第116話 工房見学

レンは、護衛の騎士5人とともに帝都の外れにある魔導錬金工房オルビスを訪れようとしていた。

レンからしたら護衛は必要ないのだが周囲の者達の手前、全く護衛をつけない訳にもいかないため、5人までは認めることにしていた。

目の前には魔導錬金工房オルビスと書かれた小さな看板が掲げられた建物がある。

しかし、想像していたよりもはるかに小さい工房。

周囲に他の建物が無いのに、そのまま通り過ぎてしまいそうなほど存在感が希薄。

神眼で見ると外壁に見たこともない魔法陣がいくつも刻まれている。

神眼で魔法陣を解析してみる。


外壁の防御力強化。

認識阻害。

悪意に反応して工房そのものを隠蔽して、別の場所に誘導。

建物に加えられた攻撃をそのまま相手に反射。


とんでもない仕様の建物である。

レンはいくつかの魔法陣はぜひ譲ってほしいと考えてしまうほどである。

工房に近づくとドアが開いて中から若い女性が出てきた。

髪は赤く、やや筋肉質に見える。

ドワーフの女性のようだ。


「レン・ウィンダー侯爵様でしょうか」

「はい、レン・ウィンダーと申します」

「工房オルビスで受付などを行なっておりますドロシーと申します。主であるオルビスより聞いております。どうぞ中へ」


建物の中に入ると受付カウンターと奥には来客用のソファーが置かれている。

レンは来客用ソファーに座り、護衛の者達5人は万が一のため立ったまま。


「工房からオルビスを呼んできますのでお待ちください」


ドロシーが奥の工房に向かって暫くして工房の主人であるオルビスがやってきた。


「ようこそ、侯爵様」

「普通にレンと呼んでください」

「そんな訳にはいきません。そんなことをしたら侯爵家の皆さんに怒られてしまいます」

「ぜひ、工房を見学したのですが」

「事前にお話ししたとおり工房は機密の塊です。錬金術を分からないものがうっかり触れただけで壊れてしまうとても高価な希少品もたくさんあります。壊れたら二度と手に入らない物も多数置いてあります。侯爵様以外の立ち入りは遠慮願います。それでよければご案内します」


オルビスの言葉に護衛の騎士達は渋い表情をする。


「それで構いませんよ」

「レン様、何が起きるかわかりません。護衛を一人もつけないのはおやめください」

「ここにくるまでに話しておいたはずだよ。そもそもここにいるメンバーで僕に勝てる人はいないでしょ。護衛の中で僕より強い人がいれば別だけど」

「ですが」

「そもそも錬金術の知識のない人が錬金術の工房に入る方が危険だよ。だから君たちはここでお茶でも飲んで待っていること。これは侯爵としての命令です」


この世界における、理と秩序の神であるレイアの神託を受けた裁定者であるオルビスの正体を話す訳にもいかないため、侯爵としての命令で護衛達を押し留める。

渋い表情の護衛達を残し、オルビスとともに奥の工房へと向かう。

ドアを開けて工房の中へと入る。

するとそこには大きな屋敷があった。

帝都のウィンダー侯爵邸に匹敵する大きさである。


「空間魔法による拡張ですか」

「ちょっとだけ違うな。空間魔法で異空間に作ってある屋敷だよ」

「屋敷ですか」

「実際の工房はこの屋敷の中にある。あの店は仮の姿である錬金術師として活動するための表の拠点だね。愚か者どもがきたらあそこを放棄すればいいだけだから簡単さ。この異空間はいろんなところに出入り口を作ってあるから、あの工房がなくなっても問題ないよ。レンも空間魔法は取得しているだろうから、練度を高めればもっと便利になるよ。さて、工房はこっちだ」


オルビスは工房へと案内していく。

暫くすると屋敷とは別に大きな建物が見えてきた。

オルビスはドアを開け中に入る。

続いてレンも中に入った。

中では、何体ものゴーレムが稼働していた。

薬品を生成しているゴーレム。

魔法陣を刻んでいるゴーレム。

大きな荷物を運んでいるゴーレム。


「これは凄い。ゴーレムが精密な魔法陣を刻んでいるとは驚いた」

「これは僕の傑作の一つさ。日本の世界では半導体をロボットが作っているだろう。それを真似て作ってみたんだ。最初は上手くいかなくてね。正確な魔法陣を描けず失敗続きだった。これは実に179体目。179回作り直してようやく満足のいくものができたよ。これなら積層型魔法陣も簡単に作れる。日本語の部分はプログラムを少し書き換えれば可能だから明日からでも量産は可能だよ」

「一日どれくらいできるのですか」

「あのタイプの魔法陣はかなり精密だからゴーレム1体で1日10個かな、それ以上必要ならゴーレムを増やすけど」

「暫くは10個でお願いします。そのうち増産をお願いすると思います」

「いつでも増やせるようにゴーレムは用意しておくよ」

「あのゴーレムは薬品を調合しているように見えますけど」

「初級ポーションを調合しているゴーレムだね」

「ゴーレムでポーションですか、込める魔力はどうしているのです」

「ゴーレムに魔力タンクを取り付けてある。そこから調合時に込める魔力を供給するようにしているから一定品質のポーションを大量生産できる」

「魔力タンク?」

「魔力を貯めておける容器のことさ。空間にある魔力を自動で吸収するか、自分でそこに魔力を補給してやる、もしくは魔石を用意しておき、そこから必要な魔力のみを吸い上げていくこともできる」

「それがあればいろんなことに応用できそうですよね」

「車を作って売り出そうかと思ったが、魔力タンクが悪用される恐れがあるからやめたんだよ」

「悪用ですか」

「魔力タンクを悪用して、権力者とその取り巻きが魔力砲とか作りそうだからね」

「あ〜、あり得ますね。でも車は欲しいな」

「レンの場合は、車はなくても魔法でどうにでもなるからいらないだろ」

「そこは、ロマンですよ」

「あ〜、そっちか。自分で作って異空間で遊ぶくらいにしておく方がいいぞ。新しいものができたらそれを悪用するやつは必ず出てくるから、その可能性のあるものは作ってもこの異空間の中に置くだけにしている」

「やはりそうなりますか」

「そこは錬金術師としての矜持の問題だな」

「錬金術師としての心掛けの問題ですね」

「そうだ。新しいものを世の中に送り出すなら、影響も考える必要があると俺は思っている。自分の作ったもので人が不幸になるは嫌だろう」

「確かに」


暫く二人は工房の中で錬金術の意見交換を続けるのであった。

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