6話 結婚
この間の風見先輩の王子様捜しの一件は疲れた。チャラ男と風紀委員のまさかのカップル誕生だったが、節度を守った交際で上手いことやっているらしい。
「黒野さん、今日は新しいゲームの発売日なので、相談のお手伝いは出来ません」
そう佐藤に言われたのだが、別に断りを入れる必要は無いんだけどな。でもパンパンと両手を叩いて呼ぶのが癖になってるから気を付けよう。
そして今日も放課後になったのでボーっといつもの様に自分の席に座って物思いにふける私。この物思いにふけっている間に相談者が来なければ私はスッと帰れるわけだ。来るな、来るな、今日は誰の相談も受けたくない。
“ガラガラ”
チッ、そう思っている時に限って来るんだよな。
「し、失礼しまーす」
そう言いながら教室の前の扉から入って来たのは、まさかの先生。
音楽教師の
眞鍋先生は長い髪に丸眼鏡をした柔和な顔でいつも優しい人で、生徒からの信望をも厚い。噂だが唯一の欠点として酒癖が悪く、飲み会ではキス魔になって老若男女が餌食になってるらしいが、先生と酒を酌み交わしたことの無い私には知る由もないことである。
先生が相談に来るケースは大体が面倒事が多いので、あまり受け持ちたくないのだが、一応報酬を貰っている身としては客を選んではいけない。
眞鍋先生は人目を忍びたいのか、廊下の所でキョロキョロと首を動かして周囲の確認を怠らない。そこまでして私に相談したいのか?
ひとしきりキョロキョロを終えると、眞鍋先生は教室の中に入って、後ろ手でドアをピシャリと閉めた。
「そ、相談しに来たんだけど、黒野さんの前の席に座れば良いのかな?」
「はい、どうぞ」
「じゃあ失礼するわね」
私の前に座る眞鍋先生、スーツを着た先生が私の前に座ると、何やら私が悪いことをしている気分になるのが憂鬱である。
「それで?眞鍋先生は何を相談に来たんですか?」
「それが……その……」
言い辛そうに口籠る先生。何だろう?まさか生徒と禁断の恋に落ちたとか、そういうヤバイ感じのヤツじゃ無いだろうな?
だが眞鍋先生の口から出た相談内容は至って健全なモノだった。
「……私、いつになったら結婚出来るのかな?」
ふぅ、良かった良かった。この程度のことで助かった。
確かに眞鍋先生も34歳。一般的に考えるとそろそろ結婚焦り始める時だろう。
「両親からも電話で見合いを進められたりしてね。そろそろヤバいかなーって思って、マッチングアプリに登録して頑張ってみたんだけど、何故か50代のおじさんばかかりにモテちゃって。上手いこと行かないのよね」
いつもの柔和な顔に影が差し込み、どんよりと教室の空気が重くなる。30代の女性の結婚相談を10代の私が受け持つのは、いささか奇妙な光景だ。
「周りの友達も結婚して行くの。それで祝儀を包みながら、私はいつ貰う側になるんだろうって考えるとブルーな気分になっちゃってね。マリッジ出来ないブルー……なんちゃって」
変なギャグまで言い出した。不覚にもちょっと面白く思ってしまい笑いそうになったが、絶対ここで笑ってはならないと、右手でお尻の肉をギュッと摘まんだ。
「痛っ‼」
「ど、どうしたの?黒野さん?」
「い、いや大丈夫。話を続けて下さい」
痛いなぁ、ちょっと摘まみ過ぎた。虐待されるのは慣れているけど、自虐はしたことが無いからなぁ。おー痛い。
「私どうしたら結婚できると思う?」
直球来たなー。コレに関しては自分の結婚観を語るしか出来ないよな。
「先生、これは私の考えなんですけどね。別に無理して結婚する必要なんて無いんじゃないでしょうか?」
「えっ?」
「私ね、結婚するのが当たり前みたいな風潮が嫌いなんですよ。結婚しないと一廉の大人に成らないなんてのはハッキリ言って不快です。結婚していなくても立派な人は居ますし、結婚していてもヤバい奴は沢山居ますしね」
「で、でもこのまま一人で居るのは嫌なの。家に帰るといつも一人で寂しくて、ストゼロを飲む量も増えちゃってるし。このまま一人で死んでいくかもしれないと考えると切なくて」
「確かに寂しいというのはありますけどね。孤独は悪いことじゃ無いですよ。何物にも縛られず自由に振舞えますし、それに先生は学校では生徒と交流して、ストゼロ買う時だって店員さんと交流してるでしょ?それを考えると家で一人でいるぐらいなんてことは無いですよ。むしろ一人の時間が大切です。結婚したら嫌でも旦那と子供と一緒に居ないといけないんですよ?それの方が私は辛いなぁ」
あるニュースの街頭インタビューで見たが、結婚している人に結婚して何が良いかと尋ねると、子供が可愛いというのが大半だったが、私はそれを見ていて私は「逆にそれしかメリット」無いのかよとツッコミを入れてしまった。
結婚にはメリットもあればデメリットもある。子供の養育費は掛かるし、家を建てるとなると場所探しに労力を使い、いざ建てれてたとしてもローン地獄が待っている。子育ても大変だし、自由な時間もあまり無いとなれば、デメリットの方が多くないか?
ゆえに私自身、結婚するのはあまり気乗りがしない。というかこんな捻くれた女に相手が居るとも思えない。
「えっ?ストゼロ毎日五本飲めなくなるかな?一人裸踊りも出来ない?」
「それは知りませんけど、とりあえず一人ではしゃぐことは出来なくなるんじゃ無いですか?」
そんなにアルコール9%のチューハイが飲みたいのか?あと一人裸踊りは私の胸の中に締まっておこう。最近の高校教諭は闇が深い。
「マジかー……じゃあ無理して結婚すること無いかな。」
「そうです、そうです。まぁ、結婚のデメリットを考慮しても、この人となら幸せに成れると考えたら結婚しても良いでしょうけどね」
「そう、そうよね。それに私は孤独じゃない。私には生徒とストゼロが居るもんね♪」
生徒とチューハイを同列に語るのはどうかと思うが、とにかく納得してくれて良かった。
そうして眞鍋先生は、ちょっと高めの缶コーヒーを私の机に置いて、「ありがとう♪」と言いながら晴れやかな顔で教室を出て行った。
相談し終えたワケだが、少子高齢化を促進したみたいで、ちょっと複雑な気分だ。
まぁ、そんな気分でもブラックコーヒーは相変わらず美味いよなぁ。
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