2話 偽善

 黒野 豆子だ。たまには私だって相談されない日があっても良いと思う。

 それこそ毎日毎日相談に乗っていたら、私の方がノイローゼになり、カウンセリングを受ける羽目になるかもしれないじゃないか。

 先生、私夜眠れないんです……ってそれはコーヒーのせいか。

 はい、そんなたまには休みにしたいなんて愚痴をこぼしつつ、今日も缶のブラックコーヒーの為に頑張ることにしよう。


「それじゃあ相談しても良いかな?」


 いつもの教室で、いつもと同じように机を挟んで椅子に座る相談者。

 今日はショートヘアーの黒髪の爽やかなイケメン、隣のクラスのひいらぎ さとる君が相手である。身長も175センチ以上はありそうだし、ニカッと歯を出して笑えばキラッと輝きそうな男。そんな悩みの無さそうな男でも、きっと人には言えない悩みを抱えているのだろう。


「良いよ、話してみてよ。私がお役に立てるか分からないけどさ」


 一応、予防線は張っておく私。所詮はアマチュアの相談なのだから、相談が失敗することだってあるだろう。そういう時の為の予防線。


「ありがとう。それじゃあ話させてもらうね」


 こうしてイケメン君は話を始めた。


「僕は毎朝、皆より早く来て学校のゴミ拾いをしているんだ。自主的にね」


 その姿なら見掛けたことがある。てっきりボランティア部の活動の一環なのだと思っていたが、まさかのこの男の自主的な行動だったとは、コイツは恐れ入った。


「ゴミ拾いをしていると心が晴れてさ、僕自身の気持ちも良くなるんだ。でもさ、この間通りがかった男子生徒からボソッと言われたんだ『偽善者野郎』って。それを聞いたら何だか自分のしている行為が心のからの行為じゃない様な気がしたんだ。打算的に自分をよく見せようとして、賞賛や高評価の見返りを求めて、その男子生徒の言う通り偽善的な自己満足に過ぎないじゃないかと思えてきて……そしたら何だか自分が悪い人間の様に思えてしまってね」


 なるほど、なるほど、要は学校を綺麗にしたいと思って始めた行動だったけど、男子生徒から文句言われたら、何だか気が悪くなったというワケだ。こいつ真面目だな。


「今もゴミ拾いを続けているんだけど、また同じようなことを言われると思うと怖くて、内心ではいつもビクビクしているんだ。もうゴミ拾いなんかやめるべきかな?」


 ゴミ拾いなんかか、その言い方から察するにゴミ拾いをすること自体を悪い事の様に思ってしまってるなコイツ。それは良くないと思う。


「あのよ。私はアンタのことスゲーと思うぜ。毎朝ゴミ拾いなんて私なら面倒臭くてやらねぇもん。偽善で良いじゃんか、誰だって100%善意で慈善活動するなんて中々出来ないと思うぜ。邪な気持ちもありつつ、やってることは良い事なんだから結果的には変わらないよ。大体、偽善者なんてどっかの誰かが言い出した皮肉みたいなもんだろ?私から言わせれば偽善者にも成れない奴は、一生良い奴になれないよ」


 私がこう言ってやると、柊は少し考えこんだ。イケメンというのは考えている姿も絵になるな。こんなイケメンに嫉妬して、男子生徒は「偽善者」なんてことを言ったんじゃなかろうか。だとしたら男の嫉妬は醜いな。


「……偽善で良いか。そんな言葉は初めて聞いたな。良いのかな?」


「良いんじゃないの?承認して欲しいなら私がしてやるよ」


「フフッ、分かった。何だか心が晴れたよ。明日からもゴミ拾いをするよ。偽善的にね」


「はい、頑張れよ」


 こうして柊はニコッとイケメンスマイルを私に見せて去って行った。

 あぁいう良い奴が世界を良い方向に持って行ってくれると非常に助かるんだがなぁ。私?私は良い奴じゃないので美味しいコーヒーすすりながら、人の浮世を傍観しながらのんびり人生を過ごすよ。

 あぁ、今日も苦くて美味しい。




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