3話 人生

「でさぁ、ウチの彼氏が本当に浮気性で~、すぐに他の女とデートしたりするのよ。どう思うそういうの?」


「あっ、うん、酷いねー」


 いつもの様に教室で金髪ワンレンのド派手な格好のギャル女Aの相談を受けることになった、私こと黒野 豆子はそろそろ限界が近かった。

 ギャル女Aは彼氏の愚痴を延々に喋り続けている。こんなのは相談じゃない。ただ不満を言って誰かの共感が欲しいだけの輩である。一番面倒で疲れる相手だ。こんなの缶コーヒー一本じゃ割に合わない。


「しかもアイツ、私が朝起こしに行かないと、全然起きれないの。やばくなーい」


「そだねー」


 もう私の感情が無くなりかけている。棒読みになっているのがその証拠だ。


「でも、そういうところが可愛いよねー♪」


 知らんがな。



 ようやく相談という名の彼氏語りが終わり、報酬の缶のブラックコーヒーを持って私は学校の屋上に行くことにした。夜風に当たりながらコーヒーでも飲んでスッキリしたくなったのである。

 放課後になっても屋上が解放されている理由として、単純に屋上の扉の鍵が壊れていることにある。先生にバレれば即直されて立ち入り禁止になるだろうが、生徒達の暗黙のルールでそのまま放置されている。まぁ貯水タンクやらの点検の人が来るまでの間の生徒達の暫しの憩いの場である。


“ギィッ”


 階段を上がり終えた私は、軋むドアを引いて屋上にようやくたどり着いた。すると真っ先に目に入ったのはウチの制服を着た男子の姿であり、先客が居たことに思わず溜息が漏れた。しかし、問題なのはそんなことではなく、男子生徒が居る場所が問題であった。屋上の周りは一応高いフェンスに囲まれており、安全対策バッチリなのだが、男子生徒はフェンスの外に居て、屋上の縁に直立不動で立っているのである。

 これはアレかな?じの付くアレをやろうとしているのかな?

 面倒事の極みに出くわして、今日一番のため息をフーッと着く。このままこっそり帰りたいが、これで明日の朝になって、飛び降り死体があるなんてことになったら流石に気が悪い。さてどうしたものか?

 私が思考を巡らしていると、男子生徒の方がコチラに気付いたらしく、ゆっくりと振り向いて来た。目がクリっとした童顔のキノコヘアーの男の子である。何か見掛けたことがある様な気もするので、もしかしたら私と同学年かもしれない。


「こんにちは」


 おっと挨拶されるとは思わなかった。じの付くヤツをやろうとしている割には冷静じゃないか。


「こんにちは。まぁ、そろそろこんばんわだけどな」


 性格の捻くれている私はついついこんなことを言ってしまうのである。ご容赦頂きたい。


「僕が何をしようとしているか分かるかい?」


 おっと次はクイズか、勘弁してくれよ。当てたら飛び降りる気じゃ無いだろうな。


「えーっと、一人で野球のフライの練習してたら誤って下にボールを落として、それで上から覗いて探してるとか?」


 アドリブにしては中々良い線行ってるんじゃないのかな?私は自分で自分を褒めてあげたい。自信作だ。


「違うよ、自殺しようとしていたんだよ。」


 ……あぁ自分で言っちゃったよ。そこら辺ぼかして言ってたのに畜生。


「何で自殺しようとしてるか知りたい?」


 知りたくないよ。何で自殺する理由を語ろうとするんだよ。かまってちゃんかよコイ ツ。正直さっきのギャル女Aよりイライラするが、ここはグッと堪えておかないと、何が引き金になってコイツ飛び降りるか分からんしな。

 一応興味があるふりしておこう。


「話してみてくれよ」


 平然を装って私がそう聞くと、自殺しようと思った経緯を話し始めた。


「僕の名前は佐藤さとう 幸喜こうき。この学校の二年生なんだ。まぁ、五月から不登校で学校には来てないけどね。」


 やっぱり同学年だったか。今が七月だから大体二ヶ月間は引き籠ってるわけか。そういえばそんな奴が居るとか、風の噂で聞いたことがある様な気がしないでもない。


「僕は一年生の頃から酷いイジメに遭っててね。上履きは隠されるし、机の中にはムカデ入れられるし、プロレス技の実験台にさせられるし、お金もカツアゲされるし、本当に散々な目に遭ってきたんだ」


 苦虫を噛み潰す様な顔をしている佐藤。きっとコイツにとっては本当に辛いことだったのだろう。


「ウチの親は共働きでね。家にほとんど居ないことが多いんだ。だから相談することも出来なかった。というかあの人達は僕に興味すらないんだよ。昔、『お前は産む筈じゃなかった』なんて言われたこともあったし、僕が学校に行かずに引き籠っているのも知らないんじゃないかな?」


 いや流石にそこは学校側が連絡して知っているとは思うが、本当に息子に興味が無かったら適当にスルーしているのかもしれない。子供が可愛くない親なんて居ない、なんてドラマで使い古された言葉があるが、近年の親が子供を殺す事件などを見るに、実際問題子供を愛せない親は多いんじゃないだろうか?


「だからもう良いんだ。死ぬって決めたんだ。ここから飛び降りてね。別に僕が死んだところで誰も悲しまないし、イジメてた奴らだって何も変わらないのも分かってるけど、辛くて辛くてもう死にたいんだよ」


 半泣きになりながら佐藤はそんな風に訴えてくる。そうか、そうか、そりゃ辛いよな。こうなると私の言う事は一つだ。


「じゃあ死ねよ」


「えっ?」


「死にたいんだろ?じゃあ死ねよ。お前みたいな甘い奴見てるとムカつくんだよ。別に私は自殺は駄目とか道徳をお前に説くつもりも無いし、死ぬのを止める気も無いんだよ。ただ目の前で死なれると目覚めが悪いからこの場では思いとどまらないかな?って思ったけど、お前はとんだアマちゃんで反吐が出る。」


 もう止まれない私はツカツカと佐藤に近づいて行く。佐藤は慌てた様子で、もしかして落ちるかもしれないと思ったが構うものか。コッチはキレてんだよ。

 フェンスまで近寄ると私は制服のシャツを捲り上げた。


「ちょっ、何してるの‼……えっ‼」


 私のお腹を見て言葉を失う佐藤。決して私はストリップを始めたわけではなく、自分に付いたお腹の傷を佐藤に見せたかったのである。あっ、タバコの跡もあったかな。


「そ、それどうしたの?」


「アル中の父親に斬りつけられた。斬りつけた親父は刑務所の中に居るよ。私が警察に通報して捕まえてもらったんだ。あと三十年ぐらい出て来ない」


 私は用が済んだので服を下ろし、フーッとまた溜息を着いた。そういえばこの傷を人に見せるのは初めてだ。背中では革のベルトで叩かれた時の痣とかもあるけど、そこまで見せる必要は無いだろう。


「死ぬのも死なないのもお前の自由だ。だけどお前より不幸な人は沢山居るし、悲劇のヒーローぶって死ぬのは気に入らない。私はこの先どんな不幸が待ち構えていて、どれだけ打ちのめされようが生きことをやめない。美味しいコーヒーも飲めなくなるしな」


 途中から自分の話をしてしまっている時点で、どうやら私は頭に血が上っていて冷静な判断が出来ていないということが理解出来た。どうしてこんなにも腹が立つのか分からないが、こんな状態では人の話を聞いてアドバイスするなんて出来る筈もない。出来ないことはしないに限る。


「私はもう帰る。お前は好きにしな。ただ私はどちらかといえば、お前に生きていて欲しいと思うよ。ここで会ったのも何かの縁だしな。それじゃあな」


 結局、私はそのあと踵を返して屋上を後にした。学校を出る前に屋上をチラリと見たが、佐藤らしき人影はなかった。

 飲んだコーヒーの味が分からなかったのはこの日ぐらいだろうか?




 次の日、私は一人悶々として授業中の集中力を欠いていた。

 流石に昨日は言い過ぎたし、自殺志願者をそのまま放置したのは不味かった。

 学校で騒ぎになっていないので自殺はしていないのだろうと判断したが、今も佐藤が自殺しようと画策しているのかもなと考えると、他のことに手が付かない。

 そうしている間に放課後になり、いつもの様に私は教室に一人になった。幸いなことに今日は相談者が居ないらしい。居たとしても今日は何も聞いてやることは出来ないけどな。

 やはり佐藤の家を一度訪ねた方が良いだろうか?縁が出来たと自分で言ってしまったしな。けど自死することは自分の自由と考えている私だ。ロクなアドバイスは出来ないぞ。


「あの、すいません」


「うわぁ‼」


 突然話し掛けられて私は飛び跳ねるぐらい驚いた。いつの間にか目の前に男が立っており、その男というのが昨日の自殺志願者の佐藤だった。

 昨日と同じ様に学生服を着ており、一応確認の為に足を見たが、ちゃんと足があるのでコイツは生身の人間だろうと推測できる。


「す、すいません。驚かせてしまって。でも教室の外から声を掛けても反応してくれなかったので」


「あ、あーね。ごめんね、考え事しててね。あはは。」


 作り笑いなんてするの何年ぶりだろうか?上手く出来ている自信がない。

 とりあえずいつものクールな私に戻らなくては。


「オホン……で、どうしたんだよ?」


「はい、僕、自殺するのをやめたんです」


 佐藤からそう聞いて、私は心の中でガッツポーズをした。理由は分からないけど、とにかくやめてくれて助かった。


「アナタからの叱咤激励のおかげで思いとどまることが出来たんです。本当にありがとうございます」


「いや、私はそんなつもりは無かったよ。ムカついたら言いたいこと言っただけさ」


「それでも、あんな風に生の感情剥き出しにして怒ってくれる人なんて僕の周りには居なかったから、僕は感動したんです」


 目をキラキラさせながら私のことを見つめてくる佐藤。やめろやめろ、何だか恥ずかしくなってくるじゃないか。顔が熱い、話題を変えよう。


「お前、飛び降り自殺をやめてココに居るってことは、今日は普通に登校したのか?」


「いえ、散々迷った挙句、今になって学校に来ました。明日からまた頑張ります♪」


「あー、そうなの、頑張ってねー」


こりゃ普通に登校するのには、まだ大分時間が掛かりそうだ。


「それでアナタをたまたま見つけて声を掛けたんですが、ここで何をしてたんですか?」


「ん?別にただ黄昏てただけだよ」


 お前のことを心配しながらな。なんて気恥ずかしくて言う気にもなれない。


「そうなんですね。じゃあ名前教えて下さい。もう言いましたが僕の名前は佐藤 幸喜です」


 なんかグイグイ来るなコイツ。まぁ、自己紹介ぐらいしてやっても吝かではない。


「黒い野原の豆の子供と書いて、黒野 豆子だ。別に覚えなくても良いぞ」


「くろの……とうこ。」


何かを考える佐藤。何だか嫌な予感がする。


「黒豆さんですね♪」


 このあと私が佐藤の頭をポカリと殴りつけたのは言うまでもない。

 あとブラックの缶コーヒーも奢らせた。

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