甲斐がありました♪」


 狐の神様が上品に微笑を浮かべる。流石は神様だけあって少しばかり神々しさを感じないでも無いが、きつねうどんを振舞ってもらうと、何処か親近感も出てくるから不思議である。

 うどんをすすりながらではあるが、今の状況を説明しよう。

 まず、ここに来るまでの間、佐藤たちが倒れる事態に発展したのは狐の神様の張った結界の効果であり、結界内に入ると眠たく成るように調整していたらしい。稀に効き辛い奴が居るらしく、何を隠そうそれが私だ。効きづらいが故に今こうして、うどんをすすれているのだからラッキー。

 結界があるので食堂の電気も点けて悠々自適に夜食と洒落込んでいるのが今の状況である。


「御馳走様でした」


 食が細い私だが、空腹ということもあり、物凄い勢いで麺はおろかスープの一滴まで飲み干してしまった。今まで食べた中で一番おいしい食べ物……というのはいささかオーバーかもしれないが、きつねうどんの中では間違いなく№1であることは間違いない。


「よっぽど、お腹空いてたんやねぇ」


 狐の神様はそう言うと器を片付けて行く。先程から見事な手際である。豆子厨房に立たずという謎の決まりを作っている私とは大違いである。

 さてさて、うどんも食べて、爪楊枝で歯の掃除でもしながら狐の神様とお話でもしようかね。まだ名前も聞いてないし。

 狐の神様は器を洗い終えるとコチラに戻って来て、テーブルを挟んで私の向かい側に座った。

 改めて狐の神様の格好を見ると、先程から胸の所で見事な谷間がチラチラ見えており、たわわに実った果実がユサユサと揺れているのを見ても推定でもGカップはありそうであり、下の方は露出が全く無い赤い袴だが、昔の巫女さんが下着を着けない風習があったということを鑑みると、狐の神様が履いているのか?履いていないのか?それだけで男子達が色々と盛り上がりそうである。

 なんて馬鹿みたいなことを言ってないで、まずは自己紹介でもしておこうか。


「申し遅れたが、私の名前は黒野 豆子。17歳。」


「まぁ、黒野 豆子。ということは黒豆ちゃ……」


「おい、そのマロ眉を極太眉に変えられたくなかったら黙ってろ。胃袋を掴まれたとはいえ、プライドまで捨てる気はねぇぞ」


 私は先程、真知子の顔に落書きした油性の黒ペンをジャージのポケットから取り出して、ギロリと狐の神様を睨んだ。マジで許さへんで。

 ココで予想外だったのは、思いのほか狐の神様は私の脅しを怖がり、目に涙すら浮かべているということだ。


「ひぃ……怖い怖い。失禁してしまいそうや」


「……神様が失禁とか言わないで欲しい。とりあえず黒豆とかいう、アホみたいな名前で私を呼ぶのはNGだから、そこだけは気を付けてくれ」


「分かりましたわ」


失禁に関しては本気なのか嘘なのか判断できないが、そこは追及すべきところでは無いだろう。


「オホン、じゃあ次はウチの方から自己紹介しときます。ウチの名前は白狐びゃっこ。ホワイトタイガーやのうて、白い狐と書いて白狐と言います。以後お見知りおきを」


 ペコリと頭を下げる白狐。中々洒落た名前じゃないか。


「ちなみに歳は永遠の17歳ですわ♪」


「オイオイ」


 おそらく年齢詐称されたが、まぁどうせ何百歳もいってるんだろうな。そこに関しては興味も無いので深く掘り下げないで良いか。別のことを聞いておこう。


「何でその神様が食堂に居たんだ?」


「そりゃ油揚げ食べる為やわ。狐が油揚げ好きなのは常識や、世界のグローバルスタンダードやろ?」


「なんで横文字使うのさ。日本の神様なんだから出来るだけ横文字使うなよ」


 つまり油揚げをツマミ食いする為に、わざわざ結界まで張っていたというワケか。なんだか理由を聞くとしょうもないな。


「まぁ、ツマミ食いも、もう少ししたら出来なくなるかもしれまへんけどな」


「えっ?なんでさ」


「ここのオーナーが一週間前ぐらいに全職員を集めた会議を開きましてな。ここの施設の経営が悪いから、もう店たたもうか、みたいなこと言うてましたわ」


 いきなりの重い話である。まぁ、感染症の流行ってる時期もあったし、経営が傾いたとして仕方ないのかもしれない。正直、来年からこの登山合宿も無いと思うと、来年の二年生が羨ましい気持ちが無いわけでは無いが。


「ウチ、この山の上に御神体ある言いましたやろ?あれに拝んで信仰して貰わんと消えてしまうかもしれへん。やから、この施設に無くなってもらうと色んな意味で死活問題やねん。油揚げも食べれんようになるしな。困ったなぁ」


 確かに山の近くに宿泊施設が有ると無いでは登山する人数は大違いかもしれない。人から信仰を受けられないと消えてしまうなんて神様も難儀なものだな。

 このまま一つの話として受け流してしまうことも出来るのだが、きつねうどんを奢ってもらった手前、ここで相談に乗らないと相談屋の名が廃るってもんである。

 ……まぁ、個人的には廃れても良いのだけど。


「白狐さんよ。私にこの施設を立て直す良い作戦があるんだけど聞くかい?」


「えっ?それなんですのん?聞きたいわぁ」


「それには白狐さんの活躍が不可欠なんだ。アンタこういうこと出来るかい?」




~三週間後~


 ワシは黒野くろの 敏子としこ。77歳のナナテンパイの婆さんだ。

小さな平屋に孫の豆子と二人で住んどる。

 孫は夏休みということもあり、家でグータラしておっての、朝の9時になっても起きて来んから、さっき叩き起こした。

 寝ぼけ眼の豆子に朝飯を食わしてやって、食後にちゃぶ台の上にお茶を出してやったら、あからさまに不満そうな顔をした。あからさまにコーヒー飲みたいと顔に出ておったが、あんな黒い豆汁毎回飲んでたら体調が悪くなるだろうに。全くアホな孫だねぇ。

 お茶をずずいと飲みながら、ローカルの新聞を見る豆子。いつもの光景だが何ともババ臭いのう。これじゃあ嫁の貰い手も無いだろうね。


「何読んでるんだい?」


「……別に」


 はぁ、会話も弾まないねぇ。全く愛想もクソも無い孫だよ。

 少し気になったので後ろから豆子の読んでいる記事を見てみると、見出しにはデカデカとこう書かれておった。


【稲荷の家の経営V字に回復‼決め手は夢による狐の美人のサービス⁉】


 見出しからしておかしなことが書かれているが、記事の内容をまとめるとの。

何でも客が寝ていると、夢にその人の好みに合わせた姿で狐の美人が現れ、膝枕、耳かき、デート、先輩タオルです♪等のシチュエーションが楽しめるとのことじゃわい。

 ワシはこれについての感想を一言。


「いかがわしいねぇ」


”ブッ‼”


 何故だかお茶を吹く豆子。吹いた後でゴホゴホとむせておる。どうしたんじゃ?


「べ、別にいかがわしくないだろ」


「何で庇う?お前が考えたワケでもなかろう」


「ギクッ……ま、まぁそうだけどよ」


 全くおかしな孫である。













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