第112話 冷蔵運搬専用馬車とドワーフ

モーリー商会本店から歩いて5分ほどの所に、アレク工房と書かれた小さな看板を掲げる建物があった。

見た目は地味な外観であるが、建物の大きさ自体はかなりの大きさである。

工房らしく特段の飾り付けも無く、小さな看板のみがあるだけで派手さが全く無い。

外見からではなんの建物なのか全く分からない。

アレク工房の看板があって何かを作る工房だと分かる程度であり、看板に何を作っているのかも書いていないため、まさに謎の工房状態。

ドアを開けると、ドアに取り付けられたベルが鳴る。

中は、受付の事務所になっていて女性が一人いた。

緑色の長い髪をして眼鏡をかけている。


「やあ、デリア。親父さんのアレク親方はいるかな」

「これはモーリー商会長。父・・親方は奥の工房にいます。すぐに呼んできます」


デリアが奥の工房に向かうとしばらくして一人のドワーフがやってきた。

ドワーフは、人族に比べて背はやや低く、筋肉質と言われており、しかも脅威的な腕力を持つ。

入ってきたドワーフは、やや背が高くて人族の大人と変わらないほどあった。

そして、その分筋肉質でもある。

鍛治を始めとした各種物作りにこそ、その才能を発揮する種族である。

どの分野の物作りに才能を発揮するかは、そのドワーフ本人しだいになる。

アレク親方は、少し疲れた表情をして、薄汚れた姿で現れた。


「モーリーどうした。冷蔵庫の追加分ならもうしばらく待ってくれ。間に合わんぞ・・その子供は誰だ」


工房の事務所にレンがいることに気がついて不思議そうに声を上げた。


「この方こそ冷蔵庫の発明をされたレン・ウィンダー侯爵様だ」

「な・なんだと・・本当なのか」

「嘘を言ってどうする。正真正銘のレン・ウィンダー侯爵様だ」


驚いているアレク親方に対して、レンはにこやかな笑顔を見せて軽く頭を下げた。


「初めまして、レン・ウィンダーと申します」


驚いたアレク親方は、居住まいを正してレンに頭を下げる。


「知らぬこととは言え、失礼な振る舞い申し訳ございません。しかもこのような汚れたままの服装」

「いえ、気にしていませんから、普通にしてください。工房で作業していれば、汚れて当たり前です。今日はお願いに来たのです」

「お願い・・ですか」

「はい、新しい形の冷蔵庫を作りたいと考え、提案に来ました」

「新しい形ですか」


アレク親方の目の色が変わる。

目を見開き、ひときわ強い力が宿ったかのようだ。


「ホォ〜、それは、ぜひ聞かせていただければ」

「はい、冷蔵庫を進化させ、場所の荷台そのものを冷蔵庫にしてしまう、又は荷馬車の荷台に専用の据え置き型の冷蔵庫を設置する案を提案してみようと思いまして」

「馬車の荷台を冷蔵庫にですか・・?」

「はい、馬車の荷台を冷蔵庫にです」

「なぜ、荷馬車の荷台なのです」

「今まで、遠方からの野菜、肉、魚はそのまま運んでくることはできませんでした。干物などにしない限り持ってくるまでに腐ってしまうからです。しかし、魔道式冷蔵庫ができた。魔導式冷蔵庫であれば食品が長持ちする。ならば、荷馬車の荷台を冷蔵庫にしてしまえば、今までなら腐ってしまうから運べなかった物でも、より多く運ぶことができることになります」

「荷台を丸ごと冷蔵庫・・・面白い。面白い発想だ。ぜひ、ワシにつくられてくれ」

「そのつもりですよ。ぜひ、冷蔵庫荷馬車をアレク工房で作って欲しいと思います」

「クククク・・・燃えてきた。今までに無いものを作り出す。これぞ我らドワーフの血が騒ぐ」

「それで・・・」


アレク親方は、最後まで話を聞かずにすぐに奥の工房に走り込んで行った。


「行っちゃいましたね」

「相変わらず気の早いやつだ」

「デリアさんに渡しておきましょうか」


話を振られたデリアが慌てる。


「は・はい。どう言ったお話でしょうか」

「そんなに構えなくてもいいですよ。ちょっとした手土産です」


レンはそう言って2本の瓶を出してきた。


「レン様。これはなんでしょう」

「新しいお酒でブランデーと言います」


新製品のお酒と聞いたデリアの目つきが変わった。


「新しいお酒!それは、重大なお話です」


ウィンダー領の特産品であるゴールドウィンダーワインを蒸留させて作り上げた新製品のお酒。

品薄状態が続くゴールドウィンダーワインを贅沢に使ったブランデーであった。

デリアさんはその瓶を1本手にとる。


「開けても良いのでしょうか」

「工房の皆さんと飲んでください」


デリアはすぐにガラスコップを持ち出し、ブランデーの蓋を開けると注いでいく。

ブランデーをそそぐ音が聞こえてくる。

そしてすぐさま口に含む。


「す・素晴らしい。この香り、金色の輝き、かすかに残る甘さ」


恍惚とした表情になるデリア。


「レン様、言い忘れてました。当然ですがデリアも純粋なドワーフです」

「親子だと聞いていますけど、他の種族とのハーフなのかと思ってました」

「ドワーフの女性は男と違い、見た目は人族の女性と同じです。違うとしたらそのパワーと・・・酒にやたらと強いところでしょうか。ドワーフの男は酒にとても強いですが、彼女はそれを上回ります」


そこにアレク親方が戻ってきた。


「なんだこの良い匂いは・・・デリア。何飲んでんだ」

「レン様からいただいたブランデーという新しいお酒よ。とても素晴らしいお酒。香り・色・味・・・特に素晴らしいのは酒精の強さ。 これに代わるお酒なんてもう無いわよ」

「なんだと、新しい酒だと、俺にもよこせ」

「いやよ、全て私が飲む」

「何を言ってやがる。酒はドワーフの命だ。勝手に独り占めは許せんぞ」

「こんな美味い酒なんて、誰にも渡さない」


睨み合う二人にあわてるレン。


「アレク親方。もう一本ありますから、こちらをどうぞ」


レンがブランデーの瓶を見せたら素早くひったくるように取ると飲み始めた。


「お父さん、ブランデーは私のものよ」

「何を言ってやがる・・・・」

「レン様。これはいつから売り出されるの〜」

「来月からですが、最低でも1本金貨30枚します」


金額を聞いて二人の手が止まる。


「もう酔ってるのかしら、金貨30枚と聞こえたようだけど・・・」

「俺様も金貨30枚と聞こえた」

「父さんもそう聞こえたの」

「聞こえた」

「おそらく、実際には金貨30枚を超えるかと思います」


ブランデーの瓶とグラスを手に持ったまま固まる二人。


「こんな高いブランデー飲んじゃったよ」

「アレク工房への差し入れですからお気になさらずに」

「そ、そうか、そう言ってもらえると助かる」

「また、差し入れますから」

「本当か」

「本当ですよ。ですから頑張ってください」

「任せろ。できたらもっと増やしてくれ」


レンの言葉に安心した二人は、誰にもブランデーを渡さないようにしながらブランデーを味わいながら、止まることのない酒談義を交わしていく。

酔っ払っている二人に、もはや止めることはできなかった。

ブランデーを持ってきたのは失敗であったとレンは反省するのであった。

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