第113話 多忙なる当主
ウィンダー侯爵家当主であり、近々事実上スペリオル公爵となることが確定しているレンは、とても忙しい。
学生ではあるが、次期スペリオル家当主として崩壊していたスペリオル領内立て直し、それに伴う経済政策、新商品の開発と活動は多岐にわたる。
つい最近もミスリル鉱山開発、サファイヤ鉱山開発、温泉リゾート施設開発、冷蔵庫の開発と次々に新たな活動が加えられていく。
「レン様。ドワーフたちからの要望書・・いえ、読み方によっては、ほぼ脅しとも言える書状が来ております」
ウィンダー侯爵家総執事長であるセバスから書状を手渡される。
レンはその要望書を見る。
ウィンダー領、スペリオル領以外に住む、いろんな方面のドワーフたちからも届いた内容を簡単に言ってしまえば、
『ブランデーをもっと売ってくれ、売らなかったら仕事をしないぞ』
『新種の酒こそドワーフに優先すべきだ』
『ブランデーを売らんのはけしからん』
『ドワーフ王国に献上すべきである』
遠く離れたドワーフの国からのものもある。
「これで何通目」
「同じものがこれで丁度100通目でございます」
「ハァ〜、失敗したな。ブランデーを渡さなきゃよかったよ」
「ドワーフは、酒が命。早急に対処致しませんとブランデーを求めて暴動を起こしかねません」
「いや、流石にそこまでは」
「可能性はございます」
試作品のブランデーを開発してすぐに、ドワーフに渡すという致命的なミスを自ら犯してしまったため、ドワーフたちからブランデーの注文が殺到する事態となり、ドワーフたちが騒ぎ出しかねないとの報告も上がってきていた。
実際にアレク工房からは直接ブランデーが欲しいと何度も言われる事態となっている。
ブランデーの生産を軌道に乗せ大量生産するには、まず大型の蒸留装置を開発しなければならない。
そして、原料となるゴールドウィンダーワインの増産。そしてその原料のブドウの増産が必要になる。
「大型蒸留装置はドワーフに丸投げする。ブランデー欲しさに全力で取り組んでくれると思う」
「それがよろしいかと思います。アレク工房に依頼されますか」
「そうしてください。基本的な考えと仕様に関してはこれに書いてあるから、アレク工房に渡して工夫して作ってもらってください。僕はこれから期末試験の勉強をするからしばらく誰も入れないでほしい」
「承知いたしました」
セバスは仕様書を受け取り依頼を出すため部屋を出ていく。
レンは帝国貴族の中で最も忙しい貴族家当主と呼ばれ、最も裕福な貴族家とも噂され、人々からは皇帝に次ぐ資産家とも言われている。
学生でありながら貴族家当主であり、貴族家当主として領内政策を行うために学園の特例制度はあるが、あくまでも試験で合格ラインを維持していることが前提だ。
年2回の試験で求められる合格ラインに達していなければ特例制度は取り消し。
授業への毎日の出席を求められる。
「全く忙しすぎだよ」
レンは独り言を漏らす。
「本当だよ。少しは精霊の森に来てよ」
振り向くと世界樹の精霊ユグであった。
「ユグ。ひさぶり。なかなか行けなくてね。ごめんよ」
帝都にあるウィンダー侯爵の屋敷の庭には、隠蔽魔法で隠された世界樹の苗木がある。
苗木といっても人の背丈よりも高い。
世界樹の苗木があるからこそ、世界樹の精霊たるユグが苗木を通じてここに自由にやって来れる。
部屋にはフェニクスのラーもいる。
「ユグ様。いらっしゃいませ」
「ラーも元気そうだね」
「レン様といると退屈しませんよ」
「ラーの言うとおり、ホントだよね」
「心外だな。人を騒動のタネのように言わないでほしいな」
レンの言葉に不思議そうな表情でレンを見るラーとユグ。
「この世界に存在しない果物を次々にスキルで作り出してるよね」
「え・・まあ・一応・・・美味しいものには罪は無い」
「パンの木を作り出したよね。木の枝にパンが実るなんてとんでもない木だよね」
「・・はぁ・・確かに作りましたね。美味しすぎて世間に出せませんが」
「ミスリル鉱山やサファイヤ鉱山を作ったよね」
「作った訳では・・土の大精霊ノームが鉱脈を移動させてくれたからだよ」
「世間では、ミスリル鉱山を発見した若き大侯爵と呼んでるらしいよ」
「えっ・・大侯爵?」
「大侯爵だよ。帝国有数の大資産家であり、強者でもあるからだそうだよ」
「強者と言われても」
「スケルトンの軍団と直接戦ったよね」
「・・降りかかる火の粉を払っただけだよ・・」
「帝都の中で暗黒魔導士と戦ったと聞いたよ」
「たまたまだよ」
「たまたまで暗黒魔導士を名乗る奴らを撃退できないよ」
「・・・ほんと、たまたまです」
「お城でも大活躍だったと聞いたよ。暴れる巨大な魔物たちを悉く撃退して見せたと帝都中で噂されてるよ」
「あれは教皇様が大活躍だっただけ」
「レンも大暴れだったとはずだけどな」
「大活躍なんてしてませんよ。そもそも誰がそんなこと言ってるんだい」
「僕が聞いたと言っている以上決まってるでしょ、この世界に住むすべての精霊たちさ」
「あっ」
「下級精霊はどこにでも居る。特に草花の精霊たちは嬉しそうにレンの噂を教えてくれるよ」
帝都の庭を神眼で見ると数多くの精霊が集まっているのが分かる。
他の貴族の庭にはまず居ない。
どんなに綺麗に手入れされていても精霊のいる庭はごくわずか。
下級精霊は1体いれば素晴らしいと言えるのに、ここの庭には数えきれないほど無数の精霊がいる。
ここには、レンが作り出した慈母神アーテル様の神像、大精霊たちの像もあり、そこから神気が溢れ出てこの屋敷を覆い清浄に保ってくれるため、精霊たちが居着いており、レンに力を貸しているのであった。
神気を浴び続けて徐々に進化している精霊たちもチラホラ見える。
もしも、精霊を目で見ることができる人が他にいたら、卒倒しかねないほど精霊たちがいた。
「これから試験勉強なんだけどな」
「どうせ頭脳強化魔法を使うでしょ。すぐに終わるよ。終わったら軍騎をやろうよ」
「えっ、軍騎!覚えたの」
「レン様、この不祥フェニックスのラーも覚えました」
「はぁ?・・・ラーも軍騎を覚えたの!」
軍騎とは、この世界のチェスみたいなものだ。
多様な戦略と戦術を駆使して双方20個の駒を動かすゲーム。
男性貴族の嗜みの一つにある。
その奥深さにいくつもの大会が存在しているほどだ。
軍騎を指す世界樹の精霊と神鳥フェニクス。
ラーとユグは一体何を目指しているのだろう。
レンが頭脳強化魔法を発動させ次の試験範囲を悉く吸収していく側では、フェニックスのラーと世界樹の精霊ユグによる軍騎の戦いが始まっている。
フェニクスのラーは翼を手のように動かして器用に駒を掴み動かしていく。
軍騎の駒を操る鳥と幼子姿をしている精霊。
とてもシュールな光景である。
世界樹の精霊ユグは、フェニクスのラーの差し手を真剣に考えている。
レンは出来るだけそちらを見ずに試験範囲に集中するようにしていた。
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