ブラックコーヒー相談
タヌキング
1話 ブラックコーヒー相談
私の名前は
好きな物はブラックコーヒーで、放課後の誰も居ない教室でチビチビ缶コーヒーを飲むのを日課にしている女である。ブラックコーヒーの様に苦くて美味しい飲み物は他にない。
少しばかりコーヒーを飲む量が多すぎて不眠症気味であり、目の下のクマが絶えないが、そんなことは気にしないのが私の流儀。
ある日、放課後いつもの様にブラックの缶コーヒーを飲んでいると、まだ残っていたクラスメートから「黒野さんって大人っぽいよね、ちょっと相談に乗ってくれない?缶コーヒーあげるから」と言われ、気まぐれで相談に乗ったのがキッカケで、たまに私のところに缶コーヒーを持った相談者が現れるようになった。
その相談者というのはクラスメートのみではなく、別のクラス、別の学年、まさかの先生まで来る様になってしまった。
私は相談に乗るのがそんなに上手いのだろうか?言いたいことを言っているだけの様な気もするがな。
さて、今日も放課後。私はいつもの様に自分の席に着いて一本目の缶コーヒーを飲み終えたところだけど、この夕焼けに染まった教室に迷える子羊が来るのかねぇ?
“ガラガラ”
来ちゃった。扉を開けて出てきたのはオカッパ頭の小さな女の子であり、高校生の制服を着ていなければ小中学生に間違えられそうなナリをしている。知らない顔なので一年生だろうか?三年生だとは思いたくない。缶コーヒーのブラックを両手で大事そうに持っているので、相談者であることはほぼ間違いないが。
オカッパ女子はオドオドした様子で教室の入り口から私に話し掛けてきた。
「あの
「おいテメー、次私をそのあだ名で呼んだら例外なくぶち殺すぞ」
「ひっ、すいませんでした‼」
昔からのルールで黒豆なんてふざけたあだ名で呼ばれたら、例外なくぶち殺すことにしているのさ。まぁ、初回は許そう。
「ふぅー、まぁ、いいからこっち来て座りなよ。どうせ相談に来たんだろ?」
「は、はい、ありがとうございます」
オカッパ少女は後ろ手で教室の扉を閉め、机を挟んで私と向かい合うように座った。ふむ、やはり見れば見る程小さいな。何処となく日本人形にも似てる。
「あ、あのこれ。相談料の缶コーヒーです。ボスで良かったですか?」
「ありがとう。好きな銘柄のコーヒーだよ」
ボスのブラックコーヒーはスッキリとしたコーヒーで飲みやすく、水っぽいと評す輩も居るが、私は好きな部類である。
喫茶店のコーヒーに勝るコーヒーは無いが、缶コーヒーには缶コーヒーの魅力がある。これは後で飲むことにしよう。
「わ、私、一年の
むっ、今また黒豆って言いかけたな。ワザとじゃないからイチイチ注意はしないけどね。
「んで、神崎ちゃんはどんな相談をしに来たんだい?」
「はい実は……」
そうして神崎ちゃんは相談内容を喋り始めた。
「私には
顔を赤くしてワナワナと震えだす神崎ちゃん。どうやらここからが本題らしい。
「私聞いちゃったんです。操ちゃんが他の人に私の悪口を言ってるの。歩くスピードが遅いとか、髪型が変とか、散々皆に言いふらしてて……私、頭に来てその場で怒鳴ったんです『もう絶交だよ‼』って。それから私は操ちゃんのことを無視する様になりました。向こうは毎日謝ってくるんですけど、そんなことなら陰口なんて言わなければ良かったんですよね?もう私は操ちゃんを許すつもりは無いです。けどそろそろ操ちゃんが謝って来るのが煩わしくて、どうしたらやめてもらえますかね?」
なるほど、なるほど。それが相談内容か。どうやったらやめてもらえるかって、普通に考えたら相手の親にチクるとか、先生に相談するとかだよな。
うーん。
「甘いなぁ、本当に甘い。甘くて飲めないよ」
「えっ、甘いって操ちゃんのことですよね?確かに甘いですよね謝ったら許してもらえるとか」
「違うよ。甘いのはお前だよ」
「えっ?」
目を丸くする神崎ちゃん。はい、ここからは私は言いたいことだけを言うだけだ。
「陰口を言ったからなんだって?知らないのか?陰口には2パターンある。一つは本当に嫌いだから言うヤツ、もう一つは言いたいことがあるけど、直接相手に言うと相手が傷付くから他の人に言って不満を発散させるパターン。私は操ちゃんって子は後者だと思うけどね」
「だ、だからって許せって言うんですか?散々貶されたんですよ?」
鼻息荒く、私にも怒っている神崎ちゃん。しかし、相談者相手に怯んでいては私の名前が廃るってもんだ。
「許してやれよ。ウッカリもノロマも毎回許してもらってたんだろ?私なら三回同じことされたら怒鳴りつけてるぞ。優しいじゃんか操ちゃん。優しいから陰口を言うしか無かったんだよ。それに悪いと思ってるから毎日謝るんだ。お前のことを大切に思ってるから謝るんだ。そんな親友を手放すのはお前の人生において損害がデカいと思うけどねぇ」
割とメリットとデメリットで物事を考えてしまうのが私である。サバサバしててゴメンね。
「……そ、そうは言われても、許すのは難しいですよ。」
「難しくて良いんだよ。心の問題だからね、その時の感情に流されずに、ゆっくりと考えて結論を出すべきなんだよ。ゆっくり考えな。それでまたどうしようも無くなったら、ここに来て話をしなよ。次は缶コーヒー無しで話を聞いてやるから」
「……分かりました。家でゆっくり考えてみます。今日は本当にありがとうございました。」
こうして神崎ちゃんは帰って行った。帰る時の顔は晴れやかとはいかなかったが、ここから先は彼女の問題。結局のところ人って奴は自分で自分の道を決めるしかない。私に出来ることはこうしたら良いんじゃないかとアドバイスするぐらいさ。
“プシュ”
貰った缶コーヒーを開けて、ゴクリと一口飲む私。今日も苦くて美味しいねぇ。
これは後日談になるのだけど、一週間後ぐらいに神崎ちゃんが誰かとにこやかに話している姿を見掛けた。あれが日下部 操なのかは知る由が無かったが、そうだと良いなと個人的には思っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます